2010年 3月8日(月) 雨

北の風  荒れ模様  

 アカデミー賞の主要部門といえる作品賞と監督賞は、多くのマスコミの期待を小気味よく裏切る形で、「ハートロッカー」に決まった。
 (授賞式の日にアバター監督ジェームズ・キャメロンの特集を予定していたクローズアップ現代も、きっと計算外だったことだろう…。)

 「ハートロッカー」は、沖縄では今月6日からの公開なので、僕は未見。
 それどころか、「ハートロッカー」というタイトルと女性監督というセットから、勝手に男女の色恋モノと思い込み、自分にとっては絶対にストライクゾーンの外と思い込んでいたくらいなので内容については何も知らない。
 でもまぁ、とりあえず「アバター」を作品賞や監督賞に選ばなかったのは、ハリウッドの良心という気がしなくもない。

 結局のところ超大作アバターは、ジェームズ・キャメロンを筆頭とする「巨大企業」の作品であって、ロバート・レッドフォードが主催するサンダンス映画祭に出展されるような作品群の対極に位置するものだと思う。
 こういう「巨大企業作品」に何度も作品賞を与えてしまうと、この先映画は永遠に巨大資本のものになってしまいかねないという危惧も少なからずあったのではなかろうか。つまり、野に数多ある才能を野に埋もれさせたままにしかねない、と。

 とりあえず今は「ハートロッカー」を是非観てみたいと思っている。

 それにしても腹立たしいのは、ドキュメント部門の受賞作だ。
 みなさんご存知のとおり、和歌山県は太地町のイルカ漁を批判的に伝えるドキュメントが、ナントカ部門で受賞しているのである。

 アメリカという国の歴史よりも古くから伝わる他国の伝統文化を、己の価値観のみで一方的に批判的に伝えるドキュメント。
 まぁそれが素晴らしいと思うなら勝手に思え。
 でも、そんな作品を受賞作に選ぶ「アカデミー賞」というものを、嬉々として伝える日本のマスコミってのはホントにもう、どうなのよ。

 表現の自由だのなんだの、そんなことはどうでもいいから、文化庁なり農水省なりなんなり、せめて遺憾の意ぐらい表明しろっつうの。そんなことだからシーシェパードのようなチンピラテロリストになめられてしまうのだ。

 さて、話は変わる……ようでいて、実は繋がる。
 昨日に引き続き、「龍馬伝」関連の話ね。
 いや、作品評というわけじゃなくて。

 幕末を描く物語で、坂本龍馬のような「合理的開明思想」の持ち主を主人公にすると、「なんでお前らわからないんだよ…」と、ドラマを観ている我々が思わず言いたくなるのが、いわゆる「攘夷派」だ。
 半平太、黒船を一度その目で見てみろよ…と言いたくなるでしょ?

 海にポッカリ浮かんでいる日本という国に土足でやってきた異文明に対し、夷狄を討ち払え!と思う気持ちはわからないでもない。
 しかし、敵を知り己を知れば百戦危うからずと昔から孫子も言っているとおり、まず敵を知らなきゃどうにもならない。
 で、敵を知ってみたら、とてもじゃないけど当時の日本の力では対抗し得ない。

 …そういうことは、今の世に生きる我々が見れば一目瞭然のことながら、幕末の「攘夷思想」の方々は、「敵を知る」というプロセスすら排除し、頑ななまでに夷狄を討ち払えと唱えるわけだ。
 歴史が進むにつれて、やがて「攘夷」は倒幕のための詭弁でしかなくなるものの、当初はみんな本気で考えていた流行思想だった。

 その動機は観念でしかない。
 「神国日本が負けるはずがない!」という、太平洋戦争末期のなんの根拠もない信念と同じようなものである。

 イデオロギーにがんじがらめになった思想というのは、つまるところ頑なになり、激すればその思想のために人の生命すら軽んじてしまうようになる。
 幕末の攘夷思想も、長州が下関で諸外国と砲を交えるまでは、おそらく日本全国隈なく同じようだったことだろう。

 「龍馬伝」を観ていても、やはり「開明思想」の持ち主である主人公に立ち塞がるのが、頑ななイデオロギー信者の思想という図式になる。
 ドラマを観ている我々は、彼らの無茶ぶりが明らかなので、攘夷論者がバカに見えもする。

 でも。
 幕末の歴史をふりかえってみた場合、この病的なまでの攘夷思想が日本の武士たちの間になかったら、いったいこの国はどうなっていただろうか。

 圧倒的な文明の力の差を見せつけてきた西洋諸国が、結局のところ日本をして彼らの一植民地に為し得なかったのはなぜか。
 それは狂気にも似た日本の武士たちの攘夷思想のおかげといっていい。

 黒船に対して白刃を持って立ち向かう!!

 …ということを本当に実行できるのは、斬鉄剣を手にした13代目石川五右衛門だけであることは言うを俟たない。
 しかしながら、自らの生命を顧みずに刀一本で斬りかかってきかねない日本の攘夷武士の姿が、西欧諸国をして強引な植民地政策に二の足を踏ませたのは間違いない。

 東南アジア諸国や清国のようなわけにはいかないみたいだぞ…

 当初は居丈高に迫ってきた彼らにまずそう思わせ得たのは、幕府の対外政策でもなんでもない。諸国に散らばる武士階級の「狂気」がなし得たことなのである。

 当時の日本政府である幕府が、同じように対処できるはずはない。
 彼らが背負っているものは、徳川家の安泰と日本の安全。
 野に充満している狂気の輩に比べれば、よほど現実認識に優れ、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という意味では、たとえ断腸の思いであろうとも、井伊大老あたりまでは極めてまっとうな判断を下し続けたといってもいい。

 ただし繰り返すけれど、そんな「ゲンジツ」を踏まえた対応だけでは、とてもじゃないけど幕末の外圧は乗り切れなかった。
 ゲンジツ的対応プラス野に充満する狂気の思想。
 これがあって初めて国としての独立を維持しえたのだ。

 そう考えると、狂気集団である攘夷派も、ある時代まではなくてはならなかった人たち、ということがよくわかる。

 以上を踏まえて、今の世の中を見てみよう。
 みなさんカシコイ方ばかりで、誰も彼もがゲンジツを深く正しく認識しておられる。
 でも、ゲンジツを認識した合理的考えをする人たちしかいないんじゃね??

 なかば公約の形で、普天間基地を県外もしくは国外に据えると言っておきながら、政権与党となって「ゲンジツ」を直視すると、途端に「抑止力」と言い出す。

 国際社会で法的に認められた調査捕鯨船が、環境保護団体の「テロ」によって危害を加えられても、反捕鯨国に強気に出ると様々な「ゲンジツ」問題に支障をきたすから、ここはひとつ穏便にしておく。

 普通に正しく操業していた漁船が、銃撃を受けて死亡してしまう、という事態が起こっても、ロシア相手に強気に出るわけにはいかないので、ここはひとつおとなしくする。

 毎年冬になるたびに日本海沿岸に流れ着く有毒漂着ゴミ、そのほとんどがハングル文字で出所もほぼ明らかだというのに、抗議するのではなくまずは「協議」から始める。

 餃子に毒を盛りこまれて国民の健康に多大なる害を蒙ったというのに、なんら責任を追及せぬまま、いつのまにかウヤムヤにしてしまう。

 そして冒頭の話のとおり、自国の伝統文化をケチョンケチョンに伝えている作品が受賞しているにもかかわらず、晴れやかな他国のお祭りをエヘラエヘラと嬉しそうに自国に伝える。<ね、繋がったでしょ?

 その他枚挙に暇がないこれらのことごとくが、すべて「ゲンジツ的対応」からくる結論らしい。
 もし現在の日本国内に「攘夷派」がいれば、どうだったろう……
 ……と、龍馬伝を観ていてふと考えてしまったわけだ。
 攘夷派がいれば、タケナカヘイゾウなんか、天誅の名のもとに今頃六条河原に晒されてることだろう。

 というか、なんかみんな世界に対してものわかりが良すぎるんじゃなかろうか。
 KY、KYなどといって、空気が読めない人間を差別的に揶揄する社会ってのは、逆に言うと誰も彼もが場に流される、長いものに巻かれる社会に成り果てているのではないか。
 合理的、現実的、という言葉が金科玉条になりすぎているのだ。

 幕末にあって、坂本龍馬が特筆される理由の一つには、「経済」が社会を動かす力になるという、当時の武士が考えもしなかった合理的な考えの持ち主だったということが挙げられる。
 司馬遼太郎が好んで主人公に据えた歴史上の人物は、とかく思考が観念に支配されていた当時にあっては珍しい、「合理的」にモノゴトを考えて実行する個人だ。

 でも、今の世の中は猫も杓子も経済経済、合理化合理化。
 経済や合理化が、なんだかひとつの観念になってしまっている気がする。
 経済以外でモノを考えられる人はいないのか??合理的という価値観以外のモノの見方はないのか?

 誰もが狂気に満ちすぎて現実認識が出来なかった幕末に必要だったのは、坂本龍馬のような合理的かつ開明的な思想の持ち主だったろう。
 けれど、合理的思想が横行しすぎたあまり、もう後がないまでにメチャクチャになってしまった今の日本が世界の中で生き残るために必要なのは、ものわかりが悪い狂気の持ち主なのかもしれない………。 

 というわけで、いささか強引ながら。
 普天間基地の移設先を無理に決める必要はない。

 即応部隊としての抑止力?   カンケーネェ。
 日米安保は日本の安全保障の要? 知るか。徴兵制にでもして自衛隊を増強しろ。
 今もなお北朝鮮や中国やロシアの工作員が国内で暗躍している?
 だったら国家公安部の予算を激増して、特殊部隊でも何でも作って対処しろ。
 とにかく、

 日本国内にアメリカ軍なんて要らない!!

 普天間基地は、ただただ撤収あるのみでいい。
 そのためにこそ、僕は今痛烈に、この国に「狂気」を欲する。

 今の日本に必要なのは、世界におけるトヨタの売り上げではない。戦後65年で日本が失ってしまった「誇り」を取り戻すため、まずは世界の「侮り」を排除しなければならないのだ。

 立てよ、国民よ!哀しみを怒りに変えて、立てよ、日本攘夷党!!

 ジーク・ジオンッ!!<結局そこかい……。

クロワッサン・愛の募金箱3/5

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