「徒然海月日記」から海の話が含まれている日記のみ抜粋したバックナンバーです

2010年 6月2日(水) 晴れのち曇りのち時々雨

北東の風 おだやか 水温26度(25m以深24度)

 やや雲が多くなってきたものの、午前中はまだ夏の海。
 なので今日も潜ってきた。

 先日ベニハナダイ事件があった深場の根に、他の場所では観られない魚を見つけていた。しかしベニハナダイがあまりにも大ごとだったので、その時は二の次になってしまった。

 その後もずっと気にはしていたものの、ほどなくしてストロボ故障、新しいストロボを購入、それにともなうハウジングの仕様変更のため入院、ということになったので2週間のブランクが空いてしまった。

 とはいえ、その魚はベニハナダイのようにたった1匹ではなかったから、2週間経ったからといっていなくなっていることはあるまい。

 …といいつつ、やや心配しながらわりと強い流れに逆らって根にたどり着くと、

 いた。

 その名をアオハナテンジクダイという。
 どういうわけかこの根には、アオスジテンジクダイやスミツキアトヒキテンジクダイがやたらと多く集まっていて、その中にこのアオハナテンジクダイも数匹混じっているのだ。
 テンジクダイやイシモチといえば地味な脇役ながら、これら3種の魚には共通してアイラインが入るのが特徴だ。
 このうち、アオスジ…やスミツキアトヒキ…は水納島の他の場所でもわりと普通に観られるのに対し、このアオハナテンジクダイはかつてどこかで観たという覚えがない。

 観たことありましたっけ?ワタシ……。

 いや、きっとない。
 あいにくこの日は流れが強くて彼らはずっと岩陰にいて、おまけに深いのとエアがないのとで、せっかくたどり着いたというのにろくな写真が撮れなかった……。

 そうそう、テンジクダイといえば。

 口の中の卵がすっかり育ったスダレヤライイシモチ。
 4月の卵はこんなだったのだものなぁ。


卵はオレンジ色で、まだ目も何もない。4月22日撮影
 
同じ場所ですが、同じ個体ではないと思います。

 ご存知のとおり彼らテンジクダイ科の魚たちは、オスが卵を口の中で保育する。
 卵が孵化するまで何日くらいかかるのか忘れたけど、とにかくその間、彼らは飲まず食わずで過ごすことになる。

 ……と、長らく信じられていたのだが、実は彼らは、ちょっとゴメンしてけれと言いつつ、口中の卵を少々食べているらしい。
 そりゃそうだよなぁ、食わずにずっとは過ごせないよなぁ…。

 まぁようするに、ここまで育った卵ちゃんたちは、父ちゃんの餌にならずにすんだエリート中のエリートたちというわけだ。
 まだ卵の発生が進んでいなかった4月の頃は、オスが口を開け閉めさせる頻度はゆるやかだったけど、ここまで卵の発生が進むとさすがに卵自体の体積も増してくるのか、父ちゃんの口は完全に常時半開き常態で、まるでアツアツのたこ焼きを頬張ったかのごとくずっとハフハフしている。
 おかげで、フツーに前から観るだけで口中の卵を観ることができるのだった。

 そうだ卵といえば!!

 生まれて初めてセダカギンポの産卵シーンを目撃してしまった。
 ちなみにセダカギンポってこの魚ね。

 サンゴが随分復活してきたこともあって、近年は、特に初夏の頃は卵を守っている姿をリーフの上でしょっちゅう目にすることはあった。しかしその産卵シーンを観たことはこれまでなかった。

 普段彼らを目にするのは、ヘラジカハナヤサイサンゴにいるときが多い。ところが今日観たセダカギンポは、上の写真のとおり、何を好きこのんでかミレポラにいて、しかもそこに産みたてらしき黄色い卵が産み付けられていたことに気づいた。

 フツー、卵を守るのはオスの仕事だ。
 ところが、変な感じでオスメスらしき2匹が同じ場所にいるではないか。
 変だなぁ……と思ったのでそのまま注視を続けていると、まず最初にメスがなにやらアヤシゲな動きになった。
 腰の辺りを、サンゴの枝にスリスリスリスリしている……。

 これって、ひょっとして産卵??

 ちょうどその腹部を除き見られるポジションにいたので、パシャッと撮ってみると……

 さらに倍。<by 大橋巨泉@クイズダービー

 卵を産んでる!!
 なるほど、セダカギンポってこうやって産卵するのか。
 ところで、受精はどうするのだろう?
 産卵床に産み付けるタイプの魚たちは、多くの場合、メスが産卵するやいなやすぐさまオスが卵に受精させる。
 ところがセダカギンポのオスは、傍らでのんびり構えているように見える。すでに事前に何かしてあるのかな?

 と思いつつ眺めていたら!!
 オスの受精作業が始まった。
 メスと同じように、腹部を卵が産み付けられたサンゴの枝にスリスリさせている。

 ん??

 変なものがお腹に…。
 そのままオスはスリスリと上方へ動いたので、変なものの全容が現れた!!

 なんだこりゃ??

 メスなら輸卵管がある場所に、なんだかフサフサしたモップのようなものがぶら下がっている!?

 え!?玉袋???

 肉眼で見ていたときは本気でそう思ってしまった。
 でも、こんなの普段は体の外に出てないっしょ??このブラシを、産み付けられた卵にスリスリこすりつけているようなのだ。

 産卵時にだけ出てくる、体内埋め込み型受精専用ブラシ!! 

 オニヒトデの胃袋のように、受精のときだけ精巣が対外に飛び出てくる仕組みなのだろうか……。
 いやあ、アヒルのチンチンを初めて見たときに匹敵する衝撃と感動。

 ……って、これって誰でも知ってる話なんでしょうか。

 聞くところによると、セダカギンポの産卵は午前中に行われるらしい。そういう意味では絶好のタイミングだったのだろう。
 もともとセダカギンポは、撮ろうとしてもすぐさま隠れてしまうので、よっぽどかわいい幼魚でもなければカメラを向けることはなかったのに、ミレポラにいるのが変、と思ったおかげで産卵シーンにありつけてしまった。

 お酒目当てで来るクロワッサンのゲストには何の役にも立たない経験値&知識ながら、こういうシーンを観るのが好きな僕にはかけがえのない財産なのであった。

 あ、ついでにもうひとつ。
 イシガキスズメダイが培養している藻と一緒にイシガキスズメダイを撮ったところ、写真をよくよく観たら藻の上に彼らの卵がビッシリ並んでいた。

 さらに倍。<by 大橋巨泉@クイズダービー <もういいって。

 彼らは常日頃から培養中の藻類を他の藻食魚たちから守っているので、卵も守らなければならないとなると大変なんだろうなぁ…とかつておぼろげに思ったことはあった。
 しかし彼らは、小さな島の海岸に巨大な連絡船待合所とシャワートイレ室を別々に造る沖縄県と本部町のお役人よりは、圧倒的に合理的かつ効率的だった。

 藻の上に産めば、守る場所は一箇所ですむじゃん。

 なるほどなぁ……。

 というわけで、今日は卵尽くしの一本なのでした。


一仕事を終え、ブハーッと一息つくオス。