「徒然海月日記」から海の話が含まれている日記のみ抜粋したバックナンバーです

番外編
〜蝶々日記〜
2010年 12月4日(土) 晴れ

北東の風 やや波あり 

 この季節になると、ちょくちょく昼食後にうちの奥さんと散歩をする。
 小さな島のこと、ちょっとした散歩ですぐさま全島制覇できてしまうから、16年も暮らしていると、まだ見ぬ景色や見知らぬ道を…という楽しみ方は残念ながらできない。
 でも、散歩もダイビングと一緒で、同じ場所を同じように歩いていても、歩いている人間の脳味噌の中がいろいろ変化すると、それなりに毎日が新鮮になる。

 このところの散歩でマイブームなのが、チョウチョウ。
 チョウチョウといっても本部の町長のことではなく、ミヤコ蝶々でもないですよ。

 虫の蝶々。
 虫の姿がなくなる内地の冬とは違い、沖縄の虫たちは冬でもお天気がよかったら活発に活動している(天気が良すぎると、勘違いしてフライングしてしまったセミが鳴き始めるほど)。
 もちろん蝶々たちもヒラヒラと舞っている。
 いつの頃からか我々の中でそういうことがすっかり当たり前になってしまったんだけど、よくよく考えると、これもまた亜熱帯を感じさせる話なんだよなぁということに最近思い至った次第。

 で、このところ散歩のついでに、カメラ片手にその蝶々たちをじっくり検分ししている。

 水納島でチョウチョウと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、おそらくみなさんにもお馴染みのこのチョウチョウ。

 ご存知リュウキュウアサギマダラ。
 灯台へと続く道を歩けば、まるでわざとそこにチョウチョウを放したかのごとく、大量のリュウキュウアサギマダラが舞い踊っている。チョウチョウたちが嫌いだという方々にとっては地獄の回廊に違いない。
 ちなみに、海洋博公園の近くにある琉宮城の蝶々園、今でこそ自前で繁殖させた蝶々を舞い躍らせているけれど、開園準備の際には水納島でリュウキュウアサギマダラを大量に採取していたのである。

 そのリュウキュウアサギマダラに似ているのが、アサギマダラ。

 リュウキュウアサギマダラよりひとまわりほど大きいこの蝶は、長距離を能動的に旅する蝶として知られる。その移動距離を観測するためにたびたび捕獲されては羽根にナンバーが書かれている、という話はつとに有名だ。
 なので、散歩のたびに羽根をチェックしているものの、過去16年間の水納島生活で、ナンバーが書かれたアサギマダラはいまだ見たことはない。

 これらの蝶を見慣れてくると、ちょっと違う子がいるとたとえ1匹でもやたらと目立つ。
 十数年前に初めてその存在に気づいたのがこの蝶だ。

 ツマムラサキマダラ。
 もともとは台湾あたりからの迷蝶だったらしいのだが、いつしか沖縄でも繁殖しているのだそうだ。そのためだろう、昔の図鑑には本島南部までだったものが、今では水納島でも普通に見られるようになっている。
 今年だけかもしれないけど、10年前に初めてその存在に気がついたときよりも、今のほうがたしかに個体数が多い。

 灯台へ続く道は木々がうっそうと茂っている。
 それとは対照的に、牛小屋へと続く道は周りが草原で、日が当たる場所が多いせいか、灯台方面ではあまり見られないものを目にする。
 これは蝶好きの方にけっこう人気のルリタテハ。

 羽を閉じるとこうなる。

 蝶の世界にも世渡りの巧みなものがいるのだ。でも、緑の草の上にいたらやたらと目立つんですけど……。

 世渡り上手といえば、カバマダラ。

 これと似た種類にスジグロカバマダラというもう少し大きなのがいて、よく絵柄にされているのはそちらのほう。
 実はスジグロもこのカバマダラも、なんと幼虫の頃に毒草を食して、その毒は大人になっても体内に蓄積されているという。
 毒のあるものをわざわざ鳥たちは食べない。
 だからわざと派手な色彩で目立つことにより、鳥に対して毒を持っていることをアピールして身を守っているそうな。
 ウミウシのような蝶なのである。

 そのカバマダラに擬態している、と言われているのがツマグロヒョウモンのメス。残念ながらオスしか出会えなかった。

 メスには上の羽の両端にカバマダラのような白い模様があるのだ。
 毒のあるカバマダラ類に擬態して、さも毒持ちであるかのごとく世渡り………って、それってウミウシに擬態するヒラムシじゃん。

 以上の蝶々たちは、これまでに少なからず目にしたことがある蝶々。ところがこのところの散歩でついに、絶対にこれまで観たことがないと断言できる蝶に出会ってしまった。
 これ。

 リュウキュウムラサキというのだそうだ。
 まるで染物のような雅な名前。
 その色合いからてっきりマダラチョウの仲間なのかと思いきや、ルリタテハやツマグロヒョウモンと同じタテハチョウの仲間なのだとか。言われてみればたしかにタテハチョウっぽい。
 羽を開くと下側の羽に鮮やかな白い紋があるのだが、残念ながら羽全開の写真は撮れなかった。

 どんな趣味の世界も奥が深いもので、県内にはこのリュウキュウムラサキに特化した愛好会まであるらしい。
 それほどまでに有名なこの蝶々を、僕たちはこれまでついぞ目にしたことも耳にしたこともなかった。
 小さな小さな島の散歩で味わえる、ささやかな「新発見」だ。

 それにしても、なんで今まで目にしたことがなかったのだろう。
 調べてみてその理由がわかった。
 この島ではおそらく数が少ないということもさることながら、彼らは沖縄ではまだ冬を越せないらしいのだ。つまり寒くなると姿を消す蝶なのである。
 夏場は散歩する時間などなかなかないし、たとえ時間はあったとしても、炎天下を汗ダクダクで歩こうなんて気にはならないから、我々の散歩といえば冬〜春になる。
 その季節には、このリュウキュウムラサキはいなくなっているわけだ。

 なるほどなぁ……。
 ツマベニチョウという、それはそれは美しい蝶々も水納島にいる。散歩をし始めた先月末頃は、お天気のいい日にヒラヒラと舞っていた。
 ところが12月の声を聞いた途端、忽然と姿を消した。
 これまた調べてみると、本島地方でツマベニチョウが観られる時期は、3月〜11月なのだとか。
 そうか、だからこれまでじっくり眺めた記憶がなかったのか……。

 年がら年中飛び回っているリュウキュウアサギマダラに慣れすぎてしまったせいで、「冬になるといなくなる」という普通の感覚が麻痺していたことに、今さらながら気がついたのだった。
 これまた散歩の「再発見」。

 おお、こうして見ると今日の日記はチョウチョウ保存版だ。
 かつて水納島で観察される蝶々類を研究された方がいて、その調査結果ではなんと50種余もの蝶(うろ覚えなのでひょっとすると蛾も含めた数かも)が観察された………というお話を、自然番組のディレクターをなさっているゲストの方に以前うかがったことがある。
 50種!!
 けっこう、いいコレクションアイテムかも。
 これまでも多少は撮ってきたけれど、ここらでひとつ、じっくり腰を据えてチョウチョウ写真を集めてみようかなぁ。夏場も汗かきながら……。