細々経営の「海と島の雑貨屋さん」は、たまにお手伝いの若者がいてくれることもありますが、副業のダイビングサービスともども基本的に夫婦二人で運営しております。

 どちらも吹けば飛ぶようなお店なので、いつまでたってもうだつは上がりませんが、おじいさんは山へ柴かりに、おばあさんは川へ洗濯に、という理想の生活をめざし、日夜のんびりと精進を重ねております(笑)。

←撮影:姫

プロフィール

植田正恵(うえだまさえ)
サイト上での呼称:「うちの奥さん」「我が妻マサエ」「アーティストマサエ」「オタマサ」など

1968年、埼玉生まれ。琉球大学理学部生物学科卒。
当店の主力商品とんぼ玉の製造元・Masae工房唯一の制作者。
ダイビングサービス・クロワッサンアイランドのゲスト、り☆ようこさんにとんぼ玉のいろはを教わり、とんぼ玉の世界に入る。
その後、持ち前のフォレスト・ガンプ的性格とありあまる時間を存分に使い、とんぼ玉作家に。くらげ玉をはじめ、海のイメージを小さな玉に納めた作品を得意としている。

NAUIダイビングインストラクター。

さらに詳しいプロフィール(?)を知りたい方は、当サイトにあります下記コーナーをご参照ください。
ゆんたく!島暮らし

植田智士(うえださとし)
サイト上での呼称:「僕」「クロワッサン植田」

1967年、大阪生まれ。琉球大学理学部海洋学科卒。
主に通販の店舗運営…つまり当サイトの製作と、
大は実店舗のウッドデッキから小は流木時計などの木工製作、
そしてTシャツのデザイン、フォトグッズの撮影・制作を担当。
どのTシャツも爆発的ヒット間違いなしという自信を持って世に出すものの、いずれの作品もごく一部の人々にしか支持されない
という、逆の意味で稀有な才を発揮している…。

NAUIダイビングインストラクター。

さらに詳しいプロフィール(?)を知りたい方は、当サイトにあります下記コーナーをご参照ください。
徒然海月日記

 

最も多く寄せられる質問
「なんで水納島に??」

 水納島出身ではないどころか、沖縄出身でもない我々夫婦が、石垣でもなく座間味でもなく、よりによってなんで水納島で暮らすこととなったのか。
 実店舗でお客さんと会話をする際、最も多く訊ねられる質問です。

 ですので、ここで説明させていただきます。

 我々が学生の頃から、すでに水納島にダイビングサービス・クロワッサンアイランドはありました。
 自分たちはどちらもその店でアルバイトをしたことはなかったのですが、我々が所属していたダイビングクラブの同級生や後輩が、当時のオーナーの下でアルバイトをしていたため、水納島には気安く気軽に遊びに来ていました。

 卒業後も引き続き後輩がアルバイトをしていたので(海洋写真家のKINDONです)、ゲストとなって遊びに来ることもしばしば。そしてそのうちひょんなことから、ダイビングサービスを買い取り、経営を引き継ぐことになってしまいました。 

 すでに結婚はしていましたが、まだ20代でしたので、仮にお店がダメになってもなんとかなる、沖縄風にいうなら「なんくるないさ〜」という軽い気持ちでした。そもそもいつかは沖縄に戻ってきたいと思っていた我々夫婦にとっては、この話は渡りに船だったのです。

 バブル期が去っていたダイビングサービスには閑古鳥が群れ飛ぶほどで、渡りに船と思っていたその船は沈没寸前だったものの、島の方々に助けてもらいながらどうにかこうにか生き延び、ついに雑貨屋さんまで開くことができるようになったのでした。

 そうはいっても相変わらず、物理的にも経済的にも吹けば飛ぶような小さな店ですので、今後とも皆様のご支援、よろしくお願い申し上げます……。