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細々経営の「海と島の雑貨屋さん」は、たまにお手伝いの若者がいてくれることもありますが、副業のダイビングサービスともども基本的に夫婦二人で運営しております。 どちらも吹けば飛ぶようなお店なので、いつまでたってもうだつは上がりませんが、おじいさんは山へ柴かりに、おばあさんは川へ洗濯に、という理想の生活をめざし、日夜のんびりと精進を重ねております(笑)。 ←撮影:姫 |
プロフィール
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植田正恵 (うえだまさえ)サイト上での呼称:「うちの奥さん」「我が妻マサエ」「アーティストマサエ」「オタマサ」など 1968年、埼玉生まれ。琉球大学理学部生物学科卒。 NAUIダイビングインストラクター。 ゆんたく!島暮らし |
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植田智士 (うえださとし)サイト上での呼称:「僕」「クロワッサン植田」 1967年、大阪生まれ。琉球大学理学部海洋学科卒。 NAUIダイビングインストラクター。 徒然海月日記 |
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最も多く寄せられる質問
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水納島出身ではないどころか、沖縄出身でもない我々夫婦が、石垣でもなく座間味でもなく、よりによってなんで水納島で暮らすこととなったのか。 ですので、ここで説明させていただきます。 我々が学生の頃から、すでに水納島にダイビングサービス・クロワッサンアイランドはありました。 卒業後も引き続き後輩がアルバイトをしていたので(海洋写真家のKINDONです)、ゲストとなって遊びに来ることもしばしば。そしてそのうちひょんなことから、ダイビングサービスを買い取り、経営を引き継ぐことになってしまいました。 すでに結婚はしていましたが、まだ20代でしたので、仮にお店がダメになってもなんとかなる、沖縄風にいうなら「なんくるないさ〜」という軽い気持ちでした。そもそもいつかは沖縄に戻ってきたいと思っていた我々夫婦にとっては、この話は渡りに船だったのです。 バブル期が去っていたダイビングサービスには閑古鳥が群れ飛ぶほどで、渡りに船と思っていたその船は沈没寸前だったものの、島の方々に助けてもらいながらどうにかこうにか生き延び、ついに雑貨屋さんまで開くことができるようになったのでした。 そうはいっても相変わらず、物理的にも経済的にも吹けば飛ぶような小さな店ですので、今後とも皆様のご支援、よろしくお願い申し上げます……。 |
