F湯野上温泉散歩(3月9日)

 東国の朝は早い。
 朝6時といえばこの季節の沖縄ならまだあたりは薄暗いのに、ここ会津の地ではすっかり朝になっている。

 そんな朝から露天風呂へ。
 女性専用タイムは夕方だけながら、同宿の男性客はどう見ても早起きするタイプには見えなかったから、うちの奥さんもまったく問題なし。

 ひとっ風呂浴びて朝食をとり、少しくつろいだ後、散歩に出かけた。
 この日は会津若松方面へ出かける予定なのだけれど、なにしろ朝夕で1時間に一本、日中は2時間に一本という会津鉄道である。まさか8時発に乗るわけにはいかないから、必然的に朝は少し時間があく。

 ちなみに、それがバスともなるとこういうことになる。

 一本乗り遅れると、取り返しがつかないどころではない……。

 宿の玄関を出ると、国道を挟んだすぐお向かいにこういうものがある。

 これ、なんと清水屋旅館さんの自家源泉のお湯で、垂れ流し状態!!
 崖の上、パイプの上方に源泉があるらしく、そこからお湯が出っぱなしになっているのだ。おそるべし、自家源泉。

 てけてけ歩くと、やがて国道を外れ、温泉宿が建ち並ぶ区画になる。
 清水屋旅館同様、昔からの宿がある一方で、今出来の和風宿もけっこう多い。きっと若い女性客はこういう宿に泊まるんだろう。

 今出来といえば、かけ流しのお湯も、清水屋旅館さんの豪快な垂れ流しではなく、こういうことに利用していた。

 腰掛けて足湯を利用できるようになっていて、かけ流しの湯を湯飲みで汲んで飲めるようにもなっている。
 お金をかければなんでも造れる、という好例だけど、それにしてもなぜウサギなのかはよくわからない……。

 このあたりには旧家が多いせいか、家に蔵があるところが多い。そして道に面した蔵には、こういう看板が出ていた。

 ……雪などかけらも見えないんですけど。
 しかしひと月前にうちの奥さんがオタマサ化して散歩していたときには、実際に屋根からボトンッ!と雪の塊が落ちてきたらしい。

 たしかにこの屋根から雪が落ちてきたらデンジャラスである……。

 このあたりの温泉宿があつまった集落は、それほど広くもないので散歩にはうってつけで、こういう名前までついている。

 うむ、たしかにほのぼのしている…。
 これは外灯の柱で、外灯自身もけっこうレトロチック。ま、僕ら的にはいちいちこういった界隈に今風の名前などつけなくてもいいのに……とは思うのだけれど、清水屋旅館さんの稿でも触れたとおり、古いものや何もないものに対する新たな価値観が、こういったネーミングにも表れているわけである。
 ただ、それがあまりに高じてしまうと、本来の価値を失いかねない危険性もある。
 だって、「ほのぼの」って、ようするに「何もない」ってことなのに、そこに今風のレトロ外灯とか道の名前とかが随所につけられると、ちょっと違うぞって気にもなるでしょ??

 でもまぁ、水納島のありえないくらいに無思慮な変貌に比べれば、これくらいどうってことはない。

 このほのぼの湯の道界隈は国道と線路にはさまれた区域にあって、遮断機すらない踏み切りを越えると普通の田舎になる。
 さらにテクテクいくと、大川と地元で称される阿賀川が見えてくる。
 降りてみた。
 この川辺に露天風呂があるというのだが、冬季は雪のため使用できない。
 でも今年は雪はないんだから使えるようにすればいいのに…と思ったら、雪はないけど雪解け水は多かった。

 うちの奥さんが指差している方向に露天風呂の区画があるのだけれど、写真の左側に水量豊富な滝があって、露天風呂へ続く道を滝から流れ出る水が遮断しているのだ。

 川の水自体もかなり豊富で、すぐそばにダムからの放水口があって、近くで聞くとものすごい轟音だ。雪解け水って本当にすごい。

 再び踏み切りを越える。
 時刻表的に絶対に列車が来ないことはわかっていたので、こういうことも出来る。


マネしてはいけません。

 ものの見事な単線。
 こんな鉄道なら、冷たいレールに耳をあて、汽車の響き聞きながら、遥かな旅路を夢見ることもできるだろう。<by 思えば遠くへきたもんだ

 その後、川辺での写真に写っていた吊橋を渡り、対岸へ行ってみた。
 さきほどのほのぼの湯の道にもこちら側にも、歩いているとこういうものが随所にある。

 赤地に白地なら消防署が管轄しているのだろうけど、この緑地に白地の空気弁とか拝泥弁って、何から空気や泥を逃す弁で、どこが管轄しているんだろうか。雪解け水を流している水路の管理なのかな。ということは、下郷町の水道局かな??

 歩いていると、どうでもいいことがやけに気にかかる。

 で、清水屋旅館の稿で書いたとおり、このあと、橋を渡っているときに宿のお兄さんとすれ違った。その橋からの眺め。

 なんとも絵画チックな景観でしょう?
 この川の右を線路が通り、すぐそばに宿があるのだ。
 ちなみに左手前の建物が、清水屋旅館の姉妹館である藤龍館。

 この橋の突き当たりには、この看板が。

 沖縄に住んでいる我々からすれば夢のように遠い地名の数々が、当たり前だけど普通に載っている(南会津は、先ごろの市町村合併で新たに生まれた名前だからわかるとして、日光まで新しげなのはなぜだろう??)。

 それにしても、こういった自動車用の道路標識というのは、普通はもっと上のほうに掲げられていると思うのだけれど、なぜかここだけは歩いている人の目線の位置になっていた。

 この標識でいうと、大内宿方面に行くと湯野上温泉駅に、日光方面に行くと我らが清水屋旅館になる。
 一度宿に戻る予定だったので、左に曲がった。
 すると、上の写真に小学生横断中、とあるとおり、やがて小学校が見えてくる。
 大内宿の稿で述べた、江川小学校だ。

 校舎の裏側には校庭があり、保育園も併設されていた。
 あの宿場町からここまで毎朝スクールバスで通っている子供たちがいるのである。
 さすがに立派な小学校だけれど、ここもやはり子供たちの数は減っているという。大内宿の帰りの運ちゃんはここの出だそうで、彼の同級生は85名いたというのに、今の全校児童は70名そこそこだとか。かつての一学年よりも少なくなっているのだ。

 交通の便が悪いおかげで地域が俗悪化しないのはいいことながら、実際にそこで暮らす人々にとっては不便でしかないわけだから、それがために過疎化傾向にあるのだとすると、観光と地域の暮らしというものを両立させるのは本当にムツカシイとつくづく思う。

 この学校脇の道から清水屋旅館を見るとこういう具合。

 ますます紅葉や桜の季節に来てみたくなる。

 手前の道が国道で、遠くに見える橋が、宿のお兄さんとすれ違った橋。こんな位置関係になっている。

 腹一杯になる朝食後の腹ごなしとしては、とても心地よい散歩だった。
 過疎化対策はがんばってほしいものの、「ほのぼの湯の道」は、いつまでもほのぼのしていてほしいなぁ…と観光客はまことにもって勝手な望みを抱くのであった。