C番外編・我孫子マイラブ(3月5日)

 僕が子供の頃に大変お世話になった親戚が、千葉にいる。
 うちの奥さんのように、両親揃って兄弟が多い家ではなかったので、親戚といっても二家族しかないから、関西以外の親戚といえばここしかない。

 小学生の頃は弟と2人で夏休みに長期間泊めてもらい、いろいろ手を煩わせた挙句に最後は当時流行っていたブルートレイン(寝台急行銀河)に乗せて貰って大阪まで帰ってきたりもした。 

 また、長じてはこちらの叔母さんに柴又や浅草を案内してもらったり、家族揃って大洗水族館に行ったこともある。
 結婚前にはうちの奥さんも遊びに行ったこともあるほどに、何かと思い出深い親戚なのである。

 が。
 沖縄に越してからこっち、年賀状やたまのメール以外はまったく無沙汰をすることになってしまった。
 そうこうするうちに無沙汰も長くなり、たとえ機会があっても「やあしばらく!」と顔を出せるタイミングを逸してしまっていた。

 そういうところへ、今回の僕たちの上京を知ったこちらの叔父さんが、埼玉にいる僕のケータイに電話をかけてきてくれた。どうやってケータイ番号を調べたのだろう??今になって不思議に思っていたりする。 

 で、時間があったら是非おいで、と言ってくださったわけである。
 この機会を逃すと、ヘタしたら今生での再会はないかもしれない……。
 幸い、10日間ほどにわたるこの旅行中、5日の夜だけポッカリ空いていたので、この日お邪魔することにした。
 お家は我孫子にある。
 が。
 叔父さんは柏で降りろという。

 それはなぜか?

 こういうわけだ!!

 どういうわけだ?
 手前でピースサインを送っているイケメン君は、何を隠そう僕の従兄弟で、先に触れた小学生当時に僕がお邪魔していた頃は、まだハイハイしかできない赤ちゃんだったマコト君である。
 彼はその後長じてパティシエの道に進み、現在はこのア・ラ・カンパーニュという、神戸に本拠を持つカフェチェーンの柏店で店長をしている。

 そのウワサは、かねがねうちの母から(母方の親戚になる)聞いてはいたのだが、うちの母ときたら、人の話をキチンと理解していないくせにわかった気になって、そしてそれをわかっていないまま人に教えるものだから、聞いている僕はさっぱり要領を得ていなかった。そのため、恥ずかしながら今回初めて知ったわけである。

 そのア・ラ・カンパーニュに、叔父さんは連れてきてくれたのだった。
 やや遅いティータイムではあるものの、魅惑のケーキを………
 でまた、ここのケーキが激ウマ!!

 綺羅星の如くメニューに並んでいる美しいケーキの中から我々が選んだのがこの二つ。そしてまた、ブクブクー茶のような大きな器に入れられたカフェオレがまた美しい…。

 ここはJR常磐線柏駅南口にある丸井の1階にあり、オープンカフェにもなっている。よく見ると調度の材料がやたらとホンモノで、食器にしろ何にしろ相当上等なものを使っていることがわかる。
 こりゃデートにも最適だわ。

 ただ、お向かいにあとからセブンイレブンが入ってきて、そのコンビニ独特の大光量照明のせいで、夕暮れ以降の時間帯、こちらがムーディーな照明にしてしまうと、コントラストのせいでまるでクローズ状態であるかのようになってしまうらしい。
 なので店の存在を示せる程度には明るくせざるを得ないという。
 この雰囲気で照明もムーディーだったら完璧なのに……。
 ここはひとつ柏市民には、お向かいのセブンイレブンには即刻立ち退いてもらうよう、運動していただきたいところである。せーみやさん、お願いします♪

 その店の前で記念撮影。

 ハイハイしてた子が、こんなに大きくなっていた……。
 おまけに、帰り際には日持ちするタイプの当店自慢のお菓子セットを手渡してくれた。<これがまた激ウマ!!
 ついにお年玉を渡すことなく流れた月日は、すでに彼からお土産を手渡してもらえるまでになっていたのだった。
 あ、ちなみにマコト君はすでに所帯持ちですので♪

 柏市民のみなさん、これまで柏でデートといえば、KASHIWAマイラブ的にはモンテローザだったでしょうが、今後はここ、ア・ラ・カンパーニュ柏店をよろしく!!

 このあと、叔父さんの車で自宅まで。
 すでに夜の帳が降りていて、長大な手賀沼も闇の向こうに佇むのみ。良くも悪くも昔のままのたたずまいを見せる我孫子市にこちらのおうちはあるんだけれど、我孫子市は変わらぬままながら、親戚のお家自体が大邸宅に引っ越していたのであった。

 つまり、僕は初めて訪れるわけである。
 新築祝いも何もせぬまま、手土産といえば紅いもタルトのみ。なんとも面目ない……。

 またここで、圧倒的な歓待を受けてしまった。

 一別以来、みんなそれぞれ齢を重ねてはいる。よく考えたら今の僕は、かつて柴又や浅草を案内してもらったときの叔母さんの年齢よりも上になっているのである。
 でもどうやらそれぞれ素敵な時間を重ねたようで、16、7年ぶりだというのにまったく違和感がなかった。
 また、この叔父さんが人を楽しませることが大好きな人で、特に相手が子供となると、異常なまでにその力が発揮される。
 とにかくとことん周りを愉快にするこの叔父さんの姿を見るたびに、かつての僕は、子供心にもひそかに感心していた。

 そういう話をこの席で話したところ、僕が水納島でキッズと遊んでいる姿とダブって見える……とうちの奥さんは納得顔だった。
 もちろん僕などまったく遠く及ばないにしろ、僕が島の子供たちと接する原点はこの叔父さんにあったのである。
 ようするに、満男にとっての寅さんのような人なのだ。<それは褒め言葉なのか??

 さて、写真をご覧いただければおわかりのとおり、飲んでいるのは我々だけ。みなさんはお酒はたしなまれない。そのくせ、叔母さんが作ってくれていた料理は完全に「肴」で、おまけにそのうえお寿司までとってくれていたものだから、満腹中枢の限定解除をして、おまけにベルトも解除している僕だった。
 だって、こんなシアワセな時間があろうとは……。


撮影:オタマサ

 彼女は従兄妹のカオルちゃんである。
 マコト君のお姉さんだ。
 小さい頃から笑顔が素敵な子で、うれしいことに、どうやらそっくりそのまま大きくなってくれたらしい。そりゃまぁ、いつかはそういう日が来るのは当然なんだろうけれど、それでもやっぱり

 まさか彼女からビールを注いでもらえる日が来ようとは……!!

 月日が経つってのも、それはそれで素晴らしいことではないか。
 ただひとつ、過ぎし日々に悔いが残るとすれば。
 先ほどのマコト君にしろこのカオルちゃんにしろ、彼らが二十代のときに一度として会っていないということだ。
 無理にでも会っていれば、一番遊べるときでもあるその頃に、彼らも水納島に足を運びやすくなったろうになぁ……。

 いや、今からでも遅くはない。15年以上のブランクは今宵で埋めた。
 二人とも、いつでも気軽に遊びに来てね!

 あ、叔父さんも叔母さんも♪

 …というわけで、さんざんご馳走になりっぱなしで、最後にはたくさん手土産まで持たせてもらいつつ、更けゆく我孫子市を後にしたのだった。