プロローグ・苦悩の目的地選別編

幻のルリコンゴウインコ

 毎度のことながら、話は「なんでまた突然アラスカなどへ行きたくなったのか」ということから話さねばなるまい。

 旅行記も今回で6度目となり、ありがたくもそれらをチェックしてくださっている方々は、我々のオフシーズンの旅行がさも当然のことのように思われている節がある。しかし実際に我々が旅行できるのはその財政的な裏づけがある場合であって、予算がなければ当然ながら旅行はありえない。
 昨シーズンは、おかげさまで予算的には旅行できそうな気配が夏の頃からあるにはあった。ただ、その使途については、まだ微妙な状態だったのだ。

 ルリコンゴウインコがほしい……。

 おいおいまたか、またしてもインコかよ、と嘆くことなかれ。趣味の道とは自ずからそういうものになるのである。
 意見の一致を見てしまうとあらゆることに歯止めが効かなくなる二大政党制のクロワッサンとしては、夫婦揃って「ルリコンゴウを飼おう!」なんてことになったらその道へ驀進してしまうこと必至。
 が。
 既存のオウムとインコに手を焼く現実を前にすれば、シーズン中に3羽もの大型インコを、それもルリコンゴウなどというとてつもなく大きなインコまで世話するなんてことは、さすがのうちの奥さんにとっても、まったくもって非現実的な絵に描いた餅構想でしかなかった。
 ルリコンゴウはあきらめよう。

 その結果、その予算がポッカリ浮くことになった。
 とはいえ、それが即座に旅行に結びつきはしなかった。
 例年に比べ、この年はオフシーズンの旅行に対するモチベーションが高まっていなかったのである。予算はあるけれど、特に行きたいところもないという、旅行を計画する以前のところでやや気力が充実していなかった。たしかにどこにでも行けば行ったで楽しいことは間違いないが、旅行にただ「楽しさ」を求めるだけなら、日々の生活が楽しいのにわざわざ高いお金を払って遠出することもない。本来我々が旅行に求めている「非日常」、それをどこに求めたいのか、まったく具体案がなかったのである。
 それとは別に、再訪するという手もある。旅行記を書くたびに、また訪れたい、きっとまた来る、来年も、などという言葉で結んでいるとおり、これまでに行ったところのなかから再訪したいところへ行く、というのもいいかもしれない。でも、毎年毎年ゲストの方々に
 「次はどこに行くの?」
 と、また新たな場所へという期待(?)120パーセントで訊ねられる以上、同じところに繰り返しというわけにもなかなかいかない…。

 さあて、今年はどうしようかなぁ……。

 そんな頃だった。
 昨年1年間は、テレビ放送開始50周年ということで各局が特集や特番を放送していた。NHKでも折に触れテレビ50周年関連番組を放送していた。その一つが、南極の1年を追うシリーズ番組だった。
 9月放送の特集は、南極と北極で同時にオーロラを撮影する、というものだった。
 この放送が、今回の旅行のきっかけになってしまったのである。

 オーロラ。
 地球の息吹、宇宙の神秘が織り成す、美しくも荘厳なる天空のきらめき。子供の頃にテレビや写真で見たそれは、何がどうなっているのかわからなくても、心をひきつけられるには充分すぎる存在感だった。残念ながら、当時オーロラを見に行くなんてことは、沖縄に行くってことと同じくらい、夢のまた夢でしかなかった。
 でも今なら…。
 オーロラを見に行く旅行があることもおぼろげには知っていたし、実際に見に行った人も何人か知っている。けっして安くはないだろうけど、ルリコンゴウの予算があれば……!!
 実行可能な予算、暇な時間、それなりの体力および健康、そして生きているうちに…
 これらすべてが揃うのは、ひょっとしたらこれが最後かもしれない。死ぬまでに一目でも見てみたい…。人生の折り返し点を回っている今、そんな願いは可能なうちにかなえてしまうにこしたことはない。

 プロジェクト・オーロラが始まった。
 え?サザエさん作戦はどうしたのかって?
 我々が中尊寺に行ったあとにサザエさんのオープニングに中尊寺が出てきたのをご存知だろうか。
 そう、我々は今、サザエさんの先を行っているのである。おそらく来年当たり、サザエさんはオーロラを見に行くだろう……。

アラスカへ行こう!

 昨今巷に溢れる海外情報バラエティ番組のはしりといってもいい「なるほど!ザ・ワールド」や「世界まるごとハウマッチ!」をよく見ていた僕が、オーロラ観察ということでまっさきに思い浮かんだのは北欧であった。
 実際、先のNHKの番組でもロケ地はフィンランドだった。南北両極で出現するオーロラではあるが、オーロラを見に行く旅行という意味では北極側が現実的である。また、我々のオフシーズンは南極の夏であるわけで、たとえまかり間違って南極に行くことができたとしても、白夜ではオーロラを見ることはできない。
 そんな前提でおぼろげにネットで軽く調べてみたところ、驚いたことに世間にはビックリするほどのオーロラフリークがいることを知った。これまでいったいどこに潜んでいたのだ、君たちは。あ、単に僕が大外に居ただけか……。
 おまけに、各ツアー会社がこぞってオーロラ観測ツアーを売り出しているではないか。
 何事もそうだが、興味を持った瞬間にその世界が実に広いことに気づく。

 で、調べてみると、どうやら北欧よりは北米、なかでもアラスカが、冬期にもっとも天候が安定しているらしいことがわかってきた。空に浮かぶ雲よりも遥かに高い位置できらめくオーロラである。それがいかに明るかろうと、晴天でなければけっして見ることはできないのだ。であれば、晴天率がより高いところがいい。そして、さらに駄目押し的なことに、この周辺で見られるオーロラが、北半球で最も明るいものであるという事実も判明した。

 こうして旅行の針路は、アラスカ方面へと傾き始めていった。9月ごろのことである。まさか、その直後に日本でもオーロラが見られる騒ぎがあろうとは……。
 でも負けない、行くのだアラスカに。

 さて、一口にアラスカといっても広うござんす。地図で見るとアラスカ内で小さく見える国立公園が、日本の四国に匹敵するサイズだというのだから、アラスカ全土となるととてつもない。
 そんなでっかいアラスカの中の一体どこに行ったらいいのだろう??
アラスカの地名といえばアンカレッジしか知らない僕にとっては、アラスカへ旅行するなんてのはオーロラならぬ雲をつかむような話だ。

 どうやらフェアバンクスというところを中心にしたあたりが、アラスカでのオーロラ観測のメッカであるらしい。フェアバンクスというのはアンカレッジに次ぐアラスカ第二の都市(といっても小さいけど)で、そこを滞在地としたオーロラ観測ツアーも多種多様にある。
 そんなことは露ほども知らなかった僕は、とにかくアラスカとオーロラと旅行記をキーワードにネットで検索してみた。すると…。
 そのサイトの作り自体はショボく、とても情報として利用できるものではなさそうながら、非常に魅力ある記述に行き当たった。いわく、

 「それでもさらに(10人乗り小型飛行機で1時間)オーロラが見えやすい北極圏ベツルス(orベテルス Bettles) 、人口わずかの村で街明かりがなく、ドアを1歩出ればオーロラ鑑賞が出来るところを選びました」(原文ママ)

 このサイト作者は自身が利用した旅行社へのリンクを貼ってくれていたので早速調べてみると、宣伝文句ということはわかっていつつもさらに魅力溢れる記述があった。

 「ブルックス山脈南麓に抱かれた人口50人程の小さな村ベツルスは、オーロラ帯の真下に位置し晴天率が高いためオーロラ鑑賞に絶好の場所。」

 人口50人!!
 水納島と一緒ではないか!!
 人口50人の島から人口50人の極北の村へ。これは話のタネとして申し分ない。しかもこのベテルスorベツルスは北極圏内にある。たとえ運悪くオーロラを見ることができなかったとしても、北極圏内まで行ってきた、という成果は残せる。

 こうして、広大なるアラスカのなかから、たった人口50人の村という究極のピンポイントと、そこに行く際に各種手配をしてもらう旅行社を選び出したのであった。ここまではまさに電光石火、あっという間の流れだったのだが……。