本編・6

アラスカの夜、北国の春

 リチャードが呼んでくれていたタクシーは、チップを払い、あとはレジで支払いをするだけ、という、絶妙のタイミングでやってきた。
 店内にトコトコ入ってきて、
 「タクシーを呼びましたかぁ?」
 と運ちゃんが言うのだからわかりやすい。しかもこれ、日本語である。

 久しぶりに聞く日本語だった。英語の世界で少し会話するだけで疲労困憊していた我が身にとっては、まるでヒーリング用のCD音楽のような美しい響きだ。
 この運ちゃん、名をサルタンという。
 これまでタクシーの運ちゃんといえばずっと白人のアメリカンだったが、彼は馴染み深いアジアンだった。ロシア人のような毛皮の帽子をかぶり、陽気に日本語を喋るこのサルタン、聞けば生まれは新疆ウイグル自治区なのだそうである。
 おー、シルクロード……。
 新疆ウイグル自治区出身の人と会うのは初めてであったが、それがまさかアラスカでとは……。

 よりもよって、なんでアラスカでの仕事を選んだのかということをたどたどしい英語で訊くと、
 「私は寒いところが好きですね」
 という、短くも本質を突いた日本語が返ってきた。
 サルタンによると、アメリカに住むようになってかれこれ14年だが、そのうち13年はアラスカだという。
 そんな彼は、現在漢字の勉強をしているという。中国の人が漢字の勉強?と思ったが、彼はキルギス人なのである。雪深いアラスカで、僕は無理があるほどに広大な中国の事情を知った。
 で、漢字の勉強ついでに、タクシー運行記録のメモ用紙に名前を書いてフリ仮名をふってくれという。書くと、
 「これは木とか草とかの意味ですね。これはたんぼの田。こっちはファーストネームですかぁ?おー、これはとても賢い人という意味ですね」
 そうだったのか…。
 命名における両親の意図をすっかり裏切っていたことを、アラスカのキルギス人に教えてもらった……。

 冬期にフェアバンクスに訪れる日本人が増えているせいであろう、サルタンは日本についても相当勉強しているようだった。日本について知っていることを話してくれるのがどんどんエスカレートしていって、挙句の果てには

 「白樺ぁ〜青ぞ〜ら、み〜な〜みぃか〜ぜぇ〜〜」

 と歌い始めてしまった。
 まさかアラスカのタクシーの中で北国の春を聞くことになろうとは。

 ホテルが近づいてきた。
 去り際まで、日本語の話題を繰り広げるサルタン。
 「ラックのことを日本語でなんといいましたか……」
 と、突然言う。何のことかわからずにいると、
 「うんこぉ、うんこぉ」
 ん?
 「うんこぉですね」
 ん?
 あ、それって「コウウン」だよ、サルタン!!
 それはネタじゃないのか?と突っこみたかったが、どうやら本気で言っているらしかった。別れ際に、グッドラックっていう意味の日本語を我々に言ってくれようとしていたのである。

 全般的に商売熱心には見えないアラスカの人々だが、やはり彼としてはアジア人の血が騒ぐのだろうか。翌日は空港まで何時に行くのか、と訊ねてくる。サルタンには残念なことながら、空港への送迎も宿泊料金に含まれているから、タクシーを頼むわけにはいかない。
 それでも営業熱心な彼は、別れ際に名刺を渡してくれた。
 「こっちが私の電話番号ですねぇ」

 そこには、
 サルタン 手携 378−96××
 と、丁寧に書かれてあった。

ヨロコビのドギーバッグ

 ホテルに戻り、一服したあと先ほどのストアまで再び買出しにいった。
 酒を買ったはいいけど肴がない、とうちの奥さんがいうのである。肴があれば、いざひもじくなったときに飢えを凌ぐこともできるという。腹いっぱい体いっぱいのくせに、よくそんなところに気が回るよなぁ。

 先ほどは八甲田山だったが、さて、ちょっとグレードアップした服装に着替えた今はどうかな……
 大して変わらない……。おい、大丈夫なのか、ハイテク化学繊維!!
 命がけでストアまで行き、軽く購入してホテルに戻った。

 オーロラ観測に命をかけている人は、たとえそれが経由地であっても、寸刻も惜しまずオーロラを見ようとするらしい。フェアバンクスには郊外へ観測に行くツアーがたくさんあって、だいたい夜10時頃出発して午前1時2時ごろに戻るという。この晩フェアバンクスに滞在する我々も充分参加可能だ。
 が。
 我々はといえば、いかにもオーロラが出そうな夜空を見ながら、
 「今日はオーロラが出そうだねぇ。もしかして晴れ間は今日だけだったりしてね」
 などといいつつ、満腹の体をベッドで横たえているだけなのだった。

 時差と飛行機でたくさん寝たせいもあって、なんだか妙に寝付けなかった。、精神を大変疲労させる英会話のせいで、肉体の疲労よりも精神の高ぶりのほうが勝っているのだろうか。
 なんにせよ、今日はとにかく疲れた。20日の午前9時過ぎに埼玉の実家を出て、今は20日の午後11時。14時間のようで、実は31時間経過しているのだ。
 長い長い1日だった。
 ぐっすり寝込んでしまいたい。
 けれど、翌朝は9時15分にこのホテルでピックアップしてもらうことになっている。荷物の片付けなどを考えても早起きせねばならなかった。

 ……などといいつついつの間にか寝ていたようで、ふと時計を見ると7時前だった。
 朝7時といっても極北の冬はまだ真っ暗だ。
 あれほどたらふく食ったのに、目覚めたときには腹が減っていた。昨日は絶望的に思えたリターンマッチのドギーバッグが、優しく優しく手招きしていた。

 さっそくヨロコビの箱を開けてみた。
 テイクアウトの品々は、丁寧に2箱に入れてくれてあった。だが当然のことながら、日本のスーパーやコンビニとは違い、割り箸が入ってない。
 うーむ、思わぬ盲点。
 シチューだなんだかんだなのに、どうやって食おうか……。
 幸い、部屋に備えられてあるコップ類に、マドラーが何本か添えられてあった。
 アラスカではどこもそうなのか、このマドラーはストローのような硬いプラスチックで、短いけどうまく使えば箸になる。
 前夜の鍋の底に残った冷え切ったすき焼きのカスがとてつもなく美味いように、朝7時のカリブーのシチューは、冷えてはいたけれど朝食には豪華すぎるほどのストロングスタイル的メニューだ。
 ウム、ウム。
 と、一口食べるごとにうなずきつつ、我々は素直に喜んだ。
 ホテルの外は、今なおオーロラが出ていてもおかしくないほどに晴れ渡る星空だというのに、シチューに舌鼓を打つ現在の我々にとっては、オーロラは完全にアウトオブサイトなのだった。
 いったい何しに来たんだか……。