本編・6
アラスカの夜、北国の春 リチャードが呼んでくれていたタクシーは、チップを払い、あとはレジで支払いをするだけ、という、絶妙のタイミングでやってきた。 久しぶりに聞く日本語だった。英語の世界で少し会話するだけで疲労困憊していた我が身にとっては、まるでヒーリング用のCD音楽のような美しい響きだ。 よりもよって、なんでアラスカでの仕事を選んだのかということをたどたどしい英語で訊くと、 冬期にフェアバンクスに訪れる日本人が増えているせいであろう、サルタンは日本についても相当勉強しているようだった。日本について知っていることを話してくれるのがどんどんエスカレートしていって、挙句の果てには 「白樺ぁ〜青ぞ〜ら、み〜な〜みぃか〜ぜぇ〜〜」 と歌い始めてしまった。 ホテルが近づいてきた。 全般的に商売熱心には見えないアラスカの人々だが、やはり彼としてはアジア人の血が騒ぐのだろうか。翌日は空港まで何時に行くのか、と訊ねてくる。サルタンには残念なことながら、空港への送迎も宿泊料金に含まれているから、タクシーを頼むわけにはいかない。 そこには、 ヨロコビのドギーバッグ ホテルに戻り、一服したあと先ほどのストアまで再び買出しにいった。 先ほどは八甲田山だったが、さて、ちょっとグレードアップした服装に着替えた今はどうかな…… オーロラ観測に命をかけている人は、たとえそれが経由地であっても、寸刻も惜しまずオーロラを見ようとするらしい。フェアバンクスには郊外へ観測に行くツアーがたくさんあって、だいたい夜10時頃出発して午前1時2時ごろに戻るという。この晩フェアバンクスに滞在する我々も充分参加可能だ。 時差と飛行機でたくさん寝たせいもあって、なんだか妙に寝付けなかった。、精神を大変疲労させる英会話のせいで、肉体の疲労よりも精神の高ぶりのほうが勝っているのだろうか。 ……などといいつついつの間にか寝ていたようで、ふと時計を見ると7時前だった。 テイクアウトの品々は、丁寧に2箱に入れてくれてあった。だが当然のことながら、日本のスーパーやコンビニとは違い、割り箸が入ってない。 うーむ、思わぬ盲点。 シチューだなんだかんだなのに、どうやって食おうか……。 幸い、部屋に備えられてあるコップ類に、マドラーが何本か添えられてあった。 アラスカではどこもそうなのか、このマドラーはストローのような硬いプラスチックで、短いけどうまく使えば箸になる。 前夜の鍋の底に残った冷え切ったすき焼きのカスがとてつもなく美味いように、朝7時のカリブーのシチューは、冷えてはいたけれど朝食には豪華すぎるほどのストロングスタイル的メニューだ。 ウム、ウム。 と、一口食べるごとにうなずきつつ、我々は素直に喜んだ。 ホテルの外は、今なおオーロラが出ていてもおかしくないほどに晴れ渡る星空だというのに、シチューに舌鼓を打つ現在の我々にとっては、オーロラは完全にアウトオブサイトなのだった。 いったい何しに来たんだか……。 |