本編・19

散歩写真館・2

 今日はとっても天気がいい。
 冷え切った空気は、鼻の中をパリパリに凍らせるほどの冷たさとはいえ、あたりを優しく照らし出す太陽の光が味付けになるのか、なんだかとっても美味しい。
 こんな日はやっぱり散歩をしてみたい。昨日は曇っていたから、同じ景色でも違って見えるかもしれない。

 朝食後のヘリ騒動のあと、夜中のオーロラ観察時と同じ重装備で村を歩いてみることにした。

 東西に走るメインストリートを歩いていると、ときおり車とすれ違う。どれもこれも大きな4駆のトラックばかりだけれど、みんなすれ違うたびに気安く手を振ってくれる。以前に旅行した平泉で味わった、すれ違う子供たちの誰もが見知らぬ僕らに対して挨拶をしてくれたときのような気持ちよさがあった。

 真っ直ぐ続く道路に、僕たちの影も真っ直ぐ伸びていた。
 昼過ぎというのに夕方のような影だ。

 午後一時の太陽がいかに低い位置にあるか、これをご覧いただきたい。

 ほとんど地平線付近なのである。

 昨日行ったコユクック川のほとりにも行ってみた。
 ロッジにはクロスカントリースキーのレンタルもあって、ゲストの中にはそれをはいてこのコユクック川を渡り、ひとけのない静寂の世界で極北を思う人もいるらしい。
 でも、昨年のスキー旅行の顛末を思い出すまでもなく、我々にとってはそれが自殺行為であることは容易に想像できるのだった。
 その代わり、スノーシューというものがある。

 ずっとロッジの玄関に置いてあったので、僕はてっきり夏場のスポーツグッズなのかと思っていたのだが、これはエスキモーの伝統的なカンジキなのだそうだ。網の部分はアザラシか何かの皮でできている。
 これなら雪深いところも歩いていけそう………。
 やってみたかったが結局チャンスを逸してしまった。

 郵便局の近くで雷鳥を見たりしつつ、ロッジへ戻ることにした。
 ふと気づくと、お互いすっかり植村直己化していた。
 昨年は吹雪の中のスキーでそうなったというのに、ここ北極圏ではお天気のいい日にただ歩いているだけでこうなってしまうのだ。

 零下30度の世界である。
 ちなみに、シワは気温のせいではない。

 極寒の世界はあらゆる生き物に対して厳しいものではあるが、時には儚い生命にほんの少しだけ猶予を与えることもある。

 シャボン玉だ。
 コービィ石橋さんがロッジの外で試したもの。雪に着地してそのまま凍っているのだった。
 この日宿に到着したアメリカンのカップルは旅行社の下見であるらしいのだが、バナナと釘のセットを見てウフフと笑い、このシャボン玉を見てワォッ!!といった。
 来年あたり、アメリカのどこかの旅行社ではそれらがスペシャルメニューになっているかもしれない。

 かくして、本日の散歩を終えた。
 昨日と違い、完全装備での散歩は、まるで大リーグ養成ギプスをはめているかのようであった。
 うちの奥さんはとっても快適そうなのに、僕は重いのだ、バニーブーツが……。
 思いこんだら試練の道を、行くが最後にドツボにどん……。
 それほどの距離ではなかったのに、大リーグ養成ギプスはマッサージ要請ギプスになっていた。