本編・21

オーロラの下のアワレンジャー

 最初の晩の曇り空がウソのように、今日も晴れた星空の夜だった。
 いつしかそれが当たり前になっていて、お天気の心配などまったくしていない。
 それよりも日中の散歩の疲労が心配だったが、サウナのおかげで多少は復活の手ごたえを感じていた。

 そのせいで、またしても余計なことを考えてしまった……。

 だんだんオーロラにも目が肥えてきて、ちゃんと写真で撮りたい状態、静かに待つ状態という区別がついてきていた。本来静かに待っている状態からやや輝きをました頃であれば、コービィ石橋さんの撮影の邪魔にならずにすむ。そのときを見計らって遊んでみようと思ったのだ。

 で、その結果がこれ。

 オーロラ戦隊アワレンジャー!!

 アホでしょう………。
 本来休憩時間になるときにあっちだこっちだと駆けずり回り、ちゃんと撮りたいオーロラが出てきたらアーダコーダと駆け回るので、この夜の僕の体力はついに限界を迎える寸前まで行ってしまった。
 あまりに寒すぎると、ちょっと動いただけでとてつもなく疲労が蓄積していくようだ。
 そこまでしながら、できあがりがこれだもんなぁ……。
 企画倒れ。

 僕があまりにグッタリしているので、
 もっとゆっくり見ればいいのに……
 と、うちの奥さんはいう。
 でも、泡盛を撮っているときに
 「アンバーも!」
 こっちで撮っていると
 「あっちのほうがきれい!」
 などといって僕をせかし続けていたのはほかの誰でもない、彼女なのであった。
 そのせいで僕が疲労困憊しているというのに、彼女はその間どうしていたのかというと、こうである。

 どこでも寝るのだ、この人は。
 相変わらずマイペースである。時には空を見上げて横になりながらカナダの猟師をちびりちびりとやる。
   しばらく寝転んでいると冷えるので、おもむろに起き上がってはロッジに行き、暖かい室内でまたちびりちびりとやっていた。

 毎晩毎晩、そうやってちびりちびりしているときに活躍していたのが、ムースとサーモンの干し肉である。
 これがもう、最高のゼイタク。
 泡盛一升瓶程度の値段だったくせにストレートで飲むカナディアン・ハンターは美味しいし、ムースもサーモンもひと噛みするだけで芳醇な味わいが口の中いっぱいに広がる。食糧不足になれば毎日毎日干し肉だけになるというのなら、僕は喜んで食糧不足の町に行くだろう。
 あまりに美味い美味いと食っていたせいか、この日ついにうちの奥さんの上にムースの亡霊が現れた……

 というのはウソだけど、このムースのトロフィーのサイズを見ればお分かりいただけるとおり、ムースは巨大である。グリズリーのオスよりも大きい。
 日本名ヘラジカ、ヨーロッパではエルクと呼ばれるこの鹿、この地ではインディアンがそう呼んでいたのでムースという名になったそうだ。
 インディアンの言葉で「木を食うもの」という意味であるという。

 今の世の中、これほどに巨大な動物が気楽に増え続けられるほど地球環境はやさしくはないのかもしれないが、とりあえずアラスカのムースは、ときに道端で出会えることもあるほどに、この大地で健やかに暮らしているようだ。
 であればこそ、我々もシチューにありつけたし、こうして干し肉などを食べていられるわけである。

 不思議なことに、この夜は夜が更けていくにつれて気温が上がっていった。
 そのせいかこの夜は外で寝転がってもまったく平気だ。うちの奥さんを真似て、オーロラを見ながら寝転がって酒を飲んでいてもまったく寒くない。だんだん体が慣れてきたのかなぁ。

 結局この日は、くだらない写真を撮るためにあたふたあたふたしているうちに、とってもきれいなオーロラは夢のごとく天を駆け巡っていった。

 初めてこの地に来た我々にとって、まるでダイビング中に一度もウミガメを見たことがない方にとってのアカウミガメのようなものだったオーロラは、この頃には、水納島でしょっちゅう潜る僕らにとってのガーデンイールのように当たり前になっていた。
 いろんな旅行記で見た、
 「オーロラは見られなかった…」
 という記述が、はるかなるイスカンダルの話であるかのような気さえしてくる。オーロラなんて、毎日毎日出てくるじゃないか……。

 とはいえ、オーロラには太陽の活動に関連する周期があるようだった。
 長期的スパンでは11年、短期的には太陽の自転周期である27日周期でオーロラの活発さの強弱が出てくるという説だ。太陽の黒点がどうのこうのという話である。
 それによると、今月18日が27日周期でいうところの一つのピークであったらしい。
 それ以後4、5日間くらいがピークで、そのあとはだんだん規模縮小になるという。
 とすれば、昨夜22日までが大フィーバーだったことになる。
 たしかにこの日の夜は、昨夜ほどの大ブレイクは見られなかった。ということは、もう昨日のような圧倒的なブレイクアップはもう見られないということか……。

 妖しくゆらめくオーロラは夜空に幾重にも渡って出ているというのに、極めてゼイタクな落胆をしていた。

 それでも、晴れ渡る夜空に陽気にきらめいている星々は、天の下に生きるすべて人々を祝福するかのように瞬いていた。トゥウィンクル、トゥウィンクル、リトルスター、というのはきっとこういう星たちのことをいうのだろう。

 当たり前のことながら、ここまで北に来ると星座の位置は沖縄で見るそれとはまったく違う。それはもう、衝撃的なほどに。
 夜走らす船が目当てにするにぬふぁぶし……北極星が、ほぼ天頂付近にある。星座たちは、真上付近を中心にグルグル回っている………。
 アラスカの州旗(左)は、この北斗七星と北極星をデザインしたものである。
 沖縄県のマークは、太陽をイメージしたものである。
 昼と夜の違いはあるが、印象深い季節になると、どちらも空のほぼ真上にいつも位置しているからなのだろうか。
 ちなみにこの州旗、小学生がデザインしたものなのだそうだ。

 時にオーロラ、時に星々。それやこれやを眺めつつ、こうして1月23日の夜は終わった。午前4時だから正確には24日に突入しているんだけれど……。
 すっかり慣れた鼻血風呂が、冷えた体をやさしく包み込んでくれた。