10・築地市場

 かつてはプロのためのプロの聖域だった築地市場が、東京都の思惑によって観光地化されてきたのは、十数年ほど前からのことらしい。

 やがてディスカバージャパン的ノリで大勢の外国人が訪れるようになり、日本人も含めた国籍問わぬマナーの悪さのせいで、聖域の大事な部分が徐々に侵されるようになってきたという。

 そのため、早朝から始まるセリの見学を中止する、という時期がしばらく続いた。

 売り物のマグロに抱きついて記念写真を撮るような連中ばかりだというのだから、それも当然のことだろう。

 その後再びセリの見学ができるようになった。
 事務所を通した、ルールに則った見学ツアーという条件付きである。

 ゾロゾロと団体で見学ってのはあまり気が進まないところながら、世界最大規模の活魚鮮魚卸売り市場で行なわれているマグロのセリは、やはり一度は観ておきたいところだ。
 旅行計画中にはすでに、早起きして見学しようともくろんでいた。

 ところが!!

 ああなんてことだ、ちょうど我々が銀座に滞在することになる12月から翌月まで、すなわち年末年始の超繁忙期期間、セリの見学ツアーを中断するというのである。

 やはり我々は何か持っているのか………。

 というわけで早朝のセリ見学はできなくなってしまった。
 ただしプロ中のプロたちが一仕事終えた9時からであれば、市場内を見学してもいいらしい(それまでは「魚がし横丁」で遊んでいてねという案内あり)。

 高はしで朝食を食べ終えたあと、ちょこっとプラプラして腹を落ち着かせているうちに、やがて時刻は9時に。

 さあ、市場見学に行こう!!

 ……っとその前に。
 ここはそもそも観光地ではなくて、鮮魚市場に携わる方々の職場である。だから仕事をしている人たちの邪魔をしてはいけない。

 そして気をつけなければならないのが、場内場外を颯爽と行きかうターレーだ。

 ターレーって何??

 これのこと。

 古は大八車でこなしていたのであろう小規模運搬作業を難なくこなす、立ち乗りの荷物運搬車である。

 旧タイプはエンジンだったようながら、最近のものは電気で動いているようだ。

 操縦席を見てみると……

 シンプルイズベスト。

 見た目の素朴さからすれば意外にスピードが出て、なおかつ小回りの効く機動性は、狭い場内でいかんなくその実力を発揮していた。
 てっきり場内限定の乗り物なのかと思いきや、しっかりナンバープレートもついている。
 公道走行
OKの乗り物だったとは!!

 市場操業中はこのターレーがひっきりなしに行き来しているので、慣れない我々は流星群を突き進む宇宙パイロットのような気分になっていた。

 そんなターレー流星群をかいくぐり、ついに築地市場内へ!!

 その広大さ、店の数の多さ、そして魚の豊富さ!!

 地方の漁港と違って、思わず「何これ?」と首をひねる珍妙な魚は見当たらない代わりに、お馴染みの大衆魚からおいそれとは口にできない高級魚まで、日本全国津々浦々の美味しいものがドドンと一堂に会している。 

 タミヤプラモデルファクトリーが模型ファンのパラダイスなら、ここ築地市場は海の幸を愛するあらゆるヒトにとってのミラクルワールドといっていい。

 そしてなんといっても目につくのがこの魚。

 マグロ!!

 マグロといえば、近頃はいろんな場所でイベント的に「解体ショー」なるものがよく催されるようになっている。
 ところがここ築地市場内では、那覇の公設市場でねーさん方が豚さんをさばいている感じで、そこらじゅうでフツーにマグロを解体しているのだった。

 遠慮がちにスマホを向ける白人のおっちゃん。
 すべての外国人のマナーが悪いわけではない。

 ところでこんな大きなマグロ、いったいぜんたいどんな包丁でさばいてるんだろう???

 その伝家の宝刀がこれ。

 長ッ!!

 その切れ味といい鈍く光る不気味な輝きといい、もはや日本刀の域に達しているのかもしれない。吸っている血の量は、人斬り以蔵の刀どころではないものなぁ……。

 そうやって各店舗でさばかれたマグロたちの不要部分は、お兄さんがターレーで回収していく。

 ああ、その頭ひとつだけでもいただけないかしら……。

 でもこれはこのまま捨てるわけではなく、きっとそれはそれで何か利用価値があるのだろう。
 後日美味しいお店でいただいた「マグロの脳天フリット」という料理の食材も、おそらくこういう部位からけっこう求めやすい価格で得ているに違いない。

 場内は広いとはいえ、そこに数多くのお店がひしめいているから、必然的に通路は狭くなる。その通路は規則正しく放射状に整然としているものの、慣れない身にはまるで迷路のよう。
 仮に目的の店があったとしても、辿り着くことはできなかっただろう。

 そんな通路を歩いているとき、場内でキビキビ働いている人たちがひっきりなしに通りかかる。
 その際明らかに仕事の邪魔になっている我々を、ともすれば邪険に扱っても良さそうなものなのに(イメージ一心太助)、通り抜けて行く誰も彼もがいたって穏やかな物腰なのにはとっても驚いた。
 なんだか世界最大規模の市場のフトコロの深さのようなものを感じてしまった。

 こんな物腰穏やかな人たちの堪忍袋の緒を切らすくらいなのだから、見学中止の原因になったマナーの悪さというのは相当なものなのだろう。

 そんな迷路のような市場内をアテもなく歩いていた我々には、アテがないかわりにただひとつだけ目的があった。

 天下の築地市場である。
 全国津々浦々からモノが届く場所である。

 ひょっとしたら、アレも来ているかも………。

 そう期待して探していたものを、ついに見つけた!!

 エポック石垣島の段ボール箱!!

 エビ屋−Mさん、ちゃんと築地に届いてますよ〜!!

 マグロ専門店に比べればそれほど多くはないながらエビ専門店がいくつかあったので、そういう店にはきっとあるはずと探していたところ、まずは久米島の養殖場の箱を見つけた。

 惜しいッ!

 と残念がっていたところ、上の写真の奥に写っている大将が気にかけてくれた。
 事情を説明すると、、

 「今日入ってたけどなぁ……」

 力強い情報が。
 その直後、大将の傍らで折り重なる段ボール箱の上に、チョコン載っていたエポック石垣島の箱を発見!!

 ただの段ボール箱なのに、とてつもないトレジャーハンティングに成功したかのように感動してしまった。

 ちなみにこの大将のお店は、海老専門店の亀福というところ。
 店の正面ではニィニィたちが、「俺、こういう作業は不向きなんだよなぁ」なんて言いながら、甘エビの殻をムキムキしていた。

 ニィニィたち、ここにエビ殻剥き便利ロボットがいますけど……??

 ちなみに、2日後再び市場内を散策していたところ、違う店でまた見つけた。

 世界ではエビの生産量が激減しているとか、国内では虚偽表示だとかいろいろあるなか、やはり「ホンマモノ」はキチンと流通しているのだった。

 後日えび屋-Mさんに箱を見つけた話をこの写真とともにお知らせしたところ、たいそうお喜びくださり、

 「両日とも築地へは2ケースしか出していないので、1000店舗の中から見つけるのは、たとえ海老専門店に目星をつけていても、名蔵湾の砂浜から星砂を見つけるのと同じくらい偉業です。」

 これが奇跡的な発見であったことを教えてくださり、そしてその顛末と我々が知らなかったディテールを、ご自身のブログにてご紹介くださった。

 その2度目の訪問の際、マグロ専門店で、1パック単位で変えるマグロの赤身を購入した。
 ブツ切り500円、刺身1000円の表示だったので、500円のほうに傾きかけていた我々。そこへ店の方が

 「こっちは国産のマグロだから美味しいと思いますよ」

 と教えてくれたのは1000円の刺身。
 商売上手だからなのか、それとも魚を愛するシンジツの声なのか。

 1000円投じてさっそく実食!!
 それもこんな場所で(玉子焼きの山長の前、ぷらっと築地の外にある腰掛スペース)。

 刺身を買ったはいいけど醤油とワサビがないので、コンビニでビールと一緒に買い求め、ついでに場外市場にある揚げ物専門店「佃權」で冬限定のおでんを仕入れて準備万端。

 さあ、場内で仕入れたマグロのお刺身のお味は!?

 あ、適当に持っていたら片側に寄ってしまった。
 でもこの色艶を見ただけで期待値のボルテージは上がる。

 そして一口………

 激ウマッ!!

 市場の兄さん、アナタは正しかった!!

 こんなのを毎日食べてしまったら、もう二度とスーパーで売っているフツーの赤身には戻れないだろう………。

 マグロのセリは観られなかったかわりに、築地市場で売られているマグロの実力の片鱗をうかがい知ることができたのだった。