3・隊長、冥王星の海に消ゆ

 リーダーオススメの2軒目に向かう前に、新橋の知られざる(…単に我々が知らないだけながら)ディープゾーンを案内してもらった。

 そのうちのひとつがこれ。

 飲み屋が連なる煌びやかな通りの奥の奥のスージィグヮーに、ヒッソリと、しかししっかりとたたずむ烏森神社。

 場末の飲み屋通りの奥にあったものだから、てっきり酒飲みのためのマニアックな神社なのかと思いきや、なんとなんと、創建は10世紀の昔まで遡るという、新橋を代表する立派な神社なのだ。

 そんな由緒正しい神社の境内を通りつつ、頭は垂れたもののニニギノミコトをはじめとする御祭神には目もくれず、傍らを通り抜けて目的の場所を目指す我々。

 途中途中の路地がまた素晴らしい……。

 通りかかる店通りかかる店すべてが魅力的で、右も左も前も後ろもどこを向いても飲み屋ばかりなので、あてもなく彷徨ってしまったら永遠に店に入れない無間地獄に落ちてしまいそうだ。

 その点強力なツアーリーダーがいてくださると、全面的にお任せして我々はただただあたりを眺め回しているだけで済む。

 そして我らがリーダーが目指していた2軒目は、モツ煮込みの店、加賀屋!!

 モツ煮込みである。
 これこそが新橋のサラリーマン天国的にメインイベントではあるまいか。
 事前に今宵訪れるべき店をリーダーから教えてもらった時点で、我々の今宵のメインディッシュはモツ煮込みと決まっていた。

 ところが!!

 加賀屋さん、満員御礼。

 なにしろ金曜夜7時である。予約できない店にフラリと訪れて、すんなり座れるほど空いているくらいなら、そもそもリーダーの琴線に触れるはずがない。

 念のために近くにある2号店にも寄ってみたところ、これまた当然のように満員御礼。

 モツ煮込み ああモツ煮込み モツ煮込み。

 昭和な風情の建物といい、その料理といい、我々の今後の予定的にも、是非ともこの加賀屋さんを体験したかったところだった。
 残念ながらまだ宵の口で満員となればいかんともしがたい。

 ここでいつまでもモツ煮込みに後ろ髪を引かれ続けているようなら、サラリーマン天国ツアーリーダーはつとまらない。

 さっそく方針変更したリーダーは、3軒目に予定していた店へと我々彷徨える子羊たちを誘導してくれた。

 その名も「にこらしか市」。

 新橋サラリーマン天国ツアーといいながらも銀座に位置するこのお店はなんと、文明開化から日本の先頭を走り続ける先進の街銀座で初めて開業した「居酒屋」なのだという。

 山口県の海の幸を中心に、銀座の割烹的高品質の肴を新橋価格で味わえるという、サラリーマンの心強き味方である。

 もともとは3軒目で入る予定だったので、本来はこの店でシッポリと日本酒を……といくはずだった。
 でもまだ立ち飲み屋で軽く飲んだだけの我々にはこのあともたっぷり時間が残されていたから、ここですぐさま日本酒の海に浸りきってしまってはアブナイ。

 そこで、まずはこれまたサラリーマン御用達ドリンク、ホッピーで乾杯!!

 いやはや、ワタクシ、新橋で(ここは銀座だけど)ホッピーを飲むというのが人生的夢でございました………。

 それだけでもう、感無量。

 このお店は以前の屋号が「割烹 盛本」だっただけあって、日本酒にあいそうな魅惑的肴がメニューにズラリと並んでいる。

 ところがすでに揚げ物でいい感じに腹が膨れていたせいか、はたまた何をどうしたのか、「昭和3点セット」なるものを頼んでしまった。

 ナポリタンにハムカツ、そしてウィンナー。
 たしかに懐かしいけれど、わざわざここで頼まなくてもよかったか??(モツ系の焼き物や刺身も頼みましたけどね)

 そして。
 我々が入店した際にはすでに、かつての屋号「割烹 盛本」だったら考えられないような
BGMが流れていた。

 水の星へ愛をこめて BY 森口博子。

 森口博子のほぼ唯一にして最大のヒット曲、そしてZガンダムの後半の主題歌である。
 リーダーもかつてはアムロと一緒に「マチルダさぁ〜〜ん!!」と叫んでいたガンダム少年だったということは知っていたから、入店するなりリーダーにこの曲が
Zガンダムの主題歌であることをお伝えすると、それを聞きつけた店のニィニィがビビビと反応してしまった。

 なんと今宵の店のBGMは彼が用意したものだそうで、全曲懐かしのアニメソングなのだという。

 なるほど、飲みながら聞いていると、出てくる出てくる、僕たちが子供の頃に観ていたお馴染みのテレビまんが主題歌のオンパレード。
 とはいえ我々にとっては懐かしいけど、ニィニィの世代だとまったく未知の世界のはず。
 そこはそれ、飲みにくるオヤジ世代には需要があるのだろう。つまりは仕事熱心ということだ。

 しかもリーダーが「あれはないの?」とダイターン3をリクエストすると、しばらくして忘れた頃にダイターン3のオープニングが。

 そのきめ細かいサービスと曲の在庫数には恐れ入ったものの………

 ……あのぉ、この店ってそういう趣旨の店でしたっけ??

 たしか日本酒をしっぽり飲むような店だったのでは??

 が。
 このあと、まさかあのメロディが流れることになろうとは!!

 隊長である。
 今宵は最初から、そしてここに入店後もずっと自重モードだった隊長。
 しかし彼が用心すればするほど、隣で飲んでいるリーダーは

 「隊長、つまんなぁ〜いッ!!」

 と煽る煽る。
 そんな激煽りにも負げず、脳裏に愛妻の笑顔を思い浮かべながらしっかりと自分を維持していた隊長だったのだが、ついに時代は日本酒へと移行した。
 このところあちこちで目にする機会がある、銘酒獺祭(だっさい)をオーダーするリーダー。

 これがまた美味い酒なんだわ。

 自重モードとはいえごっくん隊隊長である。こんな美味しい酒を前にして、黙っていられようはずはない。

 なので自重モードで、一口、ふた口………

 あれ?
 三口、四口………

 あれ?
 あれれ??

 …ごっくん。

 あ、ごっくんしちゃった!!

 隊長のコップが空くと、すかさず隣に座るリーダーが追加オーダーをする。

 そうこうするうちに………

 来たッ!

 来た来たッ!!

 来たーッ!!

 エネルギー充填120パーセント!!
 波動砲、いつでも発射できます!!

 ついに隊長の口笛が、アニメソングに彩られていた店内に高らかに響き渡った。

 でまたこれが、ただの酔っ払いとはとても思えぬグレードの高い口笛なので、ついつい周りにいるヒトは聴き入ってしまう。
 我々の隣の席にいた若者二人も………

 いつの間にか視聴者になっていた(絶賛のお言葉を頂戴いたしました)。
 隊長、シメはもちろん……

 「ルパン三世ィィィィ……………ウィーッ!!!!

 隊長、絶好調!!

 先ほどまで自重していたヒトと、それを「つまんなぁ〜いッ!」と言っていたヒト同士とは思えぬこのテンション!!

 そしてお会計を済ませて店を出たところで、アニソンニィニィとも強烈なハグ!!

 まさに絶好調!!

 ……というか、隊長からしずかにエクトプラズムが抜け出ていっているような気が。

 そう。
 隊長のピークは、まるで線香花火のように束の間だったのだ……。

 終電にはまだ間があるリーダーがこのあと3軒目に案内してくださった。
 しかしこの頃にはすでに、我々もたいがい酔っ払っていた。
 そのため、ピークに達した隊長を最も連れて入ってはいけないような店に無邪気に入ってしまった。

 もはやどこにあるなんという店かということすら覚えていない。
 しかし少なくとも、目の前のマスターがやや迷惑そうにしていたことだけは覚えている……。

 そりゃそうだ、静かにグラスを傾けて過ごす落ち着いたバーだもんなぁ、どう見ても。

 そんな店にもかかわらず……

 ときおり口からこぼれだす隊長の口笛。

 傍にいるリーダーがその都度制止しようとするものの、まるでおならをガマンしているときについ腹筋に力を入れてしまったために

 ププッ……………プププププッ

 と出てしまう屁のように、もはやここに至ってしまえば、止めても止めても口笛漏れは留まらない。

 しかしやがて……

 おもむろにカウンターにその身を沈める隊長。
 ついさきほどまでは理性の海に浮かぶ不沈艦だったのに。
 せっかく木星の重力圏を脱出したのに。
 まさか冥王星で反射衛星砲が待ち受けていようとは!!

 ついにプルートの海に深く静かに沈みいく隊長。

 あッ!!

 隊長、明日はメインイベントじゃないですか!!
 ここで沈んでしまってどうするんですか!!

 はたして隊長は、翌日見事に「復活編」を果たすのか。
 メインイベントの運命やいかに。

 ……ほぼ追い出されるようにして店を出た後、終電で帰るリーダーと別れた我々3人は、そこがどこなのかいまひとつわかってはいなかった。

 このあと無事にホテルまで帰りつくのだろうか?
 隊長は、ちゃんと隊長オクサマのもとへ辿り着けるのか??