5・その名はタミヤ
千葉さんのカツカレーに大満足した後、やや重い腹を抱えつつ銀座通りを歩いてみた。 日曜日午後の銀座通りといえば…… 歩行者天国!! かつて僕が都内で勤めていた頃の職場は、池袋にあった。 同じ東京都内とはいえ、江戸時代には江戸の町ですらなかった池袋・新宿・渋谷といった現代の繁華街に比べ、文明開化の昔より絶えず文化の最先端であり続けた銀座は、遥かに「オトナの街」という印象だった。 とりわけ日曜日の銀座通りの雰囲気は、ただそれだけで異国情緒を醸し出していた。 そんな懐かしさ込みで通りを歩きつつ、さきほど設置されたばかりっぽい、道の真ん中のデッキチェアーに座ってみる。 暖かな日差しが心地よい。 こういうところでエスプレッソでも飲めれば文句なしなのだが、銀座の…というか日本の街の唯一の弱点は、ちょっとした小銭でコーヒーやらお茶やらが飲めないってところ。 あっちゃこっちゃ歩き回るのが好きな我々の場合、イタリアのように一杯100円チョイ程度でコーヒーが飲めて休憩ができてトイレまで使えるバールがあちこちにある、というのは非常にありがたかった。 ところが日本の街だと、公衆トイレをただで使えるという便利さはあるものの、じゃあコーヒーでも…と思ったらやたらと高くついてしまう。 だからといって休憩のたびにそこらの店に入っていたら、肝心要の夜の予算が底をついてしまうではないか。 なのでついつい、こうして座るだけになってしまう。 休憩を終えて再び歩き出した我々は、ホコ天銀座通りをのんびり歩きながら新橋方面へと向かった。 そして、防空壕のようなガード下を潜り抜けて、線路の反対側へ。 すでに地図は頭の中に入っていたので、新橋赤煉瓦通りをテケテケ歩きつつ、あと100メートルくらいかなぁ…とオボロゲに考えながら歩いていると、足早に先を急ぐ母子がスマホを眺めながら会話していた。 「あと100メートルくらいだよ」 ん? なにやら胸をときめかしているような男の子の様子からすると、おそらく同じ場所を目指しているに違いない。 思ったとおり、母子はその場所に辿り着くやいなや、記念写真を撮りはじめたのだった。 駅近くの繁華街を過ぎ、さらにテクテク行った先にあるその場所とは……… タミヤプラモデルファクトリー!! スビバセン、今回の銀座行とはなんの脈絡もない登場ではありますが、今回ひょんなことからその存在をはじめて知り、この機会になんとしても足を運んでみたかったのでございます……。 昔ながらの「模型店」というものが次々に姿を消していく今の世の中にあって、少年時代に長かれ短かれプラモデル(ガンプラを除く)を嗜好した時期がある人々にとっては、この店舗はまさにワンダーランドといっていい。 地下と2階はミニ四駆のためのフロアーになっており、先ほどの瞳をキラキラさせていた少年はおそらくそっち方面が目当てなのだろう。 一方1階はいわゆる模型を展示・販売するフロアで、もちろんながらすべてメイドイン TAMIYA。今やプラモデル業界ではバンダイと並ぶ2大巨頭のメーカーである。バンダイがガンダムをはじめとするテレビアニメ系のプラモデルで成り立っているのに対し、 TAMIYAはあくまでも昔から延々と続いているいろんなジャンルの模型を網羅している。僕が生まれて初めて作ったプラモデルは、たしか日産フェアレディ Z240(ゴーンなんかにゃとても生み出せないであろうカッコイイ車)だったと記憶している。それが、宇宙戦艦ヤマトが大好きだった流れで必然的に戦艦大和に興味を持ち、当然のように連合艦隊の艦船のファンになっていった小学生高学年の頃は、もっぱらウォーターラインシリーズばかり作っていた。 やがてその興味の対象は、いつしか第2次大戦の欧州戦線に登場する戦車その他兵器へと移行する。 それがあったからこそ、すでにロボットアニメなんてとっくに卒業していたはずだったにもかかわらず、やたらとミリタリー描写が細かいガンダムが好きになったのである。 そうこうするうちに、いわゆるガンプラ大人気時代が訪れた。 そしてガンプラ目当てに模型屋さんをめぐっているうちに、今度はガンダムと同じ縮尺の模型の世界があることを知った。 僕のプラモデルの興味が、ジェット戦闘機へと移っていったのはいうまでもない。 まぁ早い話が、移り気なところは昔も今も何も変わっていないっちゅうことですな。 そんな極私的プラモデル歴なんて他人にとってはどうでもいいことながら、ともかくここタミヤプラモデルファクトリーでは、そんな自らのプラモデル履歴を、一堂のもとに振り返ることができるのである。 でまた、店内随所に展示されているジオラマ模型の凄いこと凄いこと。 ジオラマというのは、風景をそのまま模型にしたもののことで、たとえばミリタリー系プラモデルの場合ならまるで戦争映画の一コマのような何気ないシーンが、昭和の町の1コマがテーマなら3丁目の夕日のようなシーンが、上手いヒトが作ると細部に至るまで見事に再現される。 なかでもさりげない戦場の1コマ的ジオラマの数々は、このところ縁あって往年の名作テレビドラマ「コンバット!」を見続けていたこともあって、実に胸に染み入る。 もっとも、そういうことにまったく興味がない人にとっては、どんなに精巧に作られていようと所詮は模型、「おもちゃ」でしかないのかもしれない。 でもそれが何であれ、ヒトが興味を持っていることにちょっとばかし目を向けてみると、未体験ゾーン的新たな発見があるものだ。 数々のジオラマ模型を眺めつつ、書籍コーナーにあったジオラマ HOW TOもののムックをパラパラめくっていたうちの奥さんは、そのひとつひとつの模型の背景になっているもの、たとえば花であるとか木々であるとか、豚だ羊だ鶏だ、はては4センチほどの兵隊さんが手にしているワインボトルに至るまで、そういったものがいかに手間を要する細かい作業と技術で再現されているか、ということを知った。 そこはそれ、とんぼ玉作者としては、アートにも職人技にも相通じる世界を知ることになる。 ただの「おもちゃ」と断じて素通りするか、「知識と技術の世界」と見るかで、同じ「模型」でもまったく違ったモノになってくるのである。 そんなわけで、最初はネガティブだったオタマサも、店を出る頃には…… それなりに楽しんでいたのであった。 ところで。 ここまで精巧に作られた完成モデルやジオラマなどを見まくってしまうと、ノリやすい僕の単純な性格からすれば、自分の力量そっちのけで思わずプラモデルを大人買いしてしまいそうなところ。 が。 残念ながら、現在の居住環境では、プラモデルをじっくり作れる場所の確保がまったく不可能なのだった(涙)。 店員さんたちの少年客への接客を傍で聞いていたら、実に丁寧かつ親切だった。 このタミヤプラモデルファクトリー、現役の方はもちろん、かつて一度でもプラモデルに興味を持っていた時代をお持ちの人たちにとって、ダイバーにとっての新橋の「 BOX」のようなパラダイスなのである。 |