20・パンドラの箱は開いた

 五島ののどかな漁村を歩いてみたいと思っていたら、寅さんのロケ地というおまけまでついた玉之浦をあとにした。

 発見地域であり、五島を代表する椿の品種名に土地の名を冠しているタマノウラツバキ。

 花の時期だから、一輪だけでも是非目にしてみたいなぁ、と淡い期待を抱いていたら、発見時は「幻の…」と言われたタマノウラツバキ自体は、すでに園芸品種としても一般的になっているから、福江市街の街路でさえフツーに目にする花だった。

 それなのに「現地」であるはずの玉之浦では、集落周辺でただの1輪もタマノウラツバキが植えられていないのはなぜ??

 という素朴な疑問はともかく、穏やかな青空の下でもっと長くのんびり過ごしてみたくなる、期待どおりのステキな漁村だった。

 さて、玉之浦湾という天然の良港にある玉之浦の中心地とは反対側、すなわち外海側に、是非とも立ち寄っておくべき観光名所がある。

 大瀬崎の灯台だ。

 水納島の灯台を真下から眺めてもさしたる見映えも景観もあるわけではない。
 しかしここ大瀬崎の灯台は。五島列島屈指の景勝地として名高い。

 多くの観光ガイドでは、ここで眺める夕陽は日本一遅い夕陽と紹介しつつ、「沖縄は除く」という但し書きがある。

 お前は通販サイトの送料無料か!とツッコミながらも、写真で観るその雄大な夕焼けシーンには、たしかに心打たれるものがある。

 が。

 福江島内のこの場所は、福江市街から完璧に真反対になるところだから、福江市街まで自動車でも1時間半くらいかかる。

 日没前後くらいの時刻から晩酌が始まる我々に、この場所での夕陽観賞はありえないのだった。

 それもあっての玉之浦泊計画だったのだけど、それを断念した理由はすでに触れた。

 というわけで今回は、とりあえず昼間の大瀬崎灯台を眺めてみよう。

 幹線道路から大瀬崎灯台方面に続く脇道に入り、しばらく行くと案内が出てきた。

 展望駐車場の一部が工事中で、なにやらわからないうちに行き止まりになった場所は、最も高い場所から灯台を眺められるところ。

 駐車場から、予想外に長い階段をヒィヒィ言いながら登る。

 いくつかある展望ヵ所のうち、「祷りの女神像展望台」というところだそうで、併設されている小さな鐘を鳴らすと願いがかなう、と「密かに」語り伝えられているそうな。

 曇り空で冷たい風が吹きつけていたこの時、ま、とりあえずお日様を出してくださいませ…とオタマサが鐘を鳴らすと、あ〜ら不思議…

 スポットライトのように崖の先の灯台周辺に日が差したかと思ったら、見る見るうちに日差しが広がり、たちまちあたりは光に満ち満ちたのだった。

 願いがかなう鐘、恐るべし。

 もっとナマナマしい現実的な願いをかけて鳴らせばよかった……。

 さてさて大瀬崎灯台、なるほど見事なまでのシチュエーション。
 日本映画「悪人」のロケ地にもなったそうで、ロケ現場は灯台の真下あたりなのだとか。

 よく見ると、なるほどたしかに灯台へと道が続いている。

 灯台へと続く道の入り口から灯台まで1キロちょいほどだということだったから、普段のオタマサだったら何をさておいても灯台の真下まで行こうとしたことだろう。

 でもこの日は断崖に迫る波濤からもわかるとおり、ハワイのヌウアヌパリなみの強風で、展望台にいても祷りの女神ごと吹き飛ばされそうなほど。
 こんな風であのような断崖絶壁の道を行けば、ヘタをしたら海に真っ逆さまになってしまうかもしれない。

 おかげでワタシにとっては幸いにも、上から眺めるだけで済ませることができたのであった。

 ちなみにこの展望台から灯台の反対側を眺めれば、我々が先ほどまで居た玉之浦集落が見える。

 細く突き出た半島状の土地の向こう側が玉之浦漁港で、そのさらに奥にある陸地が、シカが住んでいる島山島。

 こうして見てみると、このあたりの天然の良港ぶりがよくわかる。
 山裾もゆるやかに海へと続いている。

 ところが外海側は、大瀬崎灯台の断崖がずっと続く地形になっていて、ヒトを寄せつける気配など微塵もない。

 地図を見ると人の暮らしがあるのが内側ばかりなのも、至極もっともなのであった。

 さてさて時刻は、我々の早お昼タイムにはほどよい頃合いに。

 といっても、前述のとおりこのあたりにはお昼ご飯を食べることができる場所がまったくといっていいほどなく、かろうじて県道50号線沿いに、砂漠のオアシスのごとく1軒だけ食事処がある。

 立地的にはドライブインといった風情のこの店、鄙びた漁村やのどかな田舎の魅力を味わってきた身には、いささか入店を躊躇したくなる屋号だったりする。

 その名も……

 NEWパンドラ。

 偏見と言われればそれまでながら、のどかな漁村にそぐわなそうな雰囲気に満ちているじゃないですか。

 でも名物になっているうつぼ料理には興味があるし、五島うどんはフツーにいただけるみたいだし、なんといってもここを逃すとこの先当分飲食店がない。

 というわけで入ってみることにした。
 パンドラの箱をついに開けてしまうのだ。

 海辺に建つお店だから、店内から穏やかな内湾が一望できる。
 海辺の席に案内してもらうと、寒そうにしているオタマサの様子を見たお店の方(女将さんか?)が、電気ヒーターを点けて傍に置いてくれた。

 まだ早い時刻とあって広い店内はそのままでは随分寒かったから、このヒーターのおかげで展望台で冷え切った体が暖まった。

 メニューを見てみると、店名から抱いた偏見よりも遥かに豊富で、しかも「観光レストラン」と銘打っているところからイメージしていたのとは真逆で、どれもリーズナブルなお値段。

 まずはウツボの湯引きをお願いしてみる。

 酢味噌はおそらく市販品ながら、ウツボの湯引きは、皮つきのわりにはクセは無く、意外にも淡泊な味で、酢味噌との相性は抜群だ。

 こんなにたくさんあって、350円くらいだった。

 そして同じく酒の肴としてお願いしたのが、刺身盛り1030円。

 ネタは何かまったくわからないままお願いした刺身盛り、こういうところだと、沖縄の居酒屋みたいにサーモンなんかも出てきたりして…

 …などと、まだいささかの偏見を抱きながら待っていると、やってきました刺身盛り。

 なんとなんと、大きなアジの活け造りに、これまた大きなサザエの刺身!!

 アジがピクピクしております!
 サザエはコリコリ新鮮です!!

 すみませんNEWパンドラさん、これまで抱いていた偏見は、この場でただちに焼却炉にブっこみます。

 パンドラの箱、開けて良かった!!

 これらの肴を前に……

 …当然のごとく生ビールを飲むオタマサ。

 いやあ、さすがにこれらを相手にお茶ってのは、なかなか辛いものが……。

 初めて入ったお店がアタリだったのに、こんなにカナシイ気分になるのは初めてだ。

 予想外の肴の充実ぶりに気をよくしているところへ、やって来ました海鮮五島うどん@1000円。

 素うどん的な「五島うどん」なら500円、地獄炊き仕様の五島うどんなら600円。
 肴に舌鼓を打ちつつ生ビールを飲んでいれば、シメに素うどんでよかったのだけど、ジッと我慢のお茶の子である以上、せめてうどんは豪華にしたい。

 本来の五島うどん的には変化球なのだろうけど、すり身揚げにイカげそ、それにキビナゴまで入った盛りだくさんのあご出汁味がおいしくないわけがない。

 一方オタマサは……

 ちゃんぽん@600円くらい。

 五島にまで来てなにもちゃんぽんを食べなくったって…とおっしゃる方もいるかもしれないけど、なにしろ我々、この地が初長崎ですから。 

 このちゃんぽん、ヒトが1日で摂らなきゃならない野菜が1日分たっぷり、とメニューの中で謳われているだけあって、ホントに野菜がたっぷり。
 そして五島豚もキチンと実力を発揮している。

 メニューにはこれらの料理で使用されている食材が、どこの誰が作ったものか、どこで仕入れたものか、といった生産者や卸元がキッチリ記入されており、地産地消の徹底ぶりにもとても好感が持てた。

 観光レストランと聞くとまるで道の駅に併設されているような店を思い浮かべてしまうけれど、実際は地元の魅力を発信する郷土愛に満ちたレストランなのであった。

 そんな素敵なお店の一角に、店内に不思議と調和しながらもよく考えてみるとこの場にそぐわないものがあった。

 黒板。

 それも、店舗のポップアップ用の小さなものではなく、教室に据えてあるサイズの昔懐かしい黒板が、黒板消しやチョークも揃って店の壁に飾られている。

 あ、ひょっとしてこれは……。

 お会計の際に、お店の方(女将さん?)に訊ねてみると、案の定。

 実はこれ、閉校になってしまった玉之浦中学の教室にあった黒板のひとつなのだそうな。
 閉校する際に、記念にひとつ譲り受けたのだとか。

 ちょっぴり泣ける話である。

 中学校があった頃は、玉之浦ももっとにぎやかだったんですけどねぇ…と、女将さん(?)はしみじみと昔を懐かしんでおられた。

 地方再生とかふるさと創生とか、行政はなにかといえば地方におカネが回るようにしていながらも、なかなか再生や創生に結びつかないことに首をかしげているらしい。
 でもそりゃあんた、当たり前でしょう。

 地方のあちこちで学校の統廃合が進められ、地域社会から学校をどんどん失わせておいて、その社会が活性化するはずがあろうか。

 過疎高齢化、少子化を憂いつつそんなことをしていて、これから子育てをする若い世代がその地域に住もうとするわけがない。

 ここ玉之浦でも、玉之浦集落へと続く県道50号線が立派な道路に生まれ変わるよう、随所で大々的に拡幅工事が行われていたけれど、そんな道路やトンネルを造りまくるよりも、中学校を1つ残しておくほうが、よっぽどふるさとの創生に繋がると思うのだが…。

 4、5人の生徒のために学校を運営していくのは不経済、非合理的である、というのは机上の算数ではもっともなことではある。
 しかしそこでの暮らしを顧みることなく、不便を増大させる一方の合理化だけでは、地方やふるさとにけっして活気は生まれない。

 冷静に考えれば実に非合理的なものが、人々の熱気・活気とともにやたらと充実している……それこそが文化であり活気ある社会なのではなかろうか。

 そういう意味では限りなく非合理的な我々のドライブも、個人的には充実しているのだから、これも立派に文化なのである。フフフ。

 なにはともあれパンドラは、 開けてビックリ玉手箱。
 満腹満足で再び車を走らせる。

 県道50号から国道384号に合流する直前を南にそれると、たいそう名の知れたお寺がある。

 カーナビがついているというのに使いこなせないから、わかりづらい道路標識を頼りに、やがて到着するのがここ。

 自ら「西高野山」と称して憚らない、大宝寺。

 日本史で習う大宝律令が制定された年、すなわち701年(大宝元年)に建立されたという、五島最古のお寺である。

 遣唐使で唐に渡った空海が、帰路にまた福江島に立ち寄った際、この大宝寺で説教を垂れた……と伝わっているそうな。

 それが日本史上初めての真言密教の講釈だったそうで、それを機に大宝寺は三論宗から真言宗に改宗し、以後真言密教を広めたことから「西高野山」を号するようになったという。

 ホントに空海がこの寺で講釈したかどうかの真偽のほどはわからないけれど、遣唐使の随員として彼が福江島に立ち寄ったのは間違いないことらしいから、少なくとも所沢にあった「弘法大使が腰掛けられた岩」よりは信憑性は高い。

 五島八十八ヶ所巡拝のなかで八十八番目の札所だそうで、密教のお寺らしいなにやらアヤシゲな雰囲気を醸し出す境内。

 その奥に本殿があった。

 ソテツが醸し出す趣きは、「西高野山」というよりは「南高野山」といった風情のような気も……。

 ちなみにこの大宝寺、各種観光案内では山門の写真ばかりなので、それがどういう場所に立地しているのか、いまひとつイメージがつかめない。

 だからまったく予想外だったことに、その目の前はこういう場所。

 立派な漁港。

 しかもお寺の真正面には、さほど広くない道路を挟んですぐに建物が。

 その玄関には、「大宝漁村センター」とあった。

 真言宗大宝寺、西高野山というからには、もっとおどろおどろしくもアヤシゲな山間にあるのかと思いきや、なにげに人々の暮らしの中にフツーに溶けこんでいるお寺だったのだ。

 それにしても。

 五島に来て教会には結局1ヶ所しか訪ねていないのに、神社仏閣を訪ねたのはこれで何ヵ所目だろう??

 大宝寺をあとにし、国道384号に合流、福江島の南側を走る。

 集落に入ると海辺になるものの、基本的にクネクネとカーブを繰り返す山道の連続。
 そんな道を走らせていると、ちょくちょく野鳥が目の前を横切る。

 見たことない系の鳥だから種類をたしかめたいところながら、運転中にそれは無理。
 唯一、車を走らせている最中でも種類が特定できる鳥がいた。

 シロハラだ。

 わりと大きいし、大きい分動作が緩いので、衰えた動体視力でも種類が特定できるのだ。
 でも冬の水納島でもごくごくフツーに観られる鳥だから、何度も繰り返すうち、なんだかシロハラが坊主めくりの坊主のように思えてきた……。

 そうこうするうちに、前日も立ち寄った富江にたどりついた。

 富江といえば!!

 そうだ、ニク勝のコロッケにリベンジだ!!

 すでにかつて知ったる集落なので、すぐさまニク勝の店の前にたどり着く。
 そして勇躍店内に入っていったオタマサは、やがて手ぶらで出てきた。

 またしても売り切れ……。

 聞けば、たいてい12時半頃には売り切れてしまうのだとか。

 「生コロッケ(家で自分で揚げるもの)だったらあるんだけど…」

 さすがにホテルの部屋で揚げ物はできない。

 うーむ……どうやらニク勝のコロッケとは、今回は縁が無いらしい。

 あくまでもコロッケだけが目的の富江を抜けたところで国道384号は途切れ、県道49号になる。

 前日も通った道だけど、ただ通過しただけだったから、この日は香珠子海水浴場に立ち寄ってみた。

 五島椿物産館なる建物が併設されている駐車場に車を停め、南国ムードに演出された階段を下りていくと、そこに広がるのは…

 

 果てなきほどに遠浅の広い砂浜。遠くに浮かぶは黒島か……。

 北風が強い日だから、島の南側になるこの海岸は穏やかそのもの。
 もちろん真冬の海には他に誰もいない。
 これで青空の下だったら、激しく心地よい場所だろうなぁ。

 他に誰もいない広大な空間をひとしきり満喫した後、駐車場に併設されている五島椿物産館に立ち寄ってみた。

 夏ともなれば大勢のお客さんでにぎわうこの香珠子ビーチ、そこに併設されているこの椿物産館では、椿油製作体験など各種体験ものがあったり、流しそうめんをいただけたりするほか、椿油や五島の海水で作った塩といったお土産販売もしているところ。

 で、その天然塩を作る際にできるニガリを使っているという、ニガリ入りソフトクリームもここの名物なのだ。

 とはいえ我々のほかに客の姿とてないこの寒空の下、ソフトクリームもきっと売られてはいないのだろうなぁ……

 …と半ば諦めつつもデッキに上がってみると、屋内に人の姿が。

 ダメ元でソフトクリームの有無を訊ねてみると……

 「ありますよ!」

 おお、力強い返事が。
 そして

 「ソフトクリームは寒い冬に食べたらまた美味しいんですよ!!」

 と、アイスが融けそうなほどに熱っぽく語るにぃにぃ。

 さっそくひとつ購入。

 我らがスズキ「Kei」がポツンと1台停まっているだけの駐車場で、ニガリ入りソフトクリームを食べてみた。

 ニガリ入りと言われてもすぐさまその味を連想できないし、実際食べても「おお、ニガリ……」と実感はできないんだけど、甘過ぎずしつこくもなく、なによりも食べた後に喉が乾かないこのサッパリ感!!

 これは美味しい。

 とても美味しい。 

 五島牛乳ソフトクリームにはフラれてしまっただけに、そしてニク勝のコロッケには2日続けてフラれたあとだけに、予想外にゲットできて喜びもニガリだけにひとしおである。

 それにしても。

 訪れる人とていなさそうな真冬のこんな時期に、いつ来るやもしれない客のために用意されているソフトクリーム&スタッフ。

 民間企業ではおよそありえないムダと判断されそうなことを平気でやってくれているところを見ると、きっとこの椿物産館もまたお役所系列の建物なのに違いない……

 ……と思いきや。
 実はこちらは、五島自動車こと五島バスグループの経営なのだとか。

 なんと民間企業でしたか!

 今回の滞在ではバスには1ミリも載ってないけど、ありがとう五島バス!!

 ところでこれは、後日福江市街で撮った五島バス。

 運行中のバスにもかかわらず、乗客はゼロ。

 夕刻になって通学時間帯になると客の姿もチラホラ見えたけど、日中の福江市街近辺ではほとんどのバスが乗車率ゼロパーセント状態だった。

 五島中央病院の開院以来、すべての路線を病院経由に変更したというくらいだから、利用しているヒトがいないわけではけっしてない。
 それらが補助金カットのあおりを受け、「合理化」の名のもとに次々に本数減少、路線廃止されていけば、圧倒的な不便がここに暮らす人々にふりかかることだろう。

 もっとも、この真冬の海水浴場でソフトクリームを売ってくれている五島バスグループなら、学校を統廃合していく行政のような理不尽な振る舞いはきっとないに違いない。