7・五松屋

 ついに五島で過ごす初めての夜を迎える。
 といいつつ、灯をともすにはいささか早い頃合いに出陣。  
 
 ハイシーズンなら予約は必至という人気店なので、たとえ冬場であろうとも、早めに行くにしくはない。
 
 あらかじめさきほどの散歩で場所の確認は済ませてあるから、道に迷うこともなく、ホテルを出てからものの5分でお店に到着。
 歩いているときに近所の寺の鐘がボーンと鳴ったから、店に着いたのは6時過ぎくらいだろう。

 今宵のお店はこちら。

 小料理 五松屋。

 あ、写真は店を出てから撮ったので暗いけど、店に着いたのはまだお日様が残っている時間帯でした。

 数少ない五島の飲食店情報、それも飲み屋さんとなるとかなり限られている中にあって、地元の飲兵衛&酒好き旅行者たちから燦然と輝くほどに好評を博しているのが、この五松屋さんだ。

 お店は5、6人ほど座れるカウンター席があるほか、奥には座敷席が2つ。
 すでに奥の座敷席のうちのひとつは埋まっていたけれど、他は我々のみ。

 ところがすぐさまもう一組がカウンターに座ったかと思えば、1時間もするとほぼ満席になっていた。
 やはり人気店には、早め来るのが正解だ。

 とりあえず席は確保したので安心しつつ、もう一つの懸念事項を大将に伺ってみる。

 というのも、フェリーは欠航、飛行機もかくやというほどの嵐だったわけだから、当然ながら漁はいつもどおりだったはずはなく、お店が用意できる魚もこの分じゃあ……

 なので、この時化でしたけど魚ありますか?とお尋ねしたところ、大将は元気よく

 「少ないですよ!」

 と正直に答えてくれたのだった。
 そりゃそうですよね。

 とはいえそこは五島のこと。
 少ないからといって本部町内の居酒屋のようにサーモンの刺身が出てくるなんてことがあるはずはなし、地のモノがなにかしらはあるに違いない。

 というわけで、まずは2年越しの五島旅行計画がついに実現したヨロコビの乾杯をば。

 いやほんと、ここに至るまでいろいろあったし長かったなぁ……。

 …などと感慨に浸っているあいだにサラリと出ていたのが、こちらのお通し。

 カワハギの仲間の唐揚げをマリネにしたもの。

 小料理屋だけあって、お通しから素材と盛り付けが粋だ。

 ウマイウマイと食べているうちに、やって来ました、刺し盛り!!

 すでに旅行を終えている今、福江島で連日見慣れてしまった体になっているために、なんだか当たり前感すら漂ってしまいそうだけど、ゲンジツに帰って本部町のサンエー鮮魚コーナーに行けば、すぐさまこの時この場での感動を思い出せることだろう。

 中央で主役を張っているのはヤズ(ブリの若魚の五島名)、その手前はシビマグロ(クロマグロの100キロ級の若魚)、両端にはアジとミズイカ(アオリイカの五島名)、奥にはヒラメちゃん。

 どれもこれもトレトレピチピチで美味いことといったら!!

 魚が少ないといってこれだけ勢揃いしてくれれば、もう充分ですワタクシたち。

 フツーに魚があるときって、いったいどーゆーことになるんだろう……。

 そしてすり身天国五島では、飲み屋さんでも定番なのが、すり身の天ぷら。 

 こちらはアジのすり身の天ぷら。

 身を粉にして働く人もエライけれど、身をすり身にして料理になる魚たちもまたエライ。

 さてさて、グビビビと2杯ほど中生を飲んだ後は、お待ちかね、ご当地焼酎である五島芋のお湯割りをお願いしてみた。

 これがあなた、びっくりするほどに香り高い芋焼酎。

 聞くところによると、なんでも五島銘菓のかんころ餅の原料になっている五島産の芋を使用した焼酎だそうで、伝統スイーツの原料だけあって、香りが上品な甘さに満ち満ちているのだ。

 でまたお湯割りの濃度もとてもとてもとても良心的なので、お湯割りでこの焼酎の実力を余すところなく味わうことができる。

 いやあ、これまでの半生で、ここに至るまでに芋焼酎好きになっておいてよかった。

 芋焼酎との最初の出会いがこの五島芋だったら、「芋焼酎はちょっと苦手で……」なんてヒトは居なくなるに違いない。

 あまりに美味しかったので、思わずボトルで頼んでしまった。

 あと4晩もあるのだから、今宵空けることができずとも、滞在中に再訪する機会はきっとあるだろう。 

 イモイモのお供には、まずこちら。

 鯨の赤身のお刺身。

 知る人ぞ知る、五島では江戸時代の初めくらいから捕鯨が行われていて、昭和30年代初め頃でもなお、大手水産業者の捕鯨基地があったという。
 このあたりの人々にとって鯨は、昔から身近な水産資源なのである。

 そして意表をついて、アラカブのから揚げ。

 西九州でアラカブというのは、和名でいうところのカサゴのことで、その昔伊豆で潜っていたときにはしょっちゅう出会っていた底生の魚だ。
 残念ながら沖縄の海にはいない。

 刺身から味噌汁からいろいろ食べ方があるようながら、今宵のネタは火を通した料理用だったらしく、大将手書きの本日のオススメメニューにはこのから揚げオンリーだった。

 から揚げだとどのような魚でも似たり寄ったりになるから、どうせだったら煮付けがよかったなぁ…というオタマサ。

 そんな彼女が今宵もっとも夢中になったものがこれ。

 クロムツの塩焼き。

 見るからに深海魚系の顔をしたこの魚、同じく深海系のナワキリに似たお味ながら、上品度はこちらのほうが上回る。

 これがオタマサのツボにはまり、かつて伊根の舟屋の宿でレンコダイの塩焼きを貪り食う姿を彷彿させるほどに、無我夢中一心不乱になっていた。

 たしかに美味しい。箸が止まらぬ気持ちもわかる。

 とはいえ。

 前々から思っていたけど、彼女はおそらく軽度のアスペルガー症候群に違いない……。

 それにしても、クロムツなんて魚の名前、聞いたことがない。

 それもそのはず、現在この魚は超高級魚の部類に入っているというではないか。

 水深200〜500メートルの深いところに棲む魚で、大きくなると60センチくらいになるという。

 釣り愛好家はそういったものを狙い、釣り上げたりもするのだろうけれど、市場に安価で流通するほどの水揚げ量があるわけではないから、一般的には高級魚になってしまうらしい。

 ところがここ五島では、寒い時期にフツーに水揚げされるという。

 刺身でもいただけるけれど、最も美味しいのは塩焼きである、という話も現地にはあるようだ。

 これってつまり、旅行者にとっての存在価値的には………北陸のノドグロみたいなもの???

 そうと知っていれば、陳列ケースにドドドドッとあったクロムツ、この際一気に5匹くらい食べたのに………って、それは無理か。

 さてさて、いいコンコロもちだしたくさん食べたし、そろそろシメの一品を。

 

 もちろん五島うどん♪

 飲み屋さんならどこでも用意しているわけではないのだろうけど、五松屋さんではお品書きにちゃんとあった。
 しかもうれいしいことに、五島うどんの故郷上五島での本来の食べ方であるという、地獄炊き仕様で登場。

 あご出汁スープにネギや鰹節を入れ、お好みで生卵などを加えつつ、つけ麺のようにしてアツアツの五島うどんをいただくというものだ。

 記憶にある限りではおそらく人生初の五島うどん、うどんにしてはありえないほど細いその一本一本を深く心に刻みつつ喉越しで味わいたい……

 ……ところだったのだけど。

  なにしろあなた、ここに至るまでにほぼほぼ一人で五島芋のボトルを4分の3近く飲んでしまっていたものだから、いい加減酔っ払っていたためにほとんど記憶無し。

 しかもあろうことか、生卵をといたところに醤油を垂らし、それでうどんを食べてもいたらしい(そーゆーのもアリだと女将さんはフォローしてくれたけど…)。

 おかしいなぁ、初日だし移動日で疲れもあるから、軽くいこうと決めていたのに。

 あげくの果てには会計を済ませて店を出たあと、カメラをカウンターに置き忘れていることに気づく始末。

 ま、忘れたまま帰るほどではなかった、という前向きな考え方もありますが。

 なにはともあれ、波瀾万丈だった移動日も、最終的には美酒に酔いしれ、気持ちよく眠りにつくことができたのであった。