15・フリマラソン

 夫婦揃って見事に美しく大団円を迎えた、人生初のフルマラソン。
 この旅行記もここで終わっていれば、実に感動的なクライマックスだったのだが…………

 ……話は続く。
 ゴールした我々は、給水テントでお茶をもらい、運動公園の競技場の芝生の上で、下半身の痛みに耐えかね、ただただもうこのまま寝さしてくれとばかりに横たわっていた。

 もう動けません!!

 そこに島P夫人カナエ嬢が、タッパに山盛りの乾燥梅を差し入れてくれた。それを美味い美味いと頬張りつつ、お茶を喉に流し込む。
 梅美味い!!

 これがホントの完走梅!!

 ……山田君、座布団一枚持っていきなさい!!

 そうこうするうちに、間もなく競技が終了する時刻になるというアナウンスが流れ、時間内に間に合った最後のランナーがゴールしたようだった。
 そうか、競技は終了したか……。
 あとで知ったが、我々のあとにもまだ100名くらいはいたらしい。みんなよくもまぁ、6時間近くも走っていたものだ。

 さてさて、終了したことだし、そろそろ動きますか。
 が。
 う…………動かない!?

 下半身の関節が完全に固まり、筋肉の中ではアクチンフィラメントとミオシンフィラメントが、ギッチリとアロンアルファで固定されてしまっていた……。

 とにかく今はベッドが恋しい。
 もう何もかも忘れて、ただただグッスリ眠ってしまいたい。
 そのためには、まずはカナエ嬢の車が停まっている駐車場まで行かねばならない。
 これがもう、絶望的に思えるほどに脚が痛い。
 彼女の肩を借りて歩くのすら、一歩一歩がまるで初めて動いたガンダムのような足取りだった。

 会場では参加者ならびに関係者による、交流パーティなるものが催されていた。
 館内では沖縄らしくエイサーが行われたり、屋外では大会に協力しているスポンサーや地域の方々が、いろいろと露店を出して飲食できるようにもなっている。
 マラソン参加者には、受付時にこの交流会での露店用交換チケットなるものが配られており、飲食を楽しめるようにもなっている。

 しかし、もはや飲食よりもただただ柔らかなベッドに寝転びたいだけの我々は、一刻も早く駐車場に……。

 ところがさすが2児の母。
 使用できるものはとにかく使えとばかりに、カナエ嬢は動けない我々の代わりにそのチケットを駆使して飲み物を持ってきてくれたり、牛汁をテイクアウトにしてくれたりと八面六臂の活躍。
 そして、石垣牛のローストをパックしたものもいただこうと、とあるテントを訪れたら!!

 なんとなんと、そこには琉大ダイビングクラブでの僕たちの2年先輩にあたるTさんが、ハーフマラソンに出場したあと、地元の方々とともに露店スタッフとしていらっしゃった!!

 超久しぶり!!
 てゆーか、全然変わってない!!


右から二人目がTさん。 撮影:通りすがりのお兄さん

 琉大ダイビングクラブは、卒論がある関係で4年生になる前に引退するため、クラブ運営の実質上の責任者世代は3年生だ。
 だから、右も左もわからないペーペーの1年生にとっての3年生なんていったらあなた、神様といっても過言ではない存在になる。

 その神様は唯一神ではなく、ギリシャ・ローマ神話のように数多くいて、なおかつ…………個性豊か。

 このTさんもそんな「神様」の一人だった…。
 とにかくお酒が強い。
 我々が1年生だった年の夏合宿のこと。
 本島北部の奥というところにある大学の山荘で寝泊りして海三昧の日々を送るその合宿は、最終日の夜に打ち上げの宴がある。
 世も更けて座が各方面に展開し始めたそのとき、このTさんがやおら1年生に集合をかけた。

 そして、入部以来3ヶ月ほどでまだお互いよく知らないから…という「名目」で、1年生をズラリと揃え、一人ずつ乾杯していく。
 彼はその都度自分のグラスにナミナミと注ぎ、一人ずつ眼前に来る1年生と乾杯しながら、律儀に飲み干していく……。

 当時我々1年生はやたらと数多く、それらのほとんどを並ばせていちいち乾杯していくのである。僕なんて、その乾杯のローテーションで3回くらい順番が回ってきたくらいだから、いったいTさんはどんだけ飲んでたんだろう??

 それもロックですぜ。
 それもこれも、1年生と親睦を深めようという彼の心意気だったわけだが、傍から見ているかぎり、まったく酔っていないように見えた。
 3年生ってすごい…………。
 僕はこのとき教わった。
 クラブの先輩になるには、酒が飲めなきゃ始まらない、と。

 しかし僕は何を取り違えたのか、飲めなきゃ始まらないものの、飲むだけで終わってしまうという3年生になってしまったのだった……。

 そんなTさんに久しぶりに会い、なんだか懐かしくなったので今宵の宴にお誘いした。OB関係者で飲むんで、是非お越しください!!

 「おう、じゃあ行くよ!!」

 快く参戦を表明してくださった。
 でもなぁ、地元関係者との付き合いで忙しそうだしなぁ。本当に来てくれるかなぁ……。

 ちなみにカナエ嬢のだんな島PとTさんは同じ職場で、なおかつ石垣在のOB関係者はしょっちゅう会っているから、我々が超懐かしがっているのとは違い、カナエ嬢はいたって普通のトークなのだった。

 ところで、このTさんのところでいただいた石垣牛のローストの美味いこと!!

 後刻ホテルの部屋でお茶と一緒にいただいたんだけど、いやあ、ここはやっぱりビールでしょう!!というくらいに美味い。
 今回、石垣牛を食い尽くす!!というようなツアーはしなかったけど、その実力の片鱗は充分にうかがい知ることができた。
 というか、もっと食べたい………。

 カナエ嬢の車でホテルまで送ってもらった。
 この日は特にこういう予定を立てていたわけではなく、たまたま彼女の都合が空いていたからこうしてお世話になっているものの、彼女が居てくれなかったら、満足に歩くことすらできない我々はどうなっていたんだろうか??

 友人とはかくも有難いものなのである。
 今宵、そんな方々との宴が待っている♪

 実は、今回の石垣滞在記はここからが本番なのだ!!
 え?今までのマラソンって……………前フリだったの??

 これがホントのフリマラソン!!

 ……山田君、座布団全部持っていきなさい!!