18・石垣島の科学特捜隊

 島P夫人カナエ嬢は、二人の娘が大きくなって手が離れたこともあって、最近仕事を再開した(ちなみに彼女はその昔、タコ主任と同じ鳥羽水族館で飼育スタッフをしていた。新人スタッフだった頃、「水族館の新人スタッフ」的なドキュメント番組でタコ主任とともに「主人公」としてテレビに出たこともある。ちなみにタコ主任はその際、普段手にとったこともないような難しげな図鑑のページをめくる…という、超やらせシーンを演じていた)

 その職場に案内してくれるという。
 だんだん山奥になってきたと思ったら、突如姿を現した職場。

 その職場とはここだ!!

 なんだこの科学特捜隊基地のような場所は??
 水納島にも「連絡船待合所」という名の宇宙基地があるけれど、ここも何かの待合所なのか??

 そんなはずはなかった。
 その名も

 国立天文台 天文広域精測望遠鏡 石垣島観測局

 な……なんと国立天文台!!
 なんでこんな片田舎に?しかもこの巨大なアンテナのようなものはなんだ??世界中のBS、CS放送を受信しているのか??

 こういう施設って、普通は「立ち入り禁止!!」とにべもない看板が出ているものだけど、ここは違った。

 ご自由にご見学ください。

 え?そんなセキュリティの甘さでいいんですか?

 まぁ我々としては、ここで働いている連れがいるから心強い。
 さっそく建物の中に入れてもらった。
 するとそこには一人スタッフがいて、お仕事中だったにもかかわらず、なんとも丁寧にこの施設について説明してくれた。

 軽妙な関西弁で説明してくれたオチャメな小西さんによると、この施設は電波望遠鏡で、そもそもの目的は我々の銀河の実態を観測しようというものなのだそうだ。

 銀河系というのは、よく知られているようでその実まだ何も詳しいことはわかっていない。
 特に星々と地球との正確な距離というものは、これまでの観測機器の精度ではとてもじゃないけど実測できなかった。

 ところが、このVERA(VLBI Exploration of Radio Astrometry)プロジェクトなら、これまでの100倍の精度で銀河の星々たちを観測できるという。

 VLBI(Very Long Baseline Interferometry)、すなわち超長基線干渉法というのは、遠く離れた二つ以上の電波望遠鏡で同時に同じ天体を観測することによる、いわば宇宙規模の三角測量だ。
 これまでは大気の揺らぎのせいで理論どおりの精度を得られなかったものが、改良され、大気の揺らぎに影響されない観測ができるようになっている。

 この、遠く離れた二つ以上の電波望遠鏡ということがミソ。
 さっきまで僕は、なんでこんな辺鄙なところにこんな立派な観測所があるんだろう、これもハコモノ行政なのか?といぶかしんでいたのだけれど、そうではなかった。
 ここ石垣のほかに、すでに日本には岩手・水沢、鹿児島・入来、東京・小笠原の合計4箇所にこの施設があり、これらを同時に活用すると、なんと直径2300キロもの電波望遠鏡を利用しているのと同じことになるという。

 直径2300キロ!!

 なるべく遠く離れたところに、なおかつ他の余計な電波が入ってこないところ、それでいてそれなりに人が住んでいるところ…。
 石垣島ほど便利な場所はなかったのであった。

 これによって、従来に比べれば、シャア少佐の赤い3倍速ザクなど裸足で逃げ出す100倍の性能が得られるようになったそうで、その制度は、月面に置いてある1円玉すら「判別」できる能力なのだとか。
 まぁ、月に1円玉が置いてあることはないにしても、三角測量における大事な「角」でいうなら、なんとなんと、0.00001秒角を測れるというのだ。<秒角って何?という方はググってください。
 そのため、ほとんど直線にしか見えないような「三角」で星々の位置がつかめるわけである。

 またその観測は、他の場所の電波望遠鏡と同時に行う必要がある。
 そのため観測所内には、これでもかというほどに正確無比の最新鋭水素原子時計が、まるでルーブル美術館で特別展示されているハプスブルグ家の秘宝ででもあるかのように、厳重に保管・管理されている。


窓から原子が見える……

 国家標準時刻に用いられるという超高性能時計を使用することによって、遠隔地の複数の電波望遠鏡が一つになるわけだ。

 我々にとっては誤差以外のナニモノでもない「1秒角」の、その10万分の1の角度を測るシステムで、銀河系全体の星の位置をつぶさに把握していくことができるのである。

 これによって我々の銀河系の精密立体地図を作ろうという、壮大な研究計画こそが、このVERAプロジェクトなのだった。

 ……そんなの、蓮舫なんかが聞けば、

 「銀河の地図を作ってどうなるんですか?我々が旅行できるんですか??」

 と突っ込むかもしれない。
 施設の完成が政権交代前でよかった………。

 人によってはこれを税金の無駄遣いだというかもしれない。
 たしかに事業仕分けという手法は大いに賛同するところではあるけれど、なかには具体的な数値として業績を示せないものだってたくさんある。

 宇宙の観測も、それが明らかになったからといって、今を生きる誰かのシアワセに直接繋がるものではない。
 でも、かつての海の男たちに好奇心や探究心というものがなければ、ヴェネチアのような海洋貿易国家の殷賑も、スペインやポルトガルの隆盛も、大英帝国の栄光もこの地球上に生まれることはなかっただろう。砂漠の果てを旅する人々がいなければ、シルクロードはありえなかったのである。

 宇宙の謎に携わる世界の人々は、未来に乗り出す世界の船乗りたちなのだ。5年、10年先にこれといった成果が見られずとも、50年、100年先には貴重な財産になっているかもしれない。
 それを国家を挙げて応援するのに、なんの障害があるというのか。

 ここで四六時中集められているデータはすべて東京に送られる。
 面白いことに、これだけ世界的に高速大容量ネット環境が整っている時代にあっても、通信でデータを送ることができないのだという。
 得られるデータ量が、光ケーブルの容量を超えているのである。

 そのため、この施設のデータのためだけにSONYに作らせたという磁気テープ(一本あたり10万円!!)にすべてを収録し、ゆうパックで東京に送っているそうだ。

 結局のところ、磁気テープに勝る容量を誇る記憶媒体がこの世に存在しない、ということなんだけど、この世界最新鋭の機器を駆使した観測データがゆうパックで送られている、というあたりは、スタートレック時代に突入している世の中にすでに取り残されている我々が、唯一ホッとできる人肌の話なのだった。

 ひととおり…というか、いつにも増してスペシャルな解説をしてくださった小西さん。
 てっきり天文台の研究職員の方なのかと思いきや、彼もカナエ嬢と同じく地元雇用の施設管理スタッフなのだという。
 天文台の研究者たちに必要なのはデータであり、仕事はデータの解析であって、施設の維持管理といったハード面には彼らは携わらない。
 そうはいっても施設や計器の管理業務に人は必要だから、地元から人を雇っているというわけだ。

 そうこうするうちに電波望遠鏡による観測時間が終了したので、遊ばせていただくことにした。
 カナエ嬢がパソコンにポコポコと数字を入力してポンッとエンターキーを押すと、巨大な電波望遠鏡がグイイイイイイン……と動き出す!

 こんな巨大なもの、動き終わるまでに相当時間がかかる??
 …のかと思いきや、これが思いのほか速く動いて(少なくとも筋肉痛の我々より速い)、なおかつカッコイイ!!

 そんな電波望遠鏡本体内部に入ってもいいという。
 ちょうど観測が終わったところで、望遠鏡内部の機器をどうこうする作業があったそうで、それをカナエ嬢がついでにやりつつ、我々を案内してくれた。


さあ、出発!

 ここにはすでに何度も来てもちろん望遠鏡にも登ったことがある島Pは、登る際の階段がオソロシイという。
 というのも、工事現場によくあるような金網の階段だから、下が丸見えなのだ。高所恐怖症じゃなくとも思わず足がすくむくらいらしい。

 どちらかというと高所恐怖症の気があるうえに、下半身が史上最高の筋肉痛になっている僕としては、命に関わる重大事。
 しかし、さすがにこのフェンスから内側はいつでも「ご自由に」というわけにはいかないので、こういう滅多にない機会を逃す手はない。

 というわけで、強風吹きすさぶ中、ヘルメットをかぶり、途中で備え付けのデッキシューズに履き替え、たしかにスリル満点の外付けのスケスケ階段を登って中に潜入!!

 おお……

 ここはパラボラの中央、つまり電波を受信する肝心要の部分だ。
 コイツが銀河の星々から発せられる微弱な電波をガッチリキャッチしているのである。

 いやあ、まったく予想もしていなかった施設で、想像外のアトラクション。
 いいなぁ、こういう施設が島内にあって。
 水納島にも、待合所はいらないから天文台造ってくれないかなぁ…。

 来訪者名簿を見ると、月に10名くらいは訪れる人がいるようだけれど、天下の観光地石垣島で月に10名ってのは、まったく知られていないというに等しい。

 もっとも、この施設ができた当時は地元の方々も「天文台ができた!」とばかりに押し寄せたという。しかし電波望遠鏡というのは実像を得るものではない。そのため石垣の人々は、ちゃんと見える天文台も欲しい!!とダダをこねた。

 その駄々が通ったのだった。
 その後別の場所に、立派な「天文台」が造られたのである。

 あのぉ……それこそ蓮舫につっこまれそうなんですけど。