2・カカト痛い記

 僕までマラソン参加を表明してしまったのは10月中旬のことだった。
 大会は1月24日。
 オフになる11月からまだ2ヶ月半以上も先の話だ。

 余裕だ!!

 …と思っていたのだ、最初は。
 そのため、よしゃあいいのに早々と当サイト日記コーナーなどで参戦表明をしてしまった。
 この当時は自信満々だったのである。

 一方、練習期間には余裕を感じていたものの、ひとつ重要な問題があった。
 増えすぎた体重を落とさねばならない。

 2年前の海洋博トリムマラソンの20キロコース(実際は19.2キロ)に出た際、めでたく完走したものの、後半は膝や足首がやたらと痛かった。
 当時に比べどういうわけか(そういうわけだけど)増加している体重に加えてフルマラソンともなれば、事態は痛いで済まなくなるに違いない。

 まずは体重を減らさねばならない。
 最初の2週間で
10キロくらい軽く走れる体にしよう!

 が。
 ………走れないッ!?
 毎年オフになるたびに走っている僕のジョギングコースを、オフ突入早々に軽く走ってみたところ、たった
2.5キロでつらくなってしまった。
 
2.5キロってあなた、42.195キロのたった17分の1ですぜ……。

 ひとあし早く練習を始めていたうちの奥さんも、最初の一回目で同じようなことを言っていたけど、それにしてもこのしんどさは……。

 35歳を越えると現状維持すら容易ではなくなる体の力。
 
40を越えている今、シーズン中の怠惰な生活が、体力を一気に減少方向に押し下げてしまっていたのだ。

 とはいえ一般に知られているとおり、ダッシュや瞬発力を必要とする無酸素運動に比べ、有酸素運動は齢をとってからでもできる運動である。ジョギングなどはその最たるものだ。
 最初こそ愕然としたものの、毎日走っていると、最も肝要な心肺能力の機能はグーンとアップしていく実感があった。
 そして
10キロくらいなら苦もなく走れるようになった頃には体重も順調に下降線をたどり始め、2ヶ月間でピーク時の7キロ減にまで到達した。
 体が軽くなればさらに走れる!!

 しかし!!

 金属疲労している肉体の各パーツは、トレーニングをするにつれてアップしていく心肺機能と反比例して老朽化していく。
 己の能力を超えた練習をすると、必ずどこかに支障が出てくるのだ。

 もともと僕には、毎オフジョギングをすると必ずカカトが痛くなるというクセがあった。なんだか知らないけど、走りはじめだけカカトあたりが痛くなるのだ。
 そのくせそのまま走り続けていると、不思議なことに走っている間にやがて痛みは消えていく。

 不思議的ではあったものの、やがてシーズンになるとなんともなくなるくらいだから、大したことはないだろうと高をくくっていた。デコボコ道を走っているから、何かの拍子にカカトを痛打しているのだろう、くらいに。

 ところが今オフの日々の練習では、その痛みが徐々に尋常ではなくなっていった。一時は走っていられないくらいに。
 それでもそのまま走り続けると、やはり痛くなくなる。
 ただこれまでのオフと違い、走っていないときもふとした拍子にカカトが痛くなるようになってしまった。
 朝起きて最初に歩くとき、長く座っていたあとに歩き始めたとき、そしてもちろん走り始めのとき。

 痛さ的にはとても痛いときでも激痛というほどではなく、どちらかというと疼痛だった。
 だからあまり深く考えずにその痛みと付き合ってきたものの、昨年末に一度うちの奥さんと本島合宿をして本部路を
20キロ走ってみたとき、重大なことに気がついた。

 その微妙な痛さを無意識にかばうため、変な走り方になってしまうのである。
 短時間なら気づかないくらいだけど、長時間走ると筋肉の疲労度の差が歴然としてくる。

 うーむ、これは問題だ。
 …とは思いつつも、大会の期日は迫っているので練習を休むわけにもいかず、やや頻度を落としながらも走り続けていた。

 そして大会一週間前のこと。
 毎年恒例の新年会の宴席に居合わせたなちゅらる院長に相談したところ、それは腱に原因があるらしいことがわかった。

 腱??

 てっきりカカトの骨自体に問題があるのかと思いきや、そこに繋がる腱、そして足全体の筋肉に問題があったとは。
 たしかに、その宴席にてなちゅらる院長に揉んでもらった直後は、ここひと月間では味わったことがないくらいに足腰が軽くなったのだ。

 その後ネットで自分の症状に該当するものをいろいろ探してみると、どうやらこのカカト痛の直接的な原因は、足底腱膜炎であるらしいことがわかってきた。

 なんだ足底腱膜って。

 足の裏の土踏まずのところをビンと伸ばすと出てくるスジのことだ。
 これがヘタリまくっているらしい。
 様々なサイトの説明いわく、

 朝起きてすぐの歩行時にカカトが痛い。
 走り始めに痛みがあり、走り続けると痛くなくなる。
 40代以降の人に多い。
 急に運動し始めた人に多い。

 ……まるっきりビンゴ。
 ようするに
40代以降の人間の足底腱膜ってのは、何年も使い続けているフィンのストラップのようなものらしい。
 あちこちに劣化によるひび割れができていて、無理に引っ張ると

 プチッ

 っと切れてしまうわけだ。
 寝ている間にその切れた箇所が勝手に補修されはするものの、一晩での補修では不完全なままなので、起きて歩き始めたり走ったりすると補修されかかっていたところがまたプチプチ切れて痛みが出る、という仕組みらしい。

 面白いことに、すべて切れきってしまえば痛みはなくなるといい、たとえ切れきってしまっても生活に支障はまったくないらしい。
 なんだそれ。
 最初から無くてもいいんじゃん。
 無くてもいいのに痛みだけもたらすだなんて、

 おまえは盲腸かッ!!

 …と足底腱膜にツッコミを入れてもしょうがない。

 風邪のひき始めは潜れば治る、的ノリで、このカカト痛も走れば治ると信じてきたのに、それはまったく180度どころか540度くらい反対の逆効果なのだった。

 そんなわけで、大会一週間前から練習をストップ。筋トレとウォーキングだけにしたんだけど………
 ものの本によると、自然治癒では全治3ヶ月って。
 ………すみません、間に合わないんですけど。

 それやこれやのことがうちの奥さんのマラソン蔵書に載っているという。
 なんで教えてくれなかったんだ!!

 「だからこの本読めってずっと前から言ってたでしょう!」

 ……たしかに。
 前述のとおり彼女は昨オフからすでにフルマラソン完走に向けて着々と準備を進めていて、マラソンに関しては僕に比べて一日どころか
365日の長がある。
 その「長」の部分のおすそ分けをくれたっていいくらいなのに、なにしろ彼女は2年前の海洋博トリムマラソンの
20キロコースで僕に負けたのがよほど悔しかったらしく、今回こそは…と気合が入りまくっているのだ。敵に塩は与えてくれない。

 サザエを獲るときにこそ発揮してもらいたいその気合で、夕方になると、まるで砂漠で地面の熱さを凌ぐために変なポーズをするトカゲのような運動をずっと続けていた。
 それを見て、僕は常々「へ〜んなの!」とからかっていたのだけれど……
 ……いかにそれらの運動が理にかなっているものであったかということを直前になって知ったのだった。

 人間の体って、絶妙なバランスのうえに出来上がってるんですなぁ…。

 ああしかし、時すでに遅し。
 そんなこんなで、いよいよ大会も間近という段になって、僕はとてつもない後悔に見舞われていた。

 ……マラソンに出るなんて言うんじゃなかった。
 今はもう、無事に生きて還ってくる自信もない。
 すみませんみなさん、「がんばって」なんて言わないで………。