17・コルソ・ウンベルト

 感動のロケ地めぐりを終え、ホテルに戻ると時刻は午後1時半過ぎ。
 お昼を食べてはいないものの、不思議と腹は減っていない。
 人間、寝ないと消化が進まないらしく、このあと数日、食欲が全開になることはなかった。

 いずれにしても、今食べたら夕食時にお腹が減らないのは目に見えている。
 かといってこちらの国の人々のように夕食時間を遅くすると、そういうことに慣れていない父ちゃんは時間を持て余すに違いない。

 となると、日本における普通の時間に食事をするには、昼を抜くか軽く済ませるしかない。
 幸いホテルの朝食はかなり立派な内容だったので、朝たっぷり食べたら昼は抜くくらいでちょうどいいだろう……。

 という話を、今朝から何度も父ちゃんにはしていたんだけど、

 「このあと昼ご飯食べに行くの?」

 いや、だからお昼は抜く予定なんですってば……。

 といいつつ、これも仕方がないことなのだ。
 なにしろ事前にかなり詳細な旅程を送っておいたにもかかわらず、今現在自分が何という町にいるのか、ということもいまひとつよくわかっていないくらいなので、朝伝えた日程を今の時点で父ちゃんが把握してくれているはずはなかった。

 で、歩くのはもう充分だけどなにやら口さびしいというので、軽くパンでも買うべく街に出ることにした。

 タオルミーナの街のメインストリート、コルソ・ウンベルトまでは、直線距離だとホテルから350mくらい。
 ただ、道が曲がりくねっているのと、ホテルからはずっとゆるい昇り坂になっている関係で、朝からずっと見学を続けていた父ちゃんには、その350mが辛い。

 おかしい、出発前にはあれほど自信たっぷりに体力は大丈夫って言っていたのに……。

 聞くと…

 「グランド仕事はやってるけど、ほとんど歩かないからよぉ」

 だからさんざん、歩き回るから体慣らしておいてねってあれほど旅行の随分前からうちの奥さんは言っていたのに……

 でもまぁ、今さらそれを言ってもしょうがない。
 パンと飲み物を求めて初めての町に繰り出した。

 おお、これが……これがコルソ・ウンベルト!!

 …という感慨にもっと浸りたかったのに、エネルギーが切れる前にパンだ飲み物だ、という背後からのプレッシャーのために店を探しながらテクテク。

 メインストリートを歩いた。
 スーパーとはいわずとも、雑貨屋的な商店があるかなと思いきや、なかなかない。
 なかなかないので、こうなりゃカターニア門の外にあるという、SMAという名のスーパーで買い物すりゃいいか。<事前に調べて知っていた。

 と思ったら…………………

 「まだ先?あとどれくらい?」

 電池が切れそうな父ちゃんを見るに見かねたうちの奥さんが言う。

 でも、どのくらいと言われても、私もここに来たの初めてなんですけど。

 しょうがないのでスーパーはあきらめ、適当にバールかカフェに入って購入することにした。

 ミネラルウォーターとパンか何かということだったから、すぐ近くにあったお店に適当に入ろうとすると、また背後で二人が何か言っている。
 しかし脳内白地図状態の二人が結論など出せようはずはないのだから、無視して入って……

 初めてのお買い物〜〜♪

 いやあ、緊張した。
 でも、いまいちシステムをわかっていなくて拙いイタリア語を使う客に、精一杯親切に応えてくれたおねーちゃんたちに感謝。
 ここで、コルネット(クロワッサン)ひとつとミネラルウォーター3本を購入。

 あとでわかったことだけど、ここはCHEMI(ケミ)という名の、タオルミーナ最古のパスティッチェリア(お菓子屋さん)だった。
 カンノーロとアーモンドのグラニータが美味しいらしい。
 そんな素敵な店で、クロワッサンと水だけってどうなのよ………。

 ともかく無事買い物を終え、ミッション終了。

 ……と思いきや。

 「ワインは買わなかったの?」

 へ?

 「パンはひとつなの?」

 は?

 だってそういう話だったじゃないですか。

 「部屋で酒飲みてぇからよぉ…」

 ともかく次のミッションはワイン。
 ホテルに戻る道すがら、しょうがないのでその辺のバールに寄り、

 二度目のお買い物〜〜♪

 赤ワインのボトルを一本!

 というと、バルビエーレは紙コップを4つほど添えて渡してくれようとした。
 紙コップは要らない…と言いかけつつ、思い直して受け取ると、

 「ラッパ飲みするのかと思った」

 とジョーク混じりにゼスチャーで言われた。
 そんなやり取りが楽しい。
 まぁとにかく2度目のミッション終了。
 ボトル1本8ユーロなり。

 けっこう安いなぁと思ったものの、同程度の安いワインは、後刻立ち寄ったスーパーでは2〜3ユーロ台で売られていたのだった……。

 酒とパンを手にし、満足した父ちゃんを部屋まで連れ戻り、我々は再び散歩に出た。
 ついに……

 LIBERTA!

 僕たちはこの午後、ただただゆっくりアテもなくのんびり町を散歩したかった。
 それが旅行中の我々の楽しみの一つなのだ。
 が、
 「アテもなくのんびり散歩する」
 という言葉は父ちゃんの辞書には載っていない。
 だから、父ちゃん昼寝時間帯にしかチャンスがないのだ。

 とはいえ、本来だったら1日1度ですむはずだったホテルから中心街への道のりを立て続けに何度も歩いたため、さすがに我々もしんどかったので、コルソ・ウンベルトまでの途中にあるバールに入ってみた。

 初めてのBAR内での飲食〜〜♪

 BAMBARという名の、わりとよく知られている店。
 夏場は様々な果物を駆使したグラニータが有名らしく、遅くまで営業しているそうだ。
 でも観光客が少ないこの時期は営業時間は短く、売り物のグラニータの種類も少ない。

 とはいえこの季節のタオルミーナなんて、店が開いているだけでもどうやら奇跡的のようだし、グラニータを作っているなんて望外のヨロコビといっていいのかもしれない。

 カウンターにてマンマにグラニータを食べたい旨伝えると、グラニータは3種類あると教えてくれた。
 イチゴと、何かと(忘れた)、もうひとつが聞き取れない。
 何?何?と訪ねると、

 アーモンド!!

 おお、アーモンドのグラニータ!!

 アーモンドといえば、日本に住む我々は炒ったものしか味わう機会がない。
 ところがこっちでは、さきほどヒロセさんからいただいたお菓子もそうだったように、ナマで調理するのが基本だそうだ。

 このグラニータも生アーモンドを処理するので、その風味は、炒ったアーモンドの味しか知らない我々には想像外の味だった。
 オイピー♪

 うちの奥さんもご満悦。


ちなみにこれでピッコロサイズ。
普通サイズはどれほど巨大なんだろう??

 ところで。
 イタリア語でアーモンドを何というかということを、注文したときに、マンマはカウンターで最初に教えてくれた。
 ところがなにしろ舞い上がっているからすぐ忘れてしまう。
 忘れてしまったので、テーブルにグラニータを持ってきてくれたおねーちゃんに再び訪ねた。

 丁寧に教えてくれたのでそこで覚えたはずだったのに、この店のマンマの娘なのか従業員なのか、とにかくオネーチャンがとてもきれいで、見とれたまま話をしているものだから頭に入ってなかった。

 恥を忍んで、まるでパーラーティーダのジュンコさんのような、カウンターにいるマンマに再び尋ねた。
 するとマンマは、

 「エンメ、ア、エンネ、ディ、オ、エッレ(巻き舌)、エッレ(巻き舌)、ア……………MANDORRA!!」

 マンドゥッラ!!<これにふと疑念を感じた方は、この5日後くらいにオチがあるのでしばらくお待ちください。

 Adesso ho capito!!

 このお店、地元の方が頻繁に出入りしては、カウンターでエスプレッソを飲んでは楽しげに話しこみ、やがて去っていく。
 グズグズしていると支払うタイミングがなさそうだったので、カウンターにてお支払いをした。
 バールではテーブルに座ると高くつくと聞いてたけれど、ピッコロサイズ2つだからか全然高くなかった。

 いい休憩になった♪

 記念にお店の外でパシャ。

 近くに住むアーティストさんが描いたという、明るく楽しい絵に彩られたかわいいお店。カウンターにはジュンコさんときれいなオネーチャンがいるので、タオルミーナにお立ち寄りの際は是非。

 休憩して人心地ついたので、まずはコルソ・ウンベルトを端から端までテケテケ歩いてみよう作戦を実施。

 すでにパスティッチェリアやバールで買い物をし、バールでグラニータも頼めてしまった僕は、少しずつ、だが着実に、階段を一つ一つ昇っていた。
 アリタリアちゃんに乗って、初めて
CAGrazieと言ったときに恥ずかしさや緊張を感じていた僕とは一味違うのだ。

 なので、知らない土地を歩くことに、すでにこの時点でプレッシャーは無くなっていた。

 まずはコルソ・ウンベルトのメッシーナ側の端、メッシーナ門。

 知らずに見ると、無理に遺しておかなくても……って思うくらいの門だけど、それをわざわざ残すところが、この国の文化であり美しさのヒケツなのである。

 紀元前からこの場所に町があったタオルミーナは、中世になっても海沿いではなくてこの山の町に幹線道路が通っていて、メッシーナから来る人が通る側の門をメッシーナ門、カターニアから来る人が通る側の門をカターニア門という。
 中途半端なサイズながら、古より旅人をずっと見守り続けてきた門なのだ。

 この門だけではなく、コルソ・ウンベルト沿いに連なる家々の多くは、築4〜500年なのだとか。
 古いものを残しながら改修していく文化の町は、古い建物が醸しだす重厚な雰囲気とともに、華やかなお店の数々が軽快な彩りを添えている。

 その存在も規模も那覇の国際通りを縮小した程度のものなのに、やたらとコンビニばかり増えていく国際通りとは比べ物にならないエレガントな通りだ。

 例えていうなら、飛騨高山のような感じ。
 あそこも、昔ながらの古い建物が今なお現役の商店になっていた。
 ただ古くなるだけならそれは古臭いだけだけど、「古き良き」を残そうとする途方もない努力が、町の「品格」となって現れてくるのだろう。

 戦後日本の進み方は今のところアメリカになってしまっているけど、進む道さえ誤らなければ、日本はもっと素敵な国になるに違いない。

 …という感慨を抱いていると、

 このようなTシャツを売る店が。
 さすが本場シチリア、イタリア。ゴッド・ファーザーもTシャツになっていた。
 やっぱ観光地だもの、ノリは国際通りなのね……。

 テケテケ歩くと、やがて広場に出た。
 有名な4月9日広場。
 なんで4月9日なのかと気になった方は、即座にウィキペディアへGO。
 とにかくここは……

 ベルベデーレ♪
 イオニア海を一望できる。
 ちょっと後ろから撮ってみるとこうなる。

 背後はこんな景色。

 広場や教会はともかく、この場からの眺めを、紀元前の昔からいったいどれほど多くの人々が眺めてきたのだろう………。

 ところで今イタリアでは、眺めの良い場所に「あるもの」を記念に留めておくと、二人の恋は未来永劫約束される……という話が流行しているらしい。
 そのあるものとは……

 カギ♪
 場所によっては、ほんとにカギが鈴なりになってるところもあった。
 溜まりすぎると、当局によって撤去されるらしい……
 ……って、二人の大事な未来の約束を、こんな安っぽい南京錠に頼っていいんですか??

 さらにテクテク歩いていると、大聖堂(ドォーモ)広場に出た。
 さて、ここでモンダイです。
 この場所、何かの映画で観たことないですか??

 そうです!
 映画「グランブルー」で、ホームシックになって海を恋しがっているイルカを海で遊ばせてやろうと、主人公たちが夜間にイルカを海まで搬送する際、干からびかけたイルカに水をかけてあげる場所。<夜のシーンだったからイメージは違って見える。

 たしかこのお馬さんの水だったと記憶していたので、うちの奥さんをモデルにして写真を撮っていたら、上の写真右すみに座っている、近郊から買い物に来ましたっぽいオネーチャンたちが

 「撮ってあげます♪」

 といって撮ってくれたのがこの写真。


撮影:行きずりのおねーちゃん

 頼んでもいないのに、怪しげな東洋人に自ら進んで声を掛けてくれるなんて………
 なんて優しい土地なんだろう。

 このメインストリート、コルソ・ウンベルトには、商店が並んでいるだけではなくて、魅惑の小道、沖縄風にいうならスージィーグヮーが幾本もある。
 海側の小道は下り、山側は登りの階段になっているそれぞれの小道が、これまた父ちゃんが見たら「気取ってる」と言うに違いないほどのオシャレな作り。
 これが日本の住宅地内だったら正気を疑うところながら、ここではこれが本当に「普通」なのだ。

 そんな小道の中には、こういうものもあった。

 これ、メインストリートに面している小道。
 いえ、建物と建物の隙間じゃなくて、れっきとした「通り」なんです。

 通りはすぐ階段になっていて、この先にはリストランテがある。
 その名も「
vicolo stretto(狭い筋道)」。

 ピザハウスで食べ放題のピザを食べまくってるアメリカンのご婦人は、絶対に通れないに違いない………。

 ほどなく、反対側のカターニア門に到着。

 端から端まで、たかだか600mほどのメインストリートだった。

 この門を出て右手にある坂を少し行くとスーパーがある。
 道沿いには……

 アランチャ!!

 オレンジの並木道だった。
 日中ヒロセさんにうかがったところによると、このオレンジは観賞用の木だそうで、食べても美味しくないのだとか。
 そのかわり実のオレンジは一層鮮やかで、しかもたわわに実っている期間が長いそうだ。

 ホント、今こうして写真を見ても作りものとしか思えない。

 その並木道の先に、目指すスーパーがあった。
 旅先でスーパーに入ることが旅行目的のひとつになっているうちの奥さんは、目をキラキラさせて店内をグルグル回る。

 僕もまた、綺羅星のごとく並ぶワインのあまりの安さに、頭をクラクラさせつつクルクル回っていた。

 ワインのほかにも、チーズや生ハムがズラリ!パスタも、ホントにこれほど種類が必要なのかというくらいたくさん。

 うーん、イターリア♪

 ここでワインを一本、メッシーナビール(大)を2本、ミネラルウォーター、そして重要な目的、歯磨き粉をひとつ購入(歯ブラシは持ってきていたけど、歯磨き粉を忘れていた……)。

 ここで、初めてのスーパーのレジ♪

 あのベルトコンベアシステムは面白い。
 レジスタッフが、日本のスーパーのようなマニュアルトークじゃないところもかえって気持ちがいい。
 …というか、やる気なさげな雰囲気が素晴らしい(その後どこのどんな店でもレジスタッフはたいていそうだった)。

 ミッションを済ませ、再び散歩がてらテクテク。
 だがしかし、僕にはさらなる使命があった。
 今宵の食事だ。
 イタリアといえば食事、といっていいくらいに、旅行中の最重要強化ポイントである。

 はたして我々は、無事に飲食することができるのか?