18・ソラリスの陽のもとに

 イタリア旅行、それもシチリアともなれば、その旅行目的のベクトルはかなりの勢いで「食事」に傾くのが普通だ。
 日本が最近になってようやく昔を思い出し始めた「地産地消」やスローフードといったものを、有史以来延々と続けてきたこの地で食事を楽しまない手はない。

 もちろん僕も、旅行準備期間にあらゆる手を尽くして(?)いろいろと調べていた。

 が。
 季節はまだ冬時間。
 夏の観光地タオルミーナは、冬の間はほとんど水納島と変わらない。
 そう、休業中の店ばかりなのだ。

 那覇の国際通り沿いの店がたいていそうであるように、他所に比べると値は高くつくわりには、特筆するほど美味しい店は少ないと言われているタオルミーナ。
 黙っていても客は来るから、あえて地道な努力で美味しくする必要もなく、地元の人用の価格にする必要もないからそうなるのだろう。
 夏場でさえそうなのに、冬はその選択肢がさらに狭まってしまう。

 そんな限られた選択肢のなかでいろいろ調べていた僕だったのだが、やはり地元の方の意見に従うほうがいいに決まっている。

 というわけで、日中ヒロセさんにオススメの店を聞いておいた。
 この時期に開いているところだったら、グランドゥーカがいいですよ、という話。

 やや高めっぽいのと、ちょっとオシャレな店っぽいから、いかにも貧乏くさい格好しか持っていない我々としては入りづらいかなと思ってリストからはずしていたんだけど、地元の方が勧めてくださるのだから、ここは素直にしたがおう。
 なので、帰り道に場所を確認。
 おお、ここかここか。

 ついでに、事前に調べてあったもう一軒の候補の場所も確認。
 これがまた、再びメッシーナ門から外に出てグルッと海側に5分ほど歩いたところ。
 この日いったい、コルソ・ウンベルトを何回行き来してるんだろう??

 でもその道から、初めてイタリア本土を拝むことができた。

 西日を浴びて、輝くイタリア本土。
 長靴の形をしたイタリア本土の、ちょうど爪先あたりになるはず。
 日中、ヒロセさんが、

 「このお天気だったら、夕方頃にはイタリア本土が見えると思いますよ」

 と言っていたとおり。
 さすがプロ!!
 翌日そう言うと、

 「お天気をあてたことを褒められても………」

 と笑っておられた。そりゃそうだ、ツアー自体を賞賛しなきゃね。

 こんな西日の時間は、飲食店は夕食前のクローズ時間になる。
 そのため直接店で予約することができない。
 ひょっとして電話だったら通じるかな?

 ふと思いつき、滅多なことでは使うまいと決めていた携帯電話(携帯電話物語はこちら)を、首からぶら下げてある貴重品袋から取り出し、スイッチオン。

 あれ?
 アンテナが立たないんですけど。
 あれ??

 ひょっとして、イタリアでは使えないものを買っちゃったとか??

 自分ならありえそうだからコワイ……。

 とにかくこのときは、そういう事情でせっかく買った電話は使えず。まぁ、食事はこの季節だし、満席で入れないなんてことはないだろう。
 電話は、一応取説を持ってきているから、部屋でじっくり検討することにしよう……。

 メインストリートの脇から小道に入り、最短ルートで帰ろう……と思ったら、どういうわけかヴィア・ローマに出てしまってサン・ドメニコ・パレス・ホテルを大きく迂回するルートになってしまった。

 ようするに遠回り。
 急がば回れというけれど、別に急いでないので完璧に無駄な遠回りになってしまった……。


途中のベルベデーレ。

 でもまぁ、本来は滞在中に通る予定ではなかった道を歩けたってことで、けっして無駄ではなかった……?

 ホテルに戻る途中、水やワインなどを買える地元の方御用達っぽい売店が、ホテルのすぐそばにあったことが判明。
 あの歩きはなんだったのだ……。

 部屋に戻ると、風呂に入ってワインを飲んで、すでに父ちゃん大くつろぎ状態。

 まさか、夕食のために出かけるのが億劫になってしまってないか??

 そうなる前に、7時過ぎに部屋を出て夕食を食べに行くという予定を告げた。

 我々もひとッ風呂浴びたらいい時間になったので、シチリアでの初の本格的食事を目指し、いざ出発。

 夜のコルソ・ウンベルトは、暖色系照明がいい雰囲気を醸し出していた。
 日中歩いた4月9日広場もこのとおり。

 テレビなどでこういった国々の街を目にするたびに、日本の都会と違って巨大な看板やネオンサインがほとんどないことに羨望のマナザシを送っていたものだった。
 でも現地に実際に行ってみると、意外にネオンサインだらけだったり………

 ……しなかった。
 聞くところによると、この観光地に限らず、店先に出す看板自体が有料なのだそうで、地元の方向けのお店はわざわざ高いお金を払って大きな看板を出す必要がないから、あえて出さないらしい。
 ネオン広告は原則的に禁止されているともいう。

 そりゃ町がエレガントになるはずだわ。

 町のエレガントさのために大事なのは「調和」。
 で、町自体が何を最も大切にしたいのかという共通の認識があれば、石造りの町じゃなくともエレガントになる。
 それは飛騨高山もそうだったし、一昨年訪れた会津の大内宿でもそうだった。
 景観美というのは、独善では生まれ得ないのだ。

 この広場でしばし夜景を眺めた後、いよいよ今宵のリストランテ、グランドゥーカへ!!

 さあ、ドアを開けて……

 あれ?
 開かないぞ???

 オープン時刻はとっくに過ぎているのになぜ???

 と、ふとドアの傍の貼紙に目をやると……

 「2月28日〜3月2日まで閉めてます」

 う゛ぇーッ!?

 やってしまった!!
 なんというピンポイント!!
 この季節でも開けている店の中でヒロセさんオススメの店は、我々がタオルミーナに滞在している間だけ臨時休業!!

 日中はよもやの奇跡の晴天に神々の存在を確信したというのに、まさかのピンポイント休業。サタンの存在を確信した我々なのだった。
 …というか、なんでさっき下見に来た際に気づかなかったんだろう??

 路頭に迷う我々。
 たしかにそこらの店は開いているとはいうものの、積極的に呼び込みをしている店ほどアヤシイものはない。
 なので、ここはとにかく下調べをしてある店を目指すことにした。

 また来た道を戻ることになる。

 後ろで父ちゃんが

 「そのへんの店でいいんじゃない?」

 などと呑気なことを言っている。
 どの店で食べるか、なんてことを調べるために膨大な時間をかけているだなんて、まったく理解不能であることは間違いない。

 とはいえ、ここから第2候補のお店まで行くと、また父ちゃんが途中でエネルギー切れを起こすかもしれない。
 なので、ここから近く、かつホテルまでも近い第3候補の店に行くことにした。
 まだ下見はしていないものの、だいたい頭に入っているから大丈夫(タオルミーナはホントに小さい町なのだ)。

 で。
 やってきました、ソラリス!!


写真は翌日撮影

 ローマ時代の遺跡、オデオン(小劇場)跡に面している小道の先にある(矢印の先)。
 ここはリストランテでもトラットリアでもなく、いわゆるカフェ。
 だからエレガントな食事ができるわけではないかわりに、シャッチョコばらずに落ち着いて飲食できる………はず。

 とにかくブルスケッタが美味いというので頼み、ついでにビールも頼んで乾杯!!

 いやあ、やっと落ち着ける。
 もっともらしくメニューを見る二人。
 そして父ちゃんいわく

 「見てもさっぱりわからねえや……」

 当たり前だ。
 ここが何という町かもいまいち把握していない人が、イタリア語と英語のメニューを見てわかるわけがない。

 でもワタクシ、自分で言うのもなんですけど、こういう場所で「わかる」ためにいろいろお勉強をしてきたのです。

 それにもともとカフェなので、リストランテのようにアンティパストだ、プリモだなどと気にする必要はないから、まるで居酒屋にいるかのごとく注文。
 それも、父ちゃんが食べられるような品々厳選で。<すなわちそれは、うちの奥さんが好きなものでもある。

 この一皿一皿を3人で分けながら食べたいと伝えると、当然のように小皿を持ってきてくれた。

 このあたりから、父ちゃんが僕を見る目が変わってきたのはいうまでもない。
 なにしろ初めて来た異国の地で、普通に店の人と話して希望を伝えているのだから!!

 ……な〜んて言いつつ、ホントのところはお店の方の「理解しよう」「伝えよう」とする努力のおかげだったりするんですけどね。

 最後にパスタをシメに頼むことにした。
 たらふく食っているので、一人一皿なんて到底無理。
 だけど、一皿の量がわからないから、
grandeなのかpiccoroなのか聞いてみた。
 すると、大きいと教えてくれたので、じゃあ一皿を3人で分けますってことにして待っていると……

 やたらとどでかい特盛りパスタ登場!!

 え??ひょっとして??

 大きいんだったら普通の一皿を3人で分けるって希望が、大きい一皿をお願いします…って伝わっちゃったの??

 うーむ……イタリア語ってムツカシイ。

 ともかくまぁ、その後ハウスワインなどを頼みつつ(500ミリリットルを2回頼んでしまった……)するうちに、父ちゃんは、異国の外食でも思いのほかリラックスして過ごせたことにいたくご満悦。


ただついてきて、ただ座っていて、ただ食べて飲んで…
……ゴキゲンな二人。

 …で、どんどん調子が出てきてしまった。
 タバコ吸いに行っていいかなぁ、というので、店の方(どうやらご夫婦でやっているらしい)に断りを入れると、どうぞどうぞというお言葉。
 大丈夫みたいですよ、と伝えると、気を良くした父ちゃんはタバコタイムのため外に出て行った。

 その間にお会計を済ませているとき。
 にわかにタバコタイムから戻ってきた父ちゃんは、

 「なんか店の人が前の遺跡を案内してくれるって言うからよぉ、一緒に写真撮ってくれよぉ!」

 へ?
 何かがおかしい。
 いくら遺跡に近いからと言って、初めて来店した客にそこまでするか??
 だいたい、会話できているはずがないのに。

 思いのほか安かった会計を済ませて外に出てみると、たしかに店のご主人がいた。
 でも彼は…

 「こっちに行ったらcentroだ(街中だ)」

 と言っている。

 …って父ちゃん!!
 彼は遺跡を案内してくれようとしてるんじゃなくて、帰るにも道がわからず困っていると思って、街の方向を示してくれているだけだってば!!

 まったくもう……。
 店のご主人も、いきなり東洋人の酔っ払いに絡まれて迷惑していたに違いない(たしかに迷惑そうだった)。

 そうとも知らずに、一緒に写真を撮ろうだの案内してもらうだの、それを酔っ払った勢いの愛想笑いだけで伝えようとしまくっていたらしい父ちゃん。

 我々は確信した。
 あまりリラックスさせすぎてはいけない………。

 そんな傍の気苦労など知るはずもなく、ゴキゲンの父ちゃんは道はわからないのに率先して先頭を歩きつつ、暖色照明が味わい深い街を抜け、悠々とホテルへと戻るのだった。


         
夜のオデオン


何気ない土産物屋も、夜になるとエレガントさが増す。

 部屋に戻ると、

「今晩は寝られそうだ!!」

 と言い残しつつ、ワイン片手に寝室へ。
 その言葉どおり、ちゃんと寝てくれますように………。

 こうして、長い長い1日が終わった。
 明日もお天気は良さそうだし、我々も何も案ずることなく眠りにつくことにしよう!!

 あ、ちなみに。
 翌日ヒロセさんにうかがったところによると、ソラリスのパスタは元々どでかいらしい。
 間違って伝わったんじゃなくて、どうやらあれが普通盛りだったのだ。

 ……って、でかすぎっしょ。