19・チーズの皮

 この長きに渡る2日間で1時間しか寝ていないのだから、さぞかし爆睡できる……

 ……かと思ったら、意外や意外、夜中の1時過ぎにパチッと目が開いたあと、全然寝られなくなってしまった。
 結局タオルミーナ滞在中、3日連続で夜中の1時過ぎにパチッと目が開いた。
 なんでだろう??

 イタリアの夜1時といえば、日本の朝9時。
 朝9時といえば、当サイト日記コーナーの更新をしている時刻である。

 ま……まさかそんなことのために体内時計が反応しているのか???

 ホントにそうだったら…………ちょっとショック。
 規則正しい生活というのも考えもの……かもしれない。

 寝られないので本を読んだりして過ごしているうちに、いつしか夜明けが近づいていた。
 そのかわり、寝られないおかげで……

 神々からのプレゼントをいただいた!

 ちょうど日の出の時刻くらいに、屋上のテラスに行ってみたのだ。
 昨日のあの天気である。今朝もそのままだとしたら………

 わぉ!!
 イオニア海の日の出!!!

 Che bella………。

 ひととおり眺め渡した後、うちの奥さんを呼びに戻って、再びテラスに来ると………

 雪を戴くエトナ山の全貌が!!!
 なんと美しい山だろう。
 その姿といい、予想よりも高い位置にある頂上といい、その存在感は、富士山に勝るとも劣らない。
 この地の信仰の対象になっていた歴史があることもよくわかる。

 日の出前の、街灯が点灯している時間帯も素敵な眺めだったけど、やはり太陽の力は偉大だ。

 水平線、そして日の出、さらにエトナ山………。

 これだけでもこの地に来た価値がある。
 木戸銭を払う価値がある。

 イオニア海が、朝陽を受けてキラキラと輝いていた。

 タオルミーナにいる我々は、こうして神々の恩恵に与っていたのだけれど、ほんの50キロほど離れたメッシーナでは、我々が到着した日の大雨のせいで、大水害が発生していたのだった。
 50キロっていったら、那覇と名護くらいの距離。
 まさに紙一重………。

 ヒロセさんにお聞きしたところによると、世界的な異常気象はここシチリアでも同様だそうだ。
 ひとたび雨が降るとその量がハンパではないという。
 もともと多雨の環境ではないシチリアでは、山々の保水力がそれほどないために、多量の雨は滝となって低地へ殺到することになる。
 そのため街によっては洪水になるし、山道のあちこちでは土砂崩れが発生してしまうのだとか。

 夏は夏で、それまではありえなかった高温の日が数日あったり、本来は乾燥し始めるはずの時期にまで雨が降ったりするため、ゴッドファーザーに出てくる「乾燥の大地」の風景が観られる期間も、随分短くなってきたそうだ。

 我々にとっても異常気象は他人事ではないだけに、身につまされる思いがした。

 さて。
 神々からの極上のプレゼントに心洗われた我々が部屋に戻ると……
 父ちゃんはワインを飲んでいるのだった。
 聞けば、夕べもまったく寝られず(といいながらけっこう寝ていると我々はふんでいるんだけど)、寝られないのでワインを飲んで、また朝は朝酒としゃれ込んでいるという。

 「朝から飲んだら体力持たないよ!」

 うちの奥さんがそう言うと、

 「旅行のときくらいはいいんだよ。我々の旅行といったら、朝は迎え酒なんだよ」

 って、それって温泉宿とかの話なんじゃないの??

 異国の地に来て右も左もわからず、今日どういう予定かも把握していないくせに、酒だけはしっかり飲むってどうなのよ……。

 屋上の景色を父ちゃんにも見てもらおうと、うちの奥さんが誘うと、

 「俺はいいや……」

 というか、前日行った屋上テラスの眺めを思い出せないらしい。

 なんとなく酒のせいのような気がするんですけど……。
 でもまぁ、それで調子が出て体力的にしっかりしてくれればいいか。
 なにはともあれスポンサーである。
 結果的に本人が満足してくれればそれでいい………それでいいのか??

 一抹の不安を抱きつつ、朝食へ。
 前日すでに一度味わっているので、今日はかつて知ったるレストラン。
 この朝食用レストランがまた、いかにもリゾートホテルって感じで素晴らしかった。

 オープンは7時半から。
 もともと朝が早い高齢者と、島でも普通に朝が早い我々。おまけに時差ぼけですでに完全に起きているから、オープン早々にやってくる。
 すると当然のように他の客は誰もいないので、毎日必ず窓際の同じ席に座った。

 この窓から、晴れ渡る空の下のエトナ山が見えるんですぜ……。
 なんてゼータク。

 イタリアのホテルの朝食はショボイ……と聞いていたのでまったく期待していなかったのに、ビュッフェスタイルでズラリと並ぶパンの種類は豊富だし、チーズはさすがイタリアってな品揃え。そしてそして……

 生ハム!!

 本部のサンエーで手に入る生ハムなんて、お前は脱皮殻かと言いたくなるくらいに向こうが透けて見えるほど薄いのに、どれもこれも濃厚な味わいのサラミだなんだの分厚いことといったら……。

 ああ、ハム食ってるぅ……って感じ。

 さすがに生野菜が山盛り……というわけにはいかないけど、トマトも美味しいし、モッツァレラっぽいチーズとあわせてオリーブオイルをたっぷりかけて………

 シアワセ♪
 なんだかヘタに外で食べるより、ここでワイン飲んでたほうがいいような気が……。

 さらに素晴らしいことに。
 オレンジが籠に盛られている一画に、こういうモノがあった。

 これはひょっとして??
 そう、オレンジ絞り器!!

 まずオレンジを2つに割ります。

 割ると、こちらのオレンジはこんな色!!

 これ、画像処理で赤くなっているんじゃないですぜ。
 こっちのオレンジはこういう色をしているのだ。
 これを、オレンジ絞り器にかけてウィーンとやると……

 搾り出された天然果汁がグラスに!

 まるでトマトジュースのような色だけど、完全無欠のスプレムータ!!

 これが美味いのなんの。
 オレンジは冬が旬なので、シチリアのバールではこの時期、このオレンジの生ジュースが旬のメニューになると聞いていた。
 だからバールかどこかで必ずオレンジの生ジュースを飲もうと心に決めていた我々。
 それが………
 まさかホテルで飲み放題だったなんて!!

 ヒデキ感激♪

 で、我々がヨロコビに震えていると、いかにも興味なさげに「俺はいいよぉ」とか言っていた父ちゃんだったのだが、最後の朝食時になると

 「ワタシも飲んでみようかなぁ……どうやんの?」

 ともかく最終的には、父ちゃんにもシチリアのオレンジを堪能してもらえて良かった良かった。

 堪能といえば、チーズがまた美味しい。
 本部のサンエーじゃけっして買えないものだらけ。
 中には見たこともない(忘れているだけかも)ものも多くて、わからないからカメリエーレにどうやって食うのか訪ねた。
 すると彼は、こうしてこうやって………こう食べるんですよ、と言う。

 で、そのとおりに食べた僕。
 さすがに本場のチーズは美味しいねぇ!!

 などとうそぶいていたそのとき。
 うちの奥さんが言った。

 「だんな、そこは食べない部分だよ!」

 へ?
 だって、さっきカメリエーレがジェスチャーでモグモグしてたじゃないか。
 はっ!!
 あれはジョークだったのか!?

 本来チーズを包んでおくための蝋のような皮を、僕は美味い美味いと言いながらムシャムシャ食っていたのだった。


途中まで食べてしまった跡……

 うーむ……これじゃ、父ちゃんとあまり変わらない。
 通りかかったカメリエーレに、この部分まで食ってしまったよぉというと、

 大爆笑……。

 まさか彼も、冗談を真に受けるとは思わなかったらしい。
 なにしろ彼らにとってみれば、発泡スチロールのパックごと納豆を食べているようなものなのだ。

 たしかに、それを見たら笑ってしまうだろなぁ……。
 わざわざ離れたところで食べていたイタリア人ぽいオネーサンのところまで言って、それを伝える彼。
 オネーチャンもこちらを向いて笑顔をくれた。
 えーい、笑え笑え!!<一応イタリア語で言ってみた。

 去り際には親しげにCiao!といって挨拶をくれた、オチャメなカメリエーレなのだった。

 ということがあったのが最初の朝。
 この日は決意も新たに朝食に臨んだのはいうまでもない。

 今日は間違わずにちゃんと食うぞ!!

 でも、前日のオチャメなカメリエーレは、この日もその翌日も、どうやらお休みらしかった。
 うーむ、リベンジできなかったのがちょっと心残り………。

 さあて朝食が終わったら、ギリシア劇場に出発だ!!