ベンツ・ロメオは、人が溢れている道を進みつつ、いかにもイタリア！って感じの石畳道に入った。

　で、停車。

　あれ？

　「申し訳ないですが、ここから先には車は進入できないんです。お荷物は運びますから……」

　へ？車が入れないってどーゆーこと？？

　その理由はすぐにわかった。
　我々のローマでの宿は、コロンナ・パレスというところ。このコロンナ・パレスはコロンナ広場にあって、広場をはさんだホテルの向かいには、モンテチトーリオ宮とキージ宮という、ローマではさして珍しくはない由緒正しい建物がある。

　実はこの建物は、それぞれイタリアの下院、そして内閣総理府になっているのだ。

　そのため広場への進入路は厳重なるセキュリティチェックが設けられていて、軍警察であろう制服警官が何人も立っている、という空間になっている。
　……以上のことは、ホテルを選んだ時から知ってはいたものの。

　まさか、タクシーすらホテルの玄関前に侵入できないとは！！
　そこまでして守らなきゃならないか？ベルルスコーニを…。＜そりゃそうでしょう……。

　ドライバー・ロメオは無線で同僚にあらかじめこの日のホテル周辺の状況を訊いていたようなので、場合によっては進入可能になることもあるのかもしれない

　ともかくそういうわけで、石畳の広場をガラガラと荷物を引きずりつつ、ホテルの玄関へ。

　石畳の広い広場に面したホテルは、周囲の格調高い建物に勝るとも劣らぬ落ち着いた雰囲気でたたずんでいた。

　ロメオさん、ありがとうね！！

　路頭に迷いかけていた我々を、「安心」という羽毛に包んでくれたホンワカドライバー、ロメオ。
　また何かあったらこちらまでよろしくね、といって名刺を渡してくれたけど、残念ながらホテルから空港までは、ちゃんと手配されていたのだった。

　チェックインを無事済ませ、ポーターに部屋まで案内してもらった。
　このポーターもまたジョン・トラボルタに似ている……。

　その際、カードキーの使い方をちゃんと教えてもらったにもかかわらず、後刻出掛ける時に、試しにやってみたら誰も開けられず。

　あれ、どうやるんだったっけ？？

　すると再びトラボルタ。

　カードキーのやり方を、もう一度教授してくれるトラボルタ。＜かなり得意気。

　あ、なるほど……。
　カードを機械に読み込ませたあとは、ノブを回すんじゃなくてドアを押すのだった。そういや最初のときも、指１本で押せば開くってことを強調してたよなぁ。＜そのわりには、けっこう本気で押す必要アリ。

　さらに得意気トラボルタ。

　ローマっ子に、よほどの田舎モノと思われたかもしれないのがちょっとクヤシイ。＜でも事実そのとおり。

　でもありがとう！トラボルタ。

　このカードキーは、部屋の中ではスリットに差し込んでおかないと電気がつかない仕組みになっていた。
　その節電対策の意味はわかるものの、それだと父ちゃんが昼寝している間に我々だけ散歩……という場合にいささか不便。
　なのでフロントでもう一枚カードキーをもらえますかというと、フツーにもう一枚渡してもらえた。
　そういうものだったんですね。

　コロンナ・パレスはさすがローマの４つ星、いかにもヨーロピア〜ンって感じの格調高い雰囲気が漂っていた。
　部屋はこんな感じ。

　部屋から見える通りはこんな感じ。

　その道を歩いてみるとこんな感じ。

　利用はしなかったけど、フロントのそばのロビーにはバーもあって、なんかいい感じ。

　そして我々にとってなによりもうれしかったのは、朝食スペースだ。
　チェックインの際、フロントのオネーサンが丁寧に教えてくれたときには、思わず喜んでしまった。
　そう、屋上テラスで朝食を摂れるのである。

　これがまた………

　テラスの西側からは、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂も見えた。

　パレルモでは雨に祟られたけれど、ここローマでは滞在中雲ひとつないといっていいくらいの快晴続き。おかげで毎朝食時には必ずこのテラスにやってきて、朝の清々しい空気を存分に味わったのだった。

　テラスにいると、そこかしこの教会から聴こえてくる鐘の音。
　平家物語風にいうなら、古都ローマの鐘の声……ってところか。

　特にキリスト教ともカトリックとも縁のない我々ながら、この教会の鐘の音色が実にいい感じなのだ。
　でも、いくら音色がいいといっても、こんなにたくさんある教会の鐘が一斉に鳴り出したらどうなるんだろ……
　…と思っていたところ、どういう時間割なのか、それぞれの教会ごとに鳴らす時刻が違っていた。
　すべての教会が毎正時ごとに鳴らすわけではないのですね。

　そして。
　爽やかな朝といえば、鳥の声。
　このテラスにも、客がこぼすパン屑などを求めてスズメがピョンピョン跳ね回っていたけれど、まさかローマを代表する（その存在感的に我々が勝手に認定）鳥が、まさかこの鳥だったなんて。

　そう、カモメのジョナサン。
　けっして海辺の街ではないはずなのに、街にはカモメがたくさん飛んでいる。
　カラスよりもさらに大きな鳥が、すぐ傍をビュンッと飛んでくるとなかなか迫力がある。

　また、写真じゃ伝えられないその鳴き声が面白い。
　街を歩いているときなど、いきなり車の警報装置が鳴り出した！！
　……と思ったら、カモメの声なのだ。
　海辺で聴く鳴き声と変わらぬはずなのに、なぜか街中で聴くカモメの声は、海辺以上の存在感に満ちている。

　ローマの鳥はカモメ！

　なんて話を、これまで聞いたことが無かった。

　このホテルがあるコロンナ広場のコロンナとは、イタリア語で「柱」という意味。
　この広場に、マルクス・アウレリウスの記念柱があることに由来している。

　マルクス・アウレリウスといえば、ローマ帝国全盛時代を支えた五賢帝の最後の人で、その著書「自省録」に代表されるように哲学の徒でもあったため、哲人皇帝とも呼ばれる。
　ラッセル・クロウがアカデミー主演男優賞を受賞した「グラディエーター」で、冒頭に死んでしまう皇帝、といえばご存知の方も多かろう（ホントの享年は、映画ほどオジイではない）。

　その時代はいわゆるシルクロードの全盛時でもあった。
　後漢書西域列伝のなかに出てくる「大秦国王安敦」というのは、このマルクス・アウレリウス（・アントニウス）帝のことだ、というエピソードを、その昔ＮＨＫ「シルクロード」で石坂浩二が語っていた。

　その彼の時代に、ローマ帝国は漢帝国の南部、すなわち現在のベトナムあたりにまで交易使節を派遣した、と後漢書には書かれてあるそうな。

　今に生きる我々が頭でウスラぼんやりとイメージする以上に、当時の人々の意識は西も東も世界に広がっていたのは間違いない。

　屋上テラスからは、そのマルクス・アウレリウスの記念柱の天辺がほぼ同じ高さで見える。
　往時はその天辺に皇帝像があったそうなのだが、これら記念柱もまた、後の世のキリスト教社会にとっては異星人文明以外のナニモノでもなかったのだろう。天辺に据えられていた皇帝像は、聖人の像に変えられた。

　異文明が建てた柱の上から眺めるローマは、聖人の目にはどのように見えてきたのだろうか。

　カモメのジョナサンだけは、その答えを知っているようだった。