5・伊語の時間

 ただ風景を観るだけなら、そこに言葉は要らない。
 ゴッドファーザーのロケ地を巡る感動に、いったいなんの言葉を添える必要があろうか。

 が。
 調べれば調べるほど魅力溢れるシチリアの人々の姿がわかってくるにつれ、僕は分不相応な希望を抱いてしまった。

 現地の人たちと触れ合いたい………。

 そりゃ、束の間の旅行で人生を語るほどの触れ合いなどあるはずはない。でもせめて会話はしてみたい……。

 そのためには…。

 イタリア語だッ!!

 ホテルスタッフはともかく、現地の人はほとんど英語を話さないそうなので、会話をするならイタリア語。
 会話ができてこそ初めて美味しいものが食べられる。

 幸い、出発まで約4ヶ月ある。
 かつて1ヵ月半の準備期間で漢検準1級に合格したのだから、4ヶ月もあればカタコトのカタコトくらいのイタリア語だったらマスターできるに違いない。

 …とはいえ。
 いったいどうやって勉強しよう?
 駅前留学できるわけじゃなし、島にいてイタリア語っていってもなぁ……

 でも世の中すっかり便利になった。
 今や本屋さんで売られている外国語学習本には、CDセットが基本になっているのだ。
 本を読み書きだけじゃ絶対に無理だと思っていた僕にとって、この世の中の便利さほどありがたいものはなかった。
 というわけで、順次買い揃えたイタリア語学習アイテムがこれ。

 

 これらに添付されているCDをすべてウォークマンに入れ、石垣マラソンに向けたランニング中もウォーキング中も夜寝てる間も、とにかくひたすら聞き続けた。

 不思議なモノで、最初は取りつく島もないと思われた未知の言語の数々も、そうやってバカの一つ覚えで繰り返しているうちに、いつの間にか頭に入ってくる。

 石垣島マラソンを間に挟みつつ、そんなこんなでイタリア語学習4ヶ月弱。
 その間、様々な旅行者の旅行記や現地にお住まいの方々のブログを参考にしつつ、どこで何を食べるか、何を観るかということをお釣りがくるくらいに調べ上げ、旅程は完全に完成の域に達していった。

 このオフ、それにかけた時間はけっして少なくないものの、それはそれで素晴らしく楽しい時間だったことはいうまでもない。
 くわえていうなら、出発が2月末日ということもあって、こんなに楽しくオフを過ごせた日は初めてといってもいい。

 そしていよいよ……
 いよいよ、その成果を発揮する時が来た!!

 で。
 他の皆さんは大丈夫ですか?
 うちの奥さんは??

 「会話はだんなに任せた」

 ……って、じゃああなたは何を担当するの???
 じゃあ父ちゃんは??

 旅行の準備に際し、うちの奥さんが電話で父ちゃんに話していたときのこと。お金はユーロにして持っていく、という旨伝えると、

 「ユーロってなんだい?」

 ………大丈夫なんでしょうか。