53・中の島ブルース

 世界一の大ウソつき「真実の口」があるあたりは、真実の口広場という名の広場になっている。
 もちろんローマ時代にはキリスト教会などはなく、神殿が建ち並ぶ一方で、共和政時代のこのあたりには荷揚げのための港があって、活気溢れる商業地だったという。

 テヴェレ川が、海と内陸部とを結ぶ交通の大動脈として機能していたからだ。
 往年の京の都でいうなら、テヴェレ川が大阪湾に繋がる淀川みたいな存在で、ローマのこのあたりは伏見だったのだろう。

 勝者ヘラクレスの神殿のすぐ近くにまた別の四角い神殿が建っている。これは港の神ポルトゥヌスを祀っているそうな。
 このあたり、キリスト教以前のギリシア・ローマの人々の宗教観は、ナニゴトにも神様がいる「八百万の神信仰」の日本人にはとても馴染み深い。

 そんなローマの淀川、テヴェレの対岸は、そのままズバリ「テヴェレの対岸」という意味のトラステヴェレと呼ばれる地区になる。

 川のこちら側が遺跡遺跡した街なのに対し、対岸はいかにも下町といった風情だそうだ。東京で言うなら本所深川あたりの、いかにもチャキチャキの江戸っ子がいそうな界隈だという。

 これが2度目3度目のローマだったら、真っ先にそういうところを歩いてみたかったところだ。
 が、やはり初めて来た身には数々の遺跡群ははずせない……。
 まぁ、体験ダイビングで共生ハゼなんぞ観てるんじゃねぇってことですね。

 なので今回はトラステヴェレの探訪はあきらめたものの、とりあえず川だけは渡ってみることに。
 真実の口からすぐのところに橋があって、さらにそのそばに、テヴェレ川唯一の中の島であるティベリーナ島があるのだ。


パラティーノ橋からの眺め

 かつて医療の神を祀る神殿があったというこの島には、今の世にも病院がある。

 我々がティベリーナ島を眺めている端のすぐ近くに、端の名残りらしきものがあった。

 もともとはアエミリウス橋という名だそうで、紀元前2世紀に完成して以来、建設と破壊が何度も繰り返されてきたのだとか。現在は壊れたままなので、そのまま「ポンテ・ロット(壊れ橋)」と呼ばれている。

 橋を渡ると、トラステヴェレ地区!!

 …でもすぐさま折り返し。
 ティベリーナ島経由で再び川を渡る。 

 紀元前1世紀に架けられたという橋を渡ってティベリーナ島へ。
 ローマ時代の姿そのままという(4世紀に造りなおされたらしい)チェスティオ橋を渡るとすぐ素敵な広場になっていて、そこにサン・バルトロメオ教会がある。

 2000年の大聖年にはローマ法王も訪れたという、なにやら由緒正しい教会らしい。
 けど僕としては、この教会が建てられる遥か昔のこの場所に建っていたという、医療神アスクレピオスを祀る神殿のほうが観たかったなぁ。

 島の中はこの広場の石畳がそのまま続いていて、まっすぐ歩くと反対側の橋に出る。
 ファブリチオ橋だ。

 紀元前62年に架けられた当時のままの姿なのだそうな。
 真ん中に穴が開いているのは、川底の軟弱な地盤を考慮して橋の重量を軽減するための工夫とのこと。
 えー、重ねて言いますけど、紀元前62年の話です。

 その当時からだったのかどうかは知らないけど、石畳は橋の上にまで続いていた。

 もちろん自動車の通行は不可。

 何も知らずに通りかかったら、単なる小さな中の島って風情なだけなんだけど、そこには2000年以上も前に病院があった場所に今もなお病院があったり、当時から架かっていた橋がそのままの形で残っていたり……。
 川の中だけではなく、歴史の中の島でもあるのだ。
 ここはひとつ、クールファイブに登場願わねばなるまい。

 ア〜、ア〜、ここはローマ、中の島ブルースよぉ〜〜♪

 川自体はけっして美しくはないものの、川面に一羽の鳥がいた。

 カワウだろうか。
 くわえているのは巣材かな?

 きっと彼の祖先は、ティベリーナ島の往時の姿を見ていたに違いない。