54・招かれざる客?

 ティベリーナ島をあとにした。
 さて、ここからがモンダイだ。

 個人的には、この近くにあるマルケルス劇場を間近で眺めてみたかったものの、そのコースを歩くと遠回りになる。
 やや疲れが見え始めた父ちゃんの様子を考えると、ここは最短コースで帰路についたほうがよさそうだ。

 しょうがないのでマルケルス劇場はあきらめ、テケテケ歩いていると、なにやら発掘だか補修だかしている最中の遺跡が見えてきた。
 シチリアでもそうだったけど、ギリシア・ローマ時代の遺跡って、周辺に無造作にパーツが転がっているのが面白い…。

 ちょっと立ち寄ってみると、路地(?)の隙間からマルケルス劇場が見えた。

 うーむ、この反対側から観たかったのだが……。

 で、この補修中の遺跡というのはこれ。

 何も知らずにとりあえず撮ったこの遺跡、実はオクタヴィア回廊という、敷地内に神殿が二つ並んで建っていたとっても立派な建造物の前門部分なのだった。

 門だけでこんなに巨大なのだから、その回廊の規模がうかがい知れる。

 前述のとおりこの周囲が発掘作業中なのかなんなのか、いろいろ見学できるようにもなっていて、興味の赴くままにウロチョロしていると………

 気がついたら二人が行方不明になっていた。
 あれ?

 例によってわかんないのに先へ先へと急ぐ父ちゃんを心配して、ついていったオタマサごといなくなっている。

 ありゃ、困った。
 僕だってけっして疲れていないわけではないというのに、無駄なダッシュ。

 無事合流。
 ふぅ………。

 場所は結局上の写真の遺跡からちょい左に続く通りだった。
 そこには飲食店が並んでいる。

 そろそろおトイレ休憩をかねて、カッフェでも一杯飲みますか。
 で、適当に入ってみたら………

 いきなり我々に集まる視線。
 まるで旅行初日、ローマからカターニアへと向かう夜の飛行機の中のような……。

 周りにはわりと観光客が座りそうなテラス席を設けた店もあったのに、よりによって僕たちが入ったのは地元の人しか来ないような店だったのだ。

 たしかに地元の方にとってみれば、我々なんてアヤシイ者以外のナニモノでもない。
 いわゆる「招かれざる客」だ。
 が。
 こういう場合に、カタコトながらも地元の言葉を話すというのは、強力な緩衝材になってくれる。

 熱い(?)視線を浴びながら、ともかくエスプレッソ1杯とアメリカーナを2つ頼み、トイレの場所を訊いて順番に用を足した。

 カウンターに座りながらしばし休憩タイム。
 店にいる客もスタッフも、どうやら我々のことをただの客だとわかってくれたらしいムードになってきた。
 なので、ここがどこだかハッキリ確かめるべく、これまたジュンコさんのようなマンマに地図を見てもらいながら、ここがどこだか訪ねてみた。

 するとまた例によって、若いおねーちゃんスタッフと二人がかりで、しかも熱い口調で教えてくれる。
 その勢いのおかげで、たとえヒアリングできなくてもわかってしまう。
 こういうあたり、ホントにイタリアはいい国だ。

 そしてまたカウンターに座っていると、この店のジュンコさんが訊いてきた。

 「サン・ピエトロ大聖堂には行ったの??」

 まだですけど、明日行こうと思ってます。

 「と〜ってもきれいよ!!是非行ってきてね!」

 文字どおりの地元情報。
 でまた、やっぱりカタコトながらもイタリア語を話すアジア人ってのは珍しいのか、マンマ・ジュンコさんが言う。

 「ワタシも今度日本に行ったら日本語話すからね!」

 なので、すかさず「いつですか?待ってますよ!」と冗談で言うと、何か言いつつ笑ってくれた。
 意味はわかんなかったものの、ジョークにジョークで返せたことは間違いない。

 おトイレも借りれたし、休憩もできたし、そしてもちろんカッフェも美味しかった。
 切り売りのピザも勢いで食べちゃいたいところだったものの、グッと我慢しつつお会計。
 すると………

 たったの3ユーロ!!!

 一杯じゃないですぜ、3人で合計3杯飲んで、総額3ユーロ。

 これが……これが地元価格の相場なのか!!

 またしても、イデの発動を初めて見たギジェのような衝撃と感動に包まれる我々なのだった。

 たしかにこれだったら、足繁くカフェに通えるわなぁ。お喋りも楽しいし。

 うーん、店内で写真を撮り忘れたことだけが心残り……。

 さてさて、マンマ・ジュンコさんたちに詳しく道を訊いて、ここがどこだかハッキリわかった。
 でも、最短距離で帰ろうとすると、また絶対どこかで道に迷うのは間違いないこともまたハッキリわかった。

 なので、遠回りになりはするもののサルでもわかる道順で帰るべく、川沿いに戻って逆側に行くことにした。

 すると……

 マルケルス劇場のそば♪

 …まぁこうして見ると、近くで見たから何?って感じ。

 しかしここもやはり……


ローマの休日より

 オードリー様は駆け抜けていくのだった………。

 それはともかくこの遺跡は、カエサルが着工したもの。
 完成を観る前に彼は暗殺されてしまったものの、跡を継いだアウグストゥスが、思いがけず早逝した甥の名をつけて紀元前1世紀末に落成したのがこのマルケルス劇場だ。
 あのコロッセオはこの半円劇場をモデルにしたという話もあるらしい。たしかに似ている。

 ちなみに、ポツンと一部が残っているアポロ神殿の向こう側が、さきほどのオクタヴィア回廊跡。
 これまたアウグストゥスが再建したものだ。

 そんなにまでしてたくさんモノを造って権力を誇示したいのか、と思ってしまう人が多いかもしれないけど、それは誤解だ。

 遠征に勝利したとか、防衛を果たしたとか、後世に名を残す業績をあげた指導者は、それを実現させてくれた「社会」に対して恩返しをする、というのがローマにおける古来からの習わしだったのである。
 市民が喜ぶものを、市民の生活に必要なものを、時の実力者たちはマナーとして造っていたのだ。
 それこそが、本来の意味での「公共工事」ではなかろうか。

 とはいえ世が変わると、時の実力者建造の建物も、このマルケルス劇場のように、建築資材提供場になったり、要塞になったり、宮殿になったりしながら変遷を繰り返す。
 近年には3階部分(ガラス窓のところ)に集合住宅が設けられて人が住んでいたそうなのだが、今も住宅なのかどうかは知らない。

 そんなマルケルス劇場を通り過ぎ、ヴェネツィア広場を経て、朝通ったコルソ通りを北上する。

 けっこう疲れてもいるだろうから、さすがに父ちゃんもまっすぐ帰る………

 …のかなと思ったら違った。

 「トレヴィの泉に行こう!」

 あ、そうだった!
 朝は完全にフラれていたのだ。

 はたして、午後はどうだろう?掃除は終わっているだろうか。
 トレヴィの泉にとって、父ちゃんは招かれざる客か、招かれる客か。

 さぁ、どっちだ!?

 泉はちゃんと泉だった!!
 晴れて、父ちゃん初のコイン投げ♪

 1ユーロコインは軽やかに弧を描き、キラリと一瞬輝いて、静かに泉の底へと消えていった。