59・サン・ピエトロ大聖堂

 大聖堂は……

 でかかった。
 入ってすぐに思わず立ちすくんでしまうほどに。

 ナニゴトのおわしますかは知らねども……

 ……って、神様がいるんだってば。

 さすが総本山。完成まで120年を要したというのも伊達ではない。
 そしてこうなるともはや、パレルモのモンレアーレどころの騒ぎではない。
 それにしても、モンレアーレでも思ったけれど、人にここまでのモノを作らしめる宗教の力って…………どうよ。

 どうよって言われても……。

 ちなみにこの大聖堂の建材として、コロッセオの大理石が大量に使われているそうだ。
 それもまた宗教の力か。

 入り口すぐのところに、若き日のミケランジェロが作った「ピエタの像」がある。

 ミケランジェロ唯一のサイン入り彫刻なのだそうな。
 彫刻業界の審美眼など何も持たない僕だけど、暖色照明ともあいまって、キリストの死を悼む聖母の慈愛に満ちた姿を見ると、ああこれがカトリックの世界なのね……と思わずにはいられない。 

 でも。
 このピエタの像と、このサン・ピエトロ大聖堂を造りうる巨大宗教というのが、どうにもうまく一致しないのはなぜ?

 このピエタの像は、20世紀に暴漢(?)に襲われ、一部を破壊されてしまったことがあるという。
 現在は修復され、二度とそのようなことが起こらないよう、厳重なガラス(アクリル?)の壁の向こうに展示されている。

 こういう美しい像を破壊する人間なんてのは、それだけを取り上げたら単なる狂人としか思えないものの、彼をそのような行動に駆り立てたモノは、けっしてピエタやミケランジェロへの憎悪ではなかったろう。
 それもまた、宗教の力か。

 大聖堂のど真ん中にあるクーポラの下には、巨大なブロンズの天蓋がある。
 これまたベルニーニの作品らしい。
 それ越しにクーポラを見上げてみる。

 荘厳とはこのことか。
 にしてもベルニーニ、取りつかれたようにたくさん作品を造っているけど、彼を駆り立てたものは、金か、神か、法王か??

 ひょっとして趣味だったのかも……。

 こんな広い聖堂、造ったはいいけど、掃除ひとつとっても大変だろうに、床には塵ひとつ落ちてない。
 一休さんのような小坊主さんたちが、毎日雑巾掛けでもしているんだろうか??

 と思ったら違った。


3倍の速さで進むようチューンナップされているせいでボケた。

 目の前を軽快に横切っていく清掃車。
 そりゃそうだわなぁ……。

 じゃあ、高いところの埃はどうしてるんだろう?
 大仏様のように、年に一度の煤払い?

 と思ったらまた違った。

 なるほど、こうして柱の1本1本の彫刻の隙間に至るまでお掃除………。

 文明の利器を縦横に使用するようになったカトリックは、もはや無敵である。

 この大聖堂内もそれはそれで充分に見応えがある。
 見所は他に一杯あるんだろうけど、なにしろ知らないのでどうしようもない。
 それでも、ただそこにたたずんでいるだけで気持ちが良かった。

 そして我々には、特にうちの奥さんには野望があった。

 クーポラに登ろう!!

 そうなのだ。
 有料ながら、このサン・ピエトロ大聖堂のクーポラに登ることができるのである。
 その話をしてしまったが最後、うちの奥さんが黙っているはずはなかった。

 というわけで、ネームプレートを首から提げたスタッフに入り口を訊ね、いったん大聖堂を出てクーポラ入り口へ。

 途中までエレベーターで行ける(といっても、全体の行程の3分の1ほど)料金を払い、エレベーターから降りたあと、アヤシゲな通路を進む。

 すると、さきほど下から見上げていたクーポラの、絵の部分をグルリと回れた。

 って、この絵よく見たら……

 全部モザイクじゃんッ!!
 絵だとばかり思っていたものすべて、実はモザイクだったのだ。
 なんというか………そのぉ……ここまで来なきゃモザイクってわからないものを、下から見せるために作るって………

  バカみたい スゴイ。

 圧倒的なモザイク画に素直に圧倒されつつ、さらなる上を目指す。
 道はさらに狭くなる。

 途中途中で休憩しつつ、さらに登るとどんどん狭くなる。

 このあたりになると、ともに登っている他の方々とも「戦友」のような風情になってくる。
 そして、高齢にもかかわらず登っている父ちゃんの姿を見て、若い白人おねーさんが感心していたりする。

 で………。

 絶景かなッ!!

 ついにクーポラ登頂達成。
 ニョキニョキ高層ビルがまったくない街って、これほどまでに清々しい景色になるんだねぇ……。

 我々が登っているクーポラがある辺りから、目の前の広場くらいまでが、往時の競技場跡地ってことになるわけだ。
 ちなみに我々はどこまで登っているのかというと……


カモメがいたのはここ

 けっこう大変な高さではあった。
 でもまぁ、その苦労に報いてくれるだけの眺めであることもたしかだ。

 ここから先は階段のみ、というフロアはいわゆる屋上テラスになっていて、さきほど広場で遊んでいた我々に冷たい視線を送っていた、イエスと使徒たちと同じ位置になる。
 彼らの後姿。

 こうして見ると、彼らは首を垂れ、本当に下を見下ろしているのがわかる。
 この位置から見たらそのポーズはとてもフレンドリーに見えるのに、下から眺めると近寄りがたく見えるのはなぜ??

 そんなこんなで、我々のクーポラ登頂は無事終了。
 そのあとヴァチカン郵便局なんぞを冷やかしてみた。

 こっち側はOKなんだけど、この右側は撮影禁止。
 そうとは知らずにカメラを向けたら注意されちゃった……。

 ここからハガキを出すと、もちろん消印はヴァチカン。
 ちなみに、イタリアのポストは日本と同じ赤い色なのに、ヴァチカン郵便局のポストはこんな色。


外装は補修工事中だった。

 我々がヴァチカンに着いたのは朝8時半。
 すでに観光客の姿はあったとはいえ、セキュリティチェックのところでもさほど待たずに済んだ。

 ところが、ひととおり見学を終えて広場に再び戻ってきたら……

 長蛇の列ができていた。
 おお、これがカトリック総本山の集客力!!

 …という時点で想像がつきそうなものだったのだが。
 せっかくヴァチカンまで来ているのだから、一応ヴァチカン博物館にも行ってみるつもりでいた。

 パレルモに来てモンレアーレに行かないのは驢馬の旅の如しって言うのなら、ヴァチカンに来て博物館に行かないってのはどうなんだろう?

 ともかくいろいろ調べてみて、見たい彫刻その他、なんといってもシスティーナ礼拝堂はナマで観てみたい、という欲求に駆られてもいた。

 そのヴァチカン博物館へ行ってみよう!!