67・必殺噴水掃除人

 ホテルに戻り、お土産を荷物に詰め込んだらあとは帰るのみ。
 でもまだ時刻は9時半。
 空港までの送迎タクシーは12時にホテルに到着予定だったから、まだ時間がある。

 なので、買い物を終えてミッションを終了して満足げな父ちゃんを部屋に残し、再び散歩に出かけた。

 LIBERTA!!

 見納めにフォロロマーノをもう一度眺めてみたい気もしたものの、最後なのでテキトーに散歩しよう。

 アテもなくプラプラ歩いていると(父ちゃんはこれが苦手なので散歩できない)、ナヴォーナ広場に着いた。
 ここでゆっくりしよう。

 この広場には、その周囲の建物にやたらとオープンカフェが多い。どこでもよかったんだけど、午前中の斜めの日差しだと広場の半分が完全に陰になる。
 晴れているとはいってもやはり日陰はメチャンコ寒いから、日の当たっているところを選んだ。

 こういう観光地のカフェだ、バールだなんていったらやたらと高い、というのはすでに身をもって経験してきたものの、やはり観光客としては、路地裏の安くて美味しいカフェよりも、味はどうあれ眺めの良い場所で過ごしてみたい。

 朝でもない、昼でもないという時間帯のせいか空いている。

 で、ひょっとしてあるかなぁ…と期待してマルサーラワインを頼んでみると、カメリエーレはあるというではないか。
 その他、パニーニなども頼みつつ待っていると、なにやら申し訳なさそうな顔をしたカメリエーレ×二人。

 「申し訳ございません、マルサーラワインは用意しておりません……」

 と、普通ならそう言えば済むところ。
 ところが、そこはさすがにイタリア人。
 二人がかりで、

 「申し訳ないです、さっきはあると言ったけど、マルサーラはなかったんです。いえ、けっしていつもないわけじゃないんです、たまたま今日だけなくて……」

 一度「ある」と応えたものが無いというのが、とてつもない大失敗であるかのような勢い。
 しかも二人がかり。

 いやあ、あのぉ、無かったら無いで別にいいんですけど……。

 世の中には、

 「あるといったものが無いとはどういうことだ!!」

 などとクレームをつける人たちがいるんだろうか。
 我々がそういう客ではないことに気を良くしたのか、一緒に写真に写ってもらえますか、と訊ねると、もう一人のカメリエーレ氏が撮ってくれたりした。


撮影:カメリエーレ2号

 このカメリエーレ1号氏も、間違いなく自らをイケメンと信じ続けて28年くらいと思われる。

 本人曰く、日本のガイドブックの表紙(?)に自分の写真が載っているそうな。
 うれしそうにいうので是非見てあげたいところながら、ガイドブックの書名は知らないというから確かめようもない…。

 マルサーラがなかったので、ビッキエーレ・ディ・ビーノ・ビアンコを。

 朝から酒なんて…とおっしゃることなかれ。旅行の時くらいいいじゃないっすか。<すでに父ちゃん化している我々。

 

 まさか、ドミティアヌスの競技場跡で、ワインを傾ける日が来ようとは……。
 1年前の自分にそっと教えてあげたい。

 早朝とは違って、10時過ぎともなると広場には人の姿が目立つようになってきた。
 我々がいるお店も、だんだんにぎやかに。
 なのに、なぜか隣のお店は、その店のカメリエーレ氏が一生懸命呼び込みをしているにもかかわらず、ヒトッコヒトリーナ。
 ひょっとしてこっちのお店、我々が呼び水になったのかな??

 このお店は、各種ガイドブックに載っている「トレ・スカリーニ」という店であることを、あとでこの写真を見て知った。
 ドルチェのタルトゥーフォで有名なんだとか。
 ワインなど飲んでる場合じゃなかったのか??

 ともかくまぁ、イルコントペルファボーレ。

 ワイン、パニーニ、そしてカッフェ。
 はたしてお値段は???

 35.5ユーロ!!

 高ッ!!

 さすが観光地!!
 今さらながら、パレルモのモツバーガーの、底知れぬ安さのありがたみを知るのだった。

 お釣りの返し方がまた面白い。
 50ユーロ札を渡したところ、普通だったら少なくとも10ユーロ札が返ってきそうなところ。
 なのに、なぜか2ユーロや1ユーロといったコインだらけ………。

 これって、チップ置いてくれってことですか??

 さすが観光地!!
 芸が細かい。
 その涙ぐましい努力に免じ、テーブルにちゃんと小銭を置いといた。

 まぁ一等地にあるお店、この値段はしょうがない。なにしろ観光客向けの店なのだから。

 ところで。
 すでに触れたとおり、10時過ぎのナヴォーナ広場はけっこうな賑わいを見せている。
 絵描きさんたちが店を広げているかと思えば、犬の散歩をしている人もいる。
 観光客の出足も増えてきた。

 そんなさなかに、

 四大河のオジサンもビックリ。
 でもこうやって観ると、このベルニーニ作の像がいかに巨大かということがよくわかる。
 というか、映画「天使と悪魔」では、ここに枢機卿の一人が溺死させられかけてたんですけど………あのコジツケ「イルミナティ」陰謀説がどうあろうと、ここを犯行現場にしようなんて、普通は思わないよな…。

 この掃除部隊、我々が広場をあとにする頃にはネプチューンの噴水に移っていた。

 水すっからかーん。
 こうして観ると、ネプチューン様までがモップを使って掃除しているように見える………。

 にしても、今朝のスペイン広場はあんなに早朝に掃除していたのに、なにゆえこっちの広場は、人が多くなるこんな時間に??

 って、ひょっとして………

 これを書いている今ふと思いついて、さっそく写真を調べてみたところ……


左:ナヴォーナ広場 右:早朝のスペイン広場


左:ナヴォーナ広場 右:早朝のスペイン広場

 同じ人たち!!
 …に見えるんだけど、うーん、コンビニ強盗のビデオ映像なみに、観る人によって見解が分かれそう。
 ああ、ニット帽を脱いでいてくれさえすればさらにハッキリしたのに……。

 しかし!!
 さらなる動かぬ証拠が!!


上:スペイン広場 下:ナヴォーナ広場

 傍らに停まっている車はまったく同じだった!!(へこんでるとこも)

 おお、彼らはまさしく、この日早朝スペイン階段の下で働いていた人たちだったのだ。
 そりゃあ、ナヴォーナ広場も早朝に…なんて無理な話ですわなぁ。

 そこでさらに思い至った。
 2日前の、あのトレヴィの泉すっからかん事件のときは??


2日前のトレヴィの泉

 いた♪
 なんと彼らは、「必殺噴水掃除人」だったのである!!

 なんだか上質のミステリーを読み終えたかのような、この満足感……。

 …って、本筋とまったく関係ないんですけど。
 それにしても、パレルモにしろローマにしろ、ゴミをそのあたりにポイッと捨てることに関してはまったくモラルがなさそうに見えるのに、こと掃除に関しては感動的なまでに徹底しているように見える。

 たまたまそのタイミングに当たっただけですかね??
 でも一箇所については月に何度か、かもしれないけど、ローマの噴水って至るところにあるんでしょ?
 それを順番に掃除していくだけでも、かなりの仕事になるのは間違いない。
 少なくとも今日は、朝6時過ぎから掃除を始めていて、すでに午前11時。
 これじゃあ、昼休みをたっぷりとっても誰も文句は言えないね。

 我々観光客にとってもローマ市民にとっても、街中のオアシスとして欠かせない数々の噴水。
 それらは、彼ら必殺噴水掃除人たちの、たゆまざる不断の努力によって維持されているのであった。

 うーん、いい話だ。<そうかなぁ…?
 でも、なんでもかんでも造るだけ造って維持を考えない日本の田舎行政のことを考えると、とてもとても素晴らしく見えるのです。

 ホテルまでの帰り道、ついでにパンテオンに寄った。
 この界隈も何度も何度も歩いたので、たった足掛け4日の滞在ながら、いつしか見慣れた当たり前の光景になっている。

 東雲に さんぽ歩いて パンテオン

 そんな夢のような時間が、もうすぐ終わる。