8・悪名高きアリタリア

 いつぞやのモルディブ行で利用したエアランカとは一味違い、定刻どおりキチンと離陸した我らがアリタリアちゃん。

 機内では、離陸前からイタリア人が楽しげにくっちゃべっていた。
 離れた席からわざわざやってきて話し込んでいる人たちが、はたしてもともとの知り合いなのか、それともこの場で初めて会った人同士なのか、これまた微妙にわからないくらいに誰彼かまわず楽しげに話している。

 その中にときおり聞き取れる単語が混じっていたりするものの、こういったナチュラルな会話をヒアリングできるほどではもちろんない。

 でも、こちらに向けて理解してもらおうと話してくれる言葉だったら、なんとかなることが判明した。
 海外便といえば機内食。
 CAが英語で問うてくるのを気にせず、付け焼刃のイタリア語で応えると、ちゃんと通じた!!

 おまけにCAに褒められた♪
 リップサービスであってもうれしい。
 なにしろホンモノのイタリア人相手にイタリア語を話すのは初体験、最初に
grazieを言うのすらなんだか気恥ずかしかったくらい。

 しかしこの先そんなことを言ってはいられない。

 さてさてその機内食。
 それもイタリアの航空会社である。エコノミー席とはいえ期待は大きく膨らむ。

 そして最初の食事が夕食。

 

 もちろん、食事のお供はワイン。

 

 イタリアへの旅に慣れた方ならこういうものなど歯牙にもかけないのだろうけど、このときの我々はこれだけでもうシアワセです……。

 ところでこのアリタリア航空は、イタリアではまさに今の日航のような存在なのだという。
 それも危機的状況を迎えていたのはそんな昔のことではなく、つい最近の話。

 かてて加えて、数年前までイタリアではミラノだったハブ空港がローマの空港に移り、その変更にシステムもスタッフの能力もついていかなかったせいか、ロストバゲージ天国のような時期が数年続いたらしい。

 そのためいわゆる旅行クチコミサイトなどでは、アリタリア航空がボロクソに書き込まれている。
 そういう業界にまったく無知な僕などは、全面的にその書き込みを信用していたから、ローマ・フィウミチーノ空港着後カターニア空港へのトランジットまでわずか1時間弱という予定では、たとえ人は順調に到着しても、ロストバゲージがあってもおかしくないものと覚悟していた。
 だから荷物が出てこなかったとしても、一泊分くらいの着替えやその他は機内持ち込みにしておこうという作戦に。

 また、一度潰れかけた航空会社ということもあって、座席のモニターが潰れていることが多いとか、そういう細々したクチコミ情報も多かった。

 モニターなど潰れていようがどうしようが、CAが無愛想だろうがなんだろうが、墜落せずに目的地までちゃんと飛んでくれれば僕にはそれで充分なので、他の細々したことはどうでもよかった。
 どうでもよかったけど、モニターはちゃんときれいに機能したし、CAは男性も女性も愛想はいいし、なんの不満も無い。

 そしてこのモニターが!!
 今やデジカメその他用のメディアやハードディスクの大容量かつ小型化が進んでいるのは知ってる。
 しかしそんな恩恵が、まさか飛行機にまで及んでいるとは知らなかった。
 機内で観られる映画の本数のなんと多いことか!!

 昔のように、共有の番組をみんなで同時に観るのとは違い、自分の観たいものを好きなときに好きなように選べるのだ。
 さすがに日本語字幕はないものの、何度も観ているロッキーとか007カジノロワイヤルとかだったらヒヤリングできなくとも英語のままでOKだし、すべてではないにしろ映画によっては日本語吹替えバージョンもあって、僕などは帰りの飛行機で観た「カールおじさんの空飛ぶ家」に涙を流して感動してしまった。

 ただ。
 サービスで配られるヘッドフォンの音質がよろしくない。
 せっかくモニターがきれいでも、音が割れまくって聞き苦しいったらない。
 もったいないなぁ……と思いつつ、そこでフト思いついた。

 ひょっとして……これって使えるんじゃね??

 取り出しましたるは、ご存知ウォークマンのイヤフォン。
 イタリア語学習のために活用していたアイテムだ。
 ここ4ヶ月ほど肌身離さずにいたので、無いとなんだか不安になる気がしてそのまま持ってきていた。
 そのウォークマンのイヤフォンをブスッとさしてみると……

 Wow!!Bellissimo!!

 クリアーな音質のステレオサウンドに大変身!!
 この裏ワザ、何度も日本とイタリアを往復している現地在住の方も知らなかったから、案外知られていないのかもしれない。
 みなさん、是非お試しあれ!!

 で。
 この美しいサウンドと素晴らしい映画の数々のおかげで、僕は12時間余という飛行時間をまったく退屈せずに過ごせたのであった。
 というか……
 寝てる間がなかった。

 現地に到着したら夜中。
 それから寝るには、機内では寝ていないほうがいいと思っていたからそれはそれで作戦成功か?

 悪名高かったアリタリアちゃんは、世評とは裏腹に実に優雅に、ユーラシア大陸の夕陽に先を越されつつ粛々とイタリアを目指していた。