11・大島屋旅館
我々の今宵のお宿は、大島屋旅館さん。
神迎の道沿いにあり、出雲大社正門から真面目に歩けば徒歩1分ほど、むしろ正門から本殿までの距離よりも近い。 なにしろ宿の前からもう、勢溜の鳥居がすぐそこに見えているくらい。
出雲大社近辺に現在も残る旅館の中では最も歴史の長い旅館だそうで、創業250年余、江戸時代から続く老舗中の老舗だ。 江戸時代に出雲大社参拝が全国人気になった頃には、神迎の道やお宮通りの沿道は参拝客のための宿が軒を連ねていたという。 きっと大島屋旅館さんは、その頃からの旅館なのだろう。 歩いて回るのに便利な場所、そして我々に分相応の宿泊料といった条件で探してもホテルや旅館は数あれど、どうせだったら江戸の昔から参拝客を迎えていた歴史ある旅館にしよう。
というわけで予約してあった大島屋旅館。 扉を開けて人を呼ぶと、傍らからふくよかなご婦人が出てきて、荷物を預かってくれた。 てっきり彼女が女将さんだとばかり思っていたのだけれど。 午後遅く、ほうぼう歩き回ってからようやくチェックインをしに宿に戻ってくると、また先ほどのふくよかレディが出てきてくれたのだけど、奥に向かって人を呼んでいる。 そして出てきてくださったのが、女将さんなのだった。 あれ? ではあなたはどちらさま? 「ワタシは昼の留守番なんです♪」 どうやら女将さんの近所のお友達らしく、不在中に我々が到着してもいいようにということなのか、留守番を頼んでおられたらしい。 なんだかノリが水納島っぽくてステキ。 案内された部屋は、3階にあった。 我々が予約してあったものよりも随分アップグレードしていて、それぞれ8畳間くらいの和洋2部屋続きで超広い。 和室。
そして奥に見えているのが……
洋室。 もちろんインバス・イントイレ(でも風呂は大浴場で)。 しかも和室の窓から西を望むと……
町並みの向こうに海が見える!! オーシャンビューなうえに、女将さんによるとこの季節はサンセットビューでもあるらしい。 一方東側は……
空港バスでそばを通りかかった出雲ドームが遠くに見えている。 神迎の道側からの佇まいしか見たことがなかったから、まさか部屋からの眺めがこんなに見晴らしよいとは思いもよらなかった。 大島屋旅館は出雲大社の正門同様、勢溜を形造っている砂丘の「丘」部分に建っているから、その背後は丘の麓になるわけで、そのおかげで3階という本来の高さ以上の眺めになるのだ。 ところで。 出雲大社は大昔から参拝客が訪れていたとはいっても、今のように人が気軽にあちこちに行ける移動方法がなかった当時のこと、江戸期以前は、東は米子あたり、西は温泉津あたりといった、かなり限られた狭い範囲の人々の信仰対象でしかなかった。 上古以来、その成り立ちゆえに朝廷が、鎌倉時代になると幕府が、戦国時代の間はご当地大名尼子経久がそれぞれ受け持っていた神社の財政的負担は、安土桃山時代には阿国さんが勧進のために全国に興行に回らなきゃならなかったくらいだから、相当大変だったのだろう。 その後豊臣政権が、そして江戸時代になって当初は幕府が面倒を見ていたそうなのだけど、おりからの江戸幕府の財政逼迫のあおりで、出雲大社の遷宮も修理も、にっちもさっちもいかなくなってしまったという。 そこで出雲大社の人々は、無い袖は振れない江戸幕府の許可を得て、遷宮をはじめとする莫大な費用捻出のために、参拝客を出雲大社へ誘致する営業活動を始めるようになったそうな。 いわば官製営業(?)のようなものだから諸国での信用度は高く、そば一食タダ券クーポンを付けたりといった工夫も加わり、次第次第に出雲大社参拝は全国的な人気を誇るようになり、出雲地方は一大観光地になっていったのだとか。
このあたり、同じく神社の諸経費捻出のための営業活動が功を奏し、江戸時代になって大流行したお伊勢参りと似たような経緯だ。 ひょっとすると出雲大社は、伊勢神宮の参拝客誘致活動にヒントを得たのかもしれない。 ともかくそんなわけで、出雲大社に全国から多くの参拝客が訪れるようになったのは、出雲神社参拝=観光客誘致運動の成果が出てきた江戸も半ばの頃からで、大島屋旅館さんはそのブーム到来の初期も初期に創業されているわけだ。 いわば、全国に広まった出雲大社参拝の民俗博物館なのである。 …という目で見れば、3階まで階段で上がるのがしんどい、といったことなどは些末なことでしかない。 さてさて、歩き回って疲労困憊した体を大浴場に浸し、ジワジワジワ〜と疲労の塊が体の外に出ていくのを味わってから、いよいよ待ちに待ったお食事タイム。 案内してもらった1階のお食事用の部屋には……
ご馳走がズラリ! 沖縄モズクに比べると相当細いモズクの酢の物、おそらくタイとブリのお刺身、サザエのつぼ焼き、タイとブリの煮つけ、そしてご当地産だろうか、豚肉のしゃぶしゃぶに、食後のデザートまでついている。 ご馳走である。 どれもこれも美味しかったなか、オタマサはとりわけ煮つけを激賞していた。
なんだか懐かしい味がする。 というか、美味しいのはそもそも素材の良さということも大きいんだろうけど。 このところ旅行といえば素泊まり&酒場放浪記だったため、「宿の食事」をいただくのは随分久しぶりのことだ。 全面的にオマカセって、なんて楽チンなんだろう。 こんなおいしい肴を前に、酒がないなんてことになったらちゃぶ台返しになってしまうから、当然ながらビールや酒も頼めるかどうかは事前にチェックしてあった。 というわけで、初出雲を寿ぎ、乾杯。
この時期だからか部屋食でも食堂というわけではなく、一組ごとに別室に用意されていて、部屋はこういう感じになっている(額の中はおそらく阿国さん)。
なので同宿の方々と話が弾む…なんてことにはならないのだけど(いずれにしてもさすが閑散期、我々の他には女性客がお1人いらっしゃるだけだった)、そのかわり落ち着いて……というか、アウェイ感でキンチョーすることもなく、普段どおりダハダハダハと食事することができる。
宿ではビールのほか、地酒を常時2種類ほど用意している。 こちら。
出雲市にある旭日酒造の「純米 生」。 旭日酒造といえば、出雲大社のお神酒という誉れ高きVIP銘柄「純米酒 八千矛」の、現在の蔵元である(2013年に古川酒造から引き継いだそうな)。 御神酒である純米酒八千矛は、先刻お邪魔した山崎酒店さんで試飲させてもらっていた。 わりと古酒っぽいというか、いわゆるシェリー酒っぽい感じのお酒で、食前食後にお酒だけでいただくなら味わい深い美味しいお酒ではあるけれど、食中酒とするにはいささか味が強い。 一方、同じ酒造所でもこちらの純米生は、食中酒にバッチリ。 八千矛を除き、試飲させてもらった出雲のお酒は、どれもこれも食中酒として最適だったような気がする。 ともかくそんなわけで、美味い肴に旨い酒があればそれだけでこの世の春。 携帯電話が勝手に表示する万歩計は、この日だけで2万歩を計測していた。 心地よい疲労に包まれた体に、美酒が染み渡る……。 そうそう、酒も肴も美味しいけれど、ごはんだって負けてはいない。 御櫃で用意してくれるごはん、アルデンテ気味な炊き方はワタシのツボで、たちまちバカの三杯飯になってしまった。 そういえば、空港からの道はほぼほぼ稲作地帯だったものなぁ。 さすが米どころ。 と女将さんに言うと、 「いえいえ、あのあたりの米は大したことないんですよ」 とご謙遜。 女将さんによると、出雲で米といえば、名酒「七冠馬」を作っている簸上(ひかみ)清酒がある奥出雲産が美味しいとのこと。 でも普段少量の米を小さな炊飯器で、それも硬水で炊いて食べているワタシにとっては、おそらくは新米であろう炊きたてのごはんは無上のヨロコビ。 米を肴に酒が飲めるほどだ。 とはいえここで調子に乗っては後々大変なので、断腸の思いで御櫃のごはん完食は諦め、いい心地のまま食事を終えた。 あー美味しかった! ちなみにオタマサは、このあとちょいと部屋飲みタイム。 山崎酒店でゲットした七冠馬を、一人チビチビとやっている。 洋間にベッドがあるおかげで、和室でダラダラと飲み続けるオタマサをなんら気にすることなく、シアワセの爆睡時間に突入するワタシなのだった。 早い時間に床に就いたので、翌朝は生前のマサオさんなみの早朝に起床。 前日スーパーラピタで買い求めてあったご当地牛乳で喉を潤す。
木次パスチャライズ牛乳。 これがまた超特濃ミルク。 この雲南市にある木次乳業さんが作っている牛乳、普段飲んでいる宮平牛乳と成分も製法もほぼ同じでこの味の違いってことは、そもそもの生乳の味の違いってことなのだろうか? 牛乳ラブなオタマサが目を見開いて驚くほどに美味しかった逸品だ。 さて、このあと早朝にちょっとばかりお出かけし、1時間ほど歩いて再び宿に戻ってきたころには……
朝食♪ 素泊まりではけっして味わえない、由緒正しい旅館の朝食。 ただしいつもなら朝から酒!と言いかねないオタマサも、早くも連日の酒と歩きすぎで、さほど体が欲しているわけではない模様。 夕食のしゃぶしゃぶもそうだったけど、朝食でもお豆腐メインの鍋物がファイヤー方式だったので、熱々でいただけたのがありがたかった。 朝食で気になったのは、チクワブの輪切りのような形の練り製品だ。 これが民宿のように厨房がすぐ近くにある食堂であればともかく、旅館の食事の間でいただいているとそばに宿の方はいらっしゃらないから、食事中の疑問は容易には解決しないのだった。 ここ出雲には1泊の予定だから、この日午前中にはチェックアウトしなければならない。 しかし午前中はもうしばらくこのあたりを散歩したい我々としては、チェックアウトは済ませておき、荷物だけ宿に預かっておいてもらうことにした。 ただ、ちょうど我々が荷物を受け取りたい時間帯は、女将さんは留守にしているという。 さてどうしようか…と思ったら、 「預かっておきますから、玄関から入って荷物を持っていってください」 と、これまた水納島風のノリで解決。 お言葉に甘えて荷物を置かせてもらい、後刻荷物を受け取りに来ると、奥から取り出したスーツケースには……。
なんだかほっこり暖かくなるメッセージが。 こちらこそ、閑散期にもかかわらず気持ちよく滞在させてくださりありがとうございました。
玄関ロビーで朝のうちに撮っておいたツーショット。 創業250年余の旅館で生まれ育った方だから、出雲大社はもちろん、おいしいそば屋さんまで、このあたりのことならなんでも知っている女将さん。 大島屋旅館、我々のように出雲シロウトの方でも、大船に乗った気持ちで過ごせること請け合いでございます。 ご予約はこちらから♪
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