5・出雲そば〜千鳥そば編〜
今回の出雲行に際しては、いつものような入念な下調べはしていない。 なにしろ出雲滞在は一泊だから、あれやこれや調べるほどの事もないだろう。 でも。 そこはそれ、お昼に食べたいものについてはいくつかピックアップしてあった。 出雲には出雲そばなるものがあるという。 うどんラブなワタシはそばについてはさほど嗜好はないのだけれど、ご当地でしかいただけないものとあれば、せっかくのこの機会、食べておくに如くはない。 ただし日本有数の観光スポットにあって現地イチオシのメニューとなれば、そこらじゅうが人気店になっているのは想像に難くない。 できるだけ美味しいものは食べたい、かといって並んでまでしてそばを食べるのもなぁ…… と思いながら調べていると、なるほど、出雲大社の直近周辺は混みあうものの、もう少し足を延ばせば混み具合がいたってフツーの美味しい店がいくつかあるようだ。 というわけで、予約してあった宿に荷物を預かってもらい(チェックイン可能時刻までまだ随分あった)、目当てのそば屋を目指すことにした。 出雲大社正門脇から稲佐の浜へと続く「神迎の道」は、ブラタモるタモリが好きそうな段差のある↓この坂道を下りきったところで、お宮通りと合流する。
そこは古くから四つ角と言われている場所で、四方から道が合流するため、ちょっとしたロータリー状態になっている。
江戸の昔も、道のありようはほぼ現在のとおりだったそうだ。 目指すそば屋さんは、この四つ角から市場通りに少し入ったところにあった。
千鳥そばさん。 老舗が建ち並ぶ界隈にあっては比較的新しいお店のようながら、観光人気に胡坐をかくことなく地道に美味しいそばを食べさせてくれるお店らしい。
出雲そばといえば出雲人のソウルフード。 というわけで、やってきました初出雲そば。 昼過ぎということもあって店内は空いており、のんびりできそうな雰囲気。 さてさてメニューを拝見。 出雲そばといえば割子そば。 けっしてイコールではないのだろうけれど、観光客としてはまずこの割子そばははずせない。 といいつつ、割子そばっていったいなんね? コトバンクに記述されているものをそのまま紹介してみよう。 ●割子そば 島根県出雲地方の郷土料理で、風味の強い挽きぐるみのそば粉を用いた色の濃いそばを、割子(わりご)という三段重ねの朱塗りの丸い器に盛って供するもの。 フムフム、なるほど。 この説明を読む限りでは三段がノーマルのようながら、近頃のメニューでは各店とも四段、五段なども用意しているらしい。 にしても、なんでわざわざこのような器でそばをいただくようになったのだろう?
気になったので調べてみると、そもそもの発祥は江戸の昔に松江の粋人が野外でもそばを食べられるよう弁当箱として考案したそうだ。 こちら千鳥そばさんでは三段と五段がメニューにあり、さらにノーマル割子そばのほかに特注割子そばなるものも用意されている。 各割子に、とろろ、卵、鰹節をそれぞれトッピングしたものだ。 特注もかなり惹かれるものがあるし、釜揚げそばなんてのも捨て難い。 しかし初出雲の身の我々としては、まずはノーマルで出雲の神々からの洗礼を受けよう。 というわけで、初割子そば!!
このように三段重ねられて登場する(そば湯も湯呑でついてきます)。 このまま上の段から順にいただくのが作法のようで、つゆをまず上段に注ぎ、そばを食べ終わったあとにつゆが残っていたら、次段にそれを注ぐという、実に無駄のない方式。 ちなみに他の段はどうなっているかというと……
みな同じ顔(笑)。 ひとつひとつの器は底深いものではなく、各器に盛られているそばの量はウィスキーでいうならダブル程度だから、腹を空かせまくった男性なら迷わず五段にしたほうがいいはず。 さてさて、作法どおりまずは一段目につゆを注ぎ、襟を正して実食。 はたして出雲人のソウルフードのお味は…… お…… 美味いッ!! 初めてのことだから他と比べるすべは無し、そばについて深く語れもしないけれど、完璧なアルデンテのそばが、つゆと絡まってほどよく喉をすり抜けていく。 こりゃあ五段にしておけばよかったかも…。 夕食までさほど時間が空かないということもあって、いつになく慎重になってしまった自分がニクイ……。 オタマサも聞きしに勝るお味に満足の様子である。
もちろんビール付き。 このあと出雲大社に参拝するというのに、酒飲んでからでいいんだろうか? …ということも多少は考えたものの、出雲そばとともにいただくビールなんていったらあなた、お神酒のようなもの。 まったくノープロブレムである(※個人の感想です)。 ところで。 空いているはずの店だったのに、なにやらオタマサの背後の様子がおかしい。 実はこれ、島根県だったか出雲市だったかのPR用VTR収録のためのロケだそうで、制作スタッフの一人がこの店のご主人(らしき方)の友人ってことで、出雲そば紹介編のロケ場所に選ばれたそうな。 壁に貼られてあったローカルCMのポスターを剥がす下っ端スタッフたちのあとから、このようにカメラ器材を抱えた人々が次々に入店。 店はにわかに緊張に包まれ始めた。 ……その中でそばをズルズル食べる我々。 先客だった年配の男性2人連れはどうやらこのあたりの名士さんのようで、ロケスタッフの一人が彼らに事情説明をしていた。 「このあと落語家の吉弥さんがいらっしゃって、撮影を始めます」 ん? 吉弥師匠? それってもしや、桂吉弥?? え”――――――――ッ!! 上方落語界の噺家さんではあるけれど、NHKの朝のテレビ小説「まんぷく」にも出演しているようだから、ご存知の方も多いことだろう。 その昔クロワッサンのゲストには、上方落語を語らせたら右に出るものは故・米朝師匠くらいといわれるほどに落語ラブな方がいらっしゃって、その彼から落語の録画ビデオをたくさん頂戴しては、いろんな噺家の落語を鑑賞させてもらったものだった。
そのなかの一人に、当時まだ若手だった桂吉弥もいた。 といったことを思い出しているうちに、吉弥師匠登場!! おお、衣装は寄席における噺家スタイル!! すでに師匠入店前に照明から音声から調整を終えていたロケスタッフたちは、大将に釜揚げそばを用意してもらって、さっそく撮影を開始した。 ちなみにそれまでの間、ごくごく一部のスタッフを除き、誰一人として周囲の一般客(ようするに我々)に対する説明も詫びも一言もなし。 おかげで我々は、そのままそばを食っていいのか、ビールを次いでいいのかわからず、ただジッとしているしかなかった。 もちろんのこと、聞こえてくるのはいささかぎこちない女性インタビュアーと、吉弥師匠のやりとりのみ。 そしていよいよ、師匠による釜揚げそばの実食となった。 さすが普段から高座でエアーうどん(?)を演りなれている師匠、そばをいただく様は実に同に入っていて(スタッフで見えなかったけど)、ズルズルズル…と喉越し良さそうな食べっぷりといい、本人談の感想といい、思わずワタシもあとで釜揚げそば頼もうかなぁ…と考えてしまったほどだ。 インタビューに応えている吉弥師匠の話からすると、出雲地方にはちょくちょく仕事で足を運んでいるそうで、そのつど暇を見つけては割子そばを食べているのだとか。 今回は地元イチオシの釜揚げそばの実食ということで、師匠本人も初体験的感想だった。 比較的短めの収録はテイク1で見事に終わり、以後はスタッフも交えてそばタイムになる模様。 その時師匠が迷わずオーダーしたものは…… ……やっぱり割子そばなのだった。 仕事タイムが終わり、そばが来るまでのひとときとなっている間に、その時点で店内唯一の一般客である我々は、お勘定を済ませておいとますることに。 すると、座敷席にいた吉弥師匠が、わざわざ自ら上がり框まで足を運ばれ、 「お食事のところ、騒々しくしてすみませんでした」 と、なんとも丁寧に我々にご挨拶してくれた。 他のスタッフの誰一人として、我々にはそのような気遣いひとつ見せなかったというのに!!
なんていい人なんだ、吉弥師匠! …という感動を素直に師匠に伝えればいいものを。 こういう場合、なにかにつけイチビッてしまうワタシは、すかさず師匠に応えた。 「いやあ、リアル時うどんが観られるのかと思いました!」 吉弥師匠、苦笑い。 もちろん、言外に「どうぞお気遣いなく…」という意味を込めたんですけどね、ええ…。 それにしても、まさか出雲大社に来て当代屈指の上方の噺家さんに会えるだなんて。 さすが出雲大社、縁結びの威力は半端ではないかも。 ところで。 ずっと一部始終を一緒に観ていたオタマサはというと。 店を出てから一言。 「ねぇねぇ、あのヒトって有名人?」 ワタシがすでに述べたようなことを説明すると、 「あー、だったら一緒に写真に写ってもらえばよかった!!」
モノを知らぬということは、時として残念な思いを味わうこともあるようだ。 ちなみに吉弥師匠は、3月末にも再び出雲にやってくるようだ。
きっとまた現地ご滞在のおりには、割子そばを堪能されることだろう。 さてさて、腹も落ち着いたことだし、いよいよ出雲大社初参拝といきますか! |