18・エピローグ
〜そして新たな歴史が始まる〜

 

 めくるめく夢のような日々が、そろそろ終わろうとしている。

 この日我々は、ついに金沢を去らねばならない。

 とはいえ昼過ぎのサンダーバードで京都に向かう予定だったから、午前中はたっぷり時間がある。

 そこで、前日までに下調べが済んでいる近江町市場でお土産を買い求め、未練を残さないよう大事なものを食べ納めておこう。

 荷物はいったん金沢駅に寄ってコインロッカーに預けることにし、3泊お世話になった木津屋旅館さんは9時過ぎにチェックアウト。

 女将さんにはいろいろワガママをきいてもらって、すっかり我が家のように過ごさせていただいた。
 聞けば、女将さんも沖縄に、それも美ら海水族館にも訪れたことがあるという。

 なんだか金沢の人たちって、会うヒト会うヒト誰も彼もが、沖縄にお越しになったことがあるみたいなんですけど……。

 滞在中何度も通った百万石通りを見納めつつ、近江町市場に到着。

 目をつけておいたいろんな店でいろいろと買い(目をつけていた店の一部が定休日だったりしたけど…)、甘海老コロッケも食べ納め(前日のにぃにぃは我々を覚えていてくれて、いろいろと地元の話を教えてくれた)、今朝のメインイベント会場へ進む。

 ここ。

 カレーのチャンピオン近江町市場店。

 近頃は全国各地でご当地カレーがもてはやされているけれど、金沢カレーも、近年いくつかのチェーン店が東京に進出したことも手伝って、そのブランド価値を急速に高めているのである。

 そのため金沢には、「元祖」、「秘伝の」、「昔ながらの…」などというカレーの謳い文句が飛び交っており、すでにカレーの聖地となっている感がある。 

 ここ近江町市場の地階にも、カレー屋さんが2店舗入っているのだ。

 各本店を巡る時間はなかったキレンジャーとしては、このチャンスを逃す手はない。 

 開店早々に早くもカレー待機状態の胃袋を抱えてお店に行くと、券売機で食券を購入するシステムだった。
 それでも店のスタッフが来てくれて、実に丁寧に説明してくれた。

 これなら、金沢カレー初心者の我々でも安心だ。

 で、選んだのがこれ。

 金沢カレーといえばカツカレーが定番なのである。

 カツのサイズやご飯の量などをいろいろ選択できるメニューのラインナップだったので、オタマサはこれ。

 今宵に待ち受けるアナザークライマックスにお腹パンパン状態で臨むわけにはいかないから…ということで、メニュー中最小のいわば素カレーをオーダー。

 ちなみにこのメニューには、本来はキャベツはついていない。
 ところが券売機で選んでいるときに、野菜も食べたいオタマサは、カツカレーからキャベツを分けてほしいと僕に駄々をこねていた。

 それを聞きつけた店のスタッフさんが、最初からわざわざ素カレーにキャベツを載せてくださったのである。

 なんというお心遣い。

 券売機システムの店には人情が入り込む余地など無さそうに見えながら、どうしてどうして、やはり機械は機械、人は人。
 要は利用するヒトの心持ち次第なのだ。

 さぁお待ちかね、ついに実食!!

 こ……このカレーは!!

 なんと濃厚なルー。

 余計な水分をすべて空気中に弾き飛ばしました的な、それでいて喉にはりつくような粘性でもない、いわばカレーの100パーセント果汁とでもいうべき濃密エキス。

 これがまた……

 旨いッ!!

 キレンジャー、大満足。

 具のトンカツもかなり気合の入ったもので、金沢ではカツカレーが定番というのも頷ける。
 願わくは、このトンカツがルーの上であてもなく漂うくらいのルーの量が欲しいところだけど、そういうバージョンの選択肢は券売機にはなかった。

 金沢カレーがどれもこれもこういうルーなのかどうかは調査が及ばなかったものの、少なくともこの「カレーのチャンピオン」のチャンピオンカレー略してチャンカレは、我々のツボにドボッとハマった。

 金沢カレーを食べるという最後のミッションを終え、もう思い残すことはない。

 このあと、サンダーバードの車内のひとときをシアワセにするためにいろいろ買い揃え、ついに市場をあとにする。

 人生初の金沢は、たった3泊だというのに、チャンピオンカレーなみに濃厚な日々だった。
 目的が目的だけに、ベクトルはほとんど酒肴に向いていたとはいえ、街の雰囲気もしっかり心に残っている。

 埼玉から7時間半かけてやってきた長旅は、十二分にその甲斐があったといっていい。

 そんな金沢へ、北陸新幹線が開通すると東京から2時間半で来られるようになるという。

 「便利」になるのは間違いない。
 でも、その「便利」の陰で失われていくもの、変わってしまうものも必ずある。

 今回我々が利用した信越本線や北陸本線は、北陸新幹線の開通にともない、第3セクターが運営する路線になるということは先に触れた。

 えちごトキめき鉄道なんてのをはじめとする、昨今流行りの日本幼稚化ネーミングの社名がどうこういう以前に、なんとその区間の路線では、「青春18きっぷ」が使えなくなるというのだ。

 あれですか、新幹線が開通すると、金沢へ行くことができるのはある程度以上の経済力があるヒトだけってことになるわけですか。

 その昔実家の父も、まだ青春18きっぷなどなかった若い頃、日本各地を鈍行列車で旅をしたという。
 当時の路線図の復刻版という、マニアックなものを観ながら、往時を懐かしみつつ父が聞かせてくれたそのルートは、聞いているだけでうらやましくなる実に楽しそうな旅の数々だった。

 鈍行列車での旅となると、「便利」の対極にある移動であることは言うを俟たない。
 しかしそれはまた、時間をたっぷり使うという意味でとてもゼータクな旅でもある。

 北陸新幹線は、日本に残された数少ないゼータクな旅を、またひとつ奪うことになるのだろう。

 それは旅行者の勝手な言い分かもしれない。

 街のいたるところで新幹線開通を今や遅しと待ち望む広告があったくらいだから、地元金沢の人々にとっての北陸新幹線の開通は、諸手を上げて歓迎すべきことのようにも思える。

 ところが。

 前夜鮨みつ川さんで居酒屋モードになった終盤、大将やお2人の常連さんと、北陸新幹線の話になった。
 旅行者の僕たちが否定的なことを言うのもなんなので、開通したら便利になってたくさん人が来るじゃないですか、というと、お三方とも口を揃えて、

 「いやぁ〜〜、どうかなー…………」

 練習してたんですか!?ってなくらいの見事に揃ったコーラスでおっしゃったのが、とても印象的だった。

 東京方面から来るお客さんが増えるとかいう話以前に、金沢にとって北陸新幹線の開通は、はたしていいことなのかどうかということについての反応といっていい。

 東京から金沢まで2時間半ということは、当然ながら金沢から東京まで2時間半、ということでもあるのだ。

 何かが変わってしまいそうな気配がプンプン漂う……。

 また、東京にも金沢にも日々の暮らしの中で特に用はないかもしれない在来線沿線の方々にとって、北陸新幹線開通=在来線の第三セクター化によって得られる「便利」と、蒙る「不便」のバランスがどうなっているのか、じっくり問うてみたいところだ。

 そうはいっても、世間は新幹線開通ムード一色。

 各テレビ局は金沢紀行番組の目白押しだ。
 兼六園ですれ違った北斗晶も、そういった番組のロケだった。
 おそらくサザエさんの春のオープニングも、ロケ地は金沢になるのは間違いない。

 そしてNHKBSの「世界ふれあい街歩き」なんて、3月10日に特別編で金沢の街歩きを放送するという。

 金沢ブームに沸くテレビ番組。
 しかしここでひとつ言っておかねば。

 大阪・京都からは、ずっと昔から金沢まで2時間余なんですけど。
 大阪・京都の人々にとっては、昔から金沢は手軽に行ける観光地だったのである。

 近くなった、と喜んでいるのは東京方面の人たちだけなんだから、金沢紹介番組は関東・甲信越地方ローカルで放送しておけばいいじゃん。

 世界ふれあい街歩きは、世界でふれあっていればいいのである。

 東京のヨロコビをなんでもかんでも全国に撒き散らすんじゃない。>各テレビ局。

 ともかくもそんなブームが沸き起こると、きっと金沢も今のママではいられないことだろう。

 あの那覇空港のキリンビア&スナックがランチメニューメインの店に変わってしまったような「変化」が、金沢でも見られるようになるかもしれない。

 今を遡ること四半世紀前に、大阪の両親が金沢を訪れていることはすでに何度も触れた。
 見せてもらった写真の中には、金沢駅の写真もあった。

 ご承知のように、現在の金沢駅東口はこんな感じ。

 それが24年前はこうだったのだ。

 なんという変わりよう!!

 地酒の宝庫というイメージがある金沢で、デカデカと「日本の酒 月桂冠」と掲げられている看板が時代を感じさせる。

 まぁこの場合、どっちがいいかと言われれば今の駅、という方が圧倒的に多いだろうけれど、ことほどさように世の中は常ならず、仏の道的に言うなら無常なのである。

 ということは、今現在ステキなものが、もっと良くなるかもしれないし、ステキじゃなくなるかもしれない。

 この先どっちに向かうにしろ、とにかく今現在の姿を見ておきたい。

 であればこその、北陸新幹線開通前の金沢探訪なのだった。

 3月14日、新幹線が春を連れてやって来る金沢。

 その未来が清らかに輝くことを祈りつつも、それ以前の金沢を訪れたことがあるという、ちょっぴりうれしい思い出を、我々は旅のとっておきのお土産にすることができたのだった。

 ………そして、新たな歴史が始まる。