6・主計町茶屋街散歩

 

 電車が遅れることもなく、乗り遅れることもなく、むしろ当初の予定よりも早く宿に到着できたおかげで、夕方までしばらく時間が空いた。

 せっかくだから、主計町茶屋街を散策してみることにしよう。

 主計町茶屋街は、金沢3大茶屋街のひとつとして有名ではあるけれど、1泊2日で充分!とも言われる金沢観光ガイド的には、浅野川を挟んでお隣にあるひがし茶屋街を回ってから、

 時間があれば足を延ばしてみて……

 という扱いであることが多い。

 ということは、時間がない多くの方にとっては未踏のゾーンになっている茶屋街、ともいえる。

 その点我々は時間があればもなにも、ハナからそこに滞在しているのだから、足を延ばさずとも散歩がてらの散策でまったく事足りてしまう。

 主計町茶屋街は、先のページで紹介したとおり、川沿いの通りがメインストリートになっている。 

 若葉が青々としている季節や、桜の季節、もしくは雪景色になっていればより一層風流な通りになるのだろう。

 あいにく冬枯れの今の時期、雪が無い曇り空の下では寒々しいだけの景色になってしまうのは否めない。

 ただし、暮れなずむ空の下、外灯や行燈に灯がともると、俄然風情が出てくる。
 冬じゃなきゃ、浴衣でしっぽりお散歩してみるのもオツかもしれない。

 店舗になっている町屋もそれぞれ風情がある看板をさりげなく出していて、店先はいかにも茶屋街ってな感じだ。

 建物が往時の茶屋の造りで、なおかつ店の表がこんな感じだと、おいそれとは入れない、ましてや一見は無理って最初から諦めムードになるところ。

 ところがたいていのお店は我々でさえ入ることが可能な程度に一般向けなので、門構え店構えでたじろぐ必要はない(一見不可のホントのお茶屋さんもある)。

 そんな通りから一筋中に入ると、途端にヴィッコロストレットな裏路地に。

 見た目裏路地ながら、こちらの通り沿いにお店を構えているところもあるので……というか、本気のお茶屋さんはこっちの側でさりげなくひっそりと、それでいて荘重に営業しているらしい。

 そもそもがこういうスージィグヮーの街なのだ。

 この主計町茶屋街は、大通りから来ると川に向かって降りてくる土地になるため、茶屋街の裏側から直接来る際には、階段になっている坂を通ることになる。

 往時は旦那衆が人目を忍んで茶屋に行き来していたという坂があり、その名を暗がり坂という。

 冬のため木々が葉を落としているからすっかり明るい坂道ながら、季節が過ぎてやがて木々が鬱蒼と茂れば、お忍びで来るにはうってつけの昼なお暗い坂道になるのだろう。

 主計町茶屋街へと続く階段坂はこの暗がり坂のほかにもうひとつある。
 長らくこれといった名前が無いままだったので、付近一帯の住民たちが、金沢に縁のある作家五木寛之に命名をお願いしたところ、巨匠は快く引き受け、その坂道に名をつけたという。

 その名を…

 きょ…巨匠!!暗がり坂に対して「あかり坂」ってあなた、芸が無さすぎなんじゃね???

 ま、いずれにしても、ちょっとした坂や階段にさえ名前を付けたいと思うほどに愛着を持つというのは、それはそれでとてもいいことなのだろう。

 暗がり坂を上ると、そこは神社の境内だった。
 久保市乙剣宮と書いて、「くぼいちおとつるぎぐう」というのだそうだ。

 このあたりに作家泉鏡花の生家があり、この神社も鏡花が子供の頃の遊び場だったなんて話があったり、境内には鏡花の句碑が建てられていたりするらしい。
 しかし泉鏡花にはまったくなんの興味もなかったので完全スルー。

 そっちをスルーすると、この神社はようするに、神様の領域から男衆にとっての天国へ通ずる道、という存在に見えてくるのであった。

 その天国への通り道が暗がり坂で、現在はその暗がり坂を降りきったところに、主計町料亭組合事務所という建物がある。

 組合事務所といいながらも、その実は主計町茶屋街の芸妓衆の稽古場だそうで、中から三味の音色が漏れ聴こえてくることもあるという。

 我々が通りかかったこの時も、三味だけではなく笛や鼓も混じったにぎやかで艶やかな音色が、通りをほんのり淡く染め上げるように響き渡っていた。

 ああ……茶屋街ですなぁ。

 主計町茶屋街が寄り添っている浅野川は、水量豊かでありながら、流れはあくまでも穏やかな優しい川だ。

 その水面にユリカモメが群れている。
 
 主計町茶屋街は、往時の趣きに価値を見出している界隈だ。

 そして川に架かる数本の橋もまた、茶屋街の風情に合わせた趣あるデザイン。

 が。

 その橋を渡って対岸に行くと、「景観」の保全に対する強制度がかなりやわらぐのか、夜には勘違い甚だしいように思える妙な電飾を施した家があったり、今風の大衆浴場の建物があったりする。

 対岸もまた同じように趣ある景観を意識した町並みであれば、川を挟んだ互いの目に優しくなるだろうになぁ……。

 さて。

 双方の実家へ帰省するついでの旅行なので、帰省も合わせると全体の日数は長い。
 となるとこのあたりで洗濯をしておかねば、この先衣類に不自由することになってしまうから、例によってまた現地でコインランドリーに頼らなければならない。

 それなりに都会だから、コインランドリーのひとつやふたつはどこかしらにあるだろうけれど、景観に配慮した観光地にいる今、最寄りのコインランドリーでさええらく遠いところだったらどうしよう。

 …という危惧を抱いていた我々だったのだが。

 なんと川を挟んだ目の前、浅野川大橋橋詰に、設備の整ったコインランドリーがあった。

 こんな近い場所にあるのなら、翌日ちょっと空いた時間で洗濯モンダイはクリアできてしまう。
 なんだかんだいいながら、対岸がフツーの町だったおかげで助かった我々のなのである。

 さぁて、あたりはいつしか灯ともしごろ。
 いよいよ今回最初の酒タイムが待っている。

 ひとっ風呂浴びて、夜の街へGO!