8・朝からお寿司

 

 暖房がしっかりしているし羽毛布団はフカフカのホカホカだから、部屋の中にいるとほとんど寒さを感じなかったのだけど、一夜明けて障子を開けると、外はうっすらと雪化粧が施されていた。

 それなりに寒そうだ……。

 しかしこの日は寒さに負げているわけにはいかない。
 なにしろ朝からお寿司を食べようと企んでいるのだから。

 昨オフの築地ですっかり朝寿司にハマってしまったので、ここ金沢でも朝から酒飲みながらお寿司をいただける店があることを知った時には狂喜したものである。

 7時半から10時までの間、「朝握り」なるメニューを用意している店が近江町市場内にあるのだ。
 この朝開店早々にお邪魔することにしていた。

 木津屋旅館から近江町市場までは歩いて15分ほど。

 昨日は本来その道を通って主計町茶屋街までたどり着くはずだったところ、道を間違えてしまったのでこの朝初めて通ることになる。

 いささか遠回りながら、わかりやすく浅野川大橋の橋詰から交差点に出て、大通りを歩く。

 すると唐突に、誰に気づかれることもなさげな場所に、歴史的遺構が顔を覗かせていた。

 その唐突さはまるで、街中を歩いていると突然2000年前の巨大な遺構が出てくるローマのような雰囲気。

 はて、これはなんだろう?

 管理者の金沢市の歴史遺構整備課が設けている案内板によれば、これは金沢城の惣構跡なのだそうな。

 江戸の昔には金沢の城下町の内側と外側にそれぞれ堀が張り巡らされていたそうで、ここはそのうちの「東内惣構堀枯木橋詰遺構」ということらしい。

 このすぐ近くに、土佐の高知のはりまや橋なみに「え?ここが橋?」という程度の枯木橋が今も残っていて、江戸の昔にはその橋が、旧北国街道が城下に入る要所だったのだとか。
 そのため当時の橋にはちゃんと門があって、木戸番が人の出入りをチェックしていたそうである。

 ところで、金沢に来るまでまったく知らなかったのだけど、前田利家入府の頃の金沢城をはじめとする様々な建築に、かつての高槻城主高山右近が深くかかわっているという。

 キリシタン大名ということが仇になって表舞台から退かざるを得なかった高山右近は、その築城技術を買われて前田利家に招かれ、金沢でその腕を大いにふるったのだそうな。

 この内惣構も彼の手によるもので、おかげで故郷高槻のヒーロー(?)の意外な足跡を知ることとなったのであった。

 往時は街道筋の要所だった枯木橋も、今では交通量の多い国道になっている。
 そんな国道の中央分離帯はこうなっていた。

 おお、これがウワサの融雪用の水か!!

 大した雪ではないのに、道を行く車の足回りがやたらとビシャビシャ音を立てているなぁと思ったら、大量の水が流れ出ているせいで道路は大雨の最中のような状況になっていたのだ。

 でまたみなさん運転が荒いので、水浸しの道を行く車がしぶきをはねまくり。

 道路の整備具合がいいためか水溜まりができてないからいいようなものの、これで随所に水溜まりができていたら歩行者はたまったものではない。

 そんなビショビショ通りを歩きつつ、枯木橋を渡るとかつての城下町になる。

 城下町だっただけあって、古い建物が今もなお数多く残っている通りだ。

 こういう建物なんて…

 歴史的遺構として保存されている建物なのかと見まがうほどだけど、なんとなんと、ここは……

 現役の薬局なのだ。

 びっくりしたので思わず写真を撮ってしまった……。

 そのほか築100年200年ってな感じの木造建築が多々ある一方で、江戸の昔から営業を続けている老舗も多い。

 なかには「加賀藩御用達」と謳っている和菓子のお店もあった。

 そりゃご当主前田家御用達ともなればさぞかし羽振りも良かったろうけれど、藩政改まって明治の世になって以降、営業の方は大丈夫なのだろうか…といらぬ心配をしてしまった。

 そんな趣ある木造建築が多い通りをテケテケ行くと、たどり着くのがここ。

 ご存知、近江町市場。

 その存在を知った我々にとって、今回の金沢観光でここをはずすことなど考えられない場所だ。 
 青果業者も多いとはいえ、やはり鮮魚関係が最重要ポイントといっていい。

 早い話が那覇の牧志公設市場のようなところ。
 観光客も大勢来るようになっているけれどまだまだ圧倒的に地元の方の利用も多く、飲食業っぽい方々がフツーに買い付けに来ている様子がうかがえた。 

 出入り口は市場のあちこちにあるので、全方位どこからでも入ることができる。
 中に入ると迷路のようで、彷徨っているうちに同じ場所を何度も通っていたりする近江町市場。

 それでもさすがに7時過ぎだと、開いている店はまばらで、たとえ開いていても準備に大わらわという時間帯だった。

 そんな市場の入り口のひとつ、市姫神社口付近に、この朝我々が目指しているお寿司屋さんがある。

 その名を「山さん寿司」という。

 朝握りというセットメニュー自体には、ネタの目新しさというかけっして他所では食べられません的なものはないけれど、握り6貫に太巻き4つで980円というセットは、ある意味朝マックなみにリーズナブルではあるまいか。

 さっそく朝握りをお願いし、ダハダハダハと乾杯する。

 背後の掛け時計が示している時刻はまだ8時前……。

 にもかかわらず、しょっぱなから純米吟醸で攻めるオタマサ。

 実はこの時、オタマサは純米酒「加賀蔓」をオーダーしたのだけれど、仲居さんが持ってきてくれたのはワンランク上の純米吟醸「加賀鳶」。

 まぁ、さして値段に差があるわけじゃなし、同じ加賀のお酒だから特に問題はないものの、なんともアバウトな……

 ……って、朝から酒飲んでるヤツに言われたくはないか。

 さてさて、気になる「朝握り」はこんな感じ。

 この際サーモンはどうでもいいんだけどなぁ…と見くびっていたら、なんと炙りサーモンだった。

 これがまた美味い。

 そのほかすべて美味しかったのに、しまった、ネタがなんだったか、しめ鯖以外ちゃんと思いだせない……。
 手前のピンクちゃんがやけに美味しかったんだよなぁ……。

 ネタの正体を忘れてしまったのはほかでもない、朝からお好みでいただけるということだったので、迷わず追加でお願いした一品の印象が強烈だったからだ。

 一貫だけお願いしたその握りとは、これ。

 ついに出た、のどぐろ炙り!!

 ひょっとしたら時期的に食べるチャンスに恵まれないかも…と思っていたところ、燦然と輝く「のどぐろ炙り」の文字をその日のおすすめメニュー黒板に見つけた時には、舞い上がるほどにうれしかった。

 さっそく一口。

 これは美味い。

 今朝はこの1貫のためだけにあったといっても過言ではない。 

 昨夜の塩焼きではその実力の片鱗すらうかがい知れなかったけれど、いやはや、

 のどぐろとは炙りである!

 いきなりそういう結論に達してしまった。
 達してしまったのは味の評価だけではない。

 のどぐろとは高価である!!

 という格の違いをまざまざと見せつけられた。
 なにしろあなた、朝握りがセットで980円だというのに、のどぐろ炙りなんて1貫で550円ですぜ……。

 いやいや、人生最初で最後になるかもしれない金沢である。
 値段のことは忘れよう。

 いやあ、実にいいコンコロもちだ。
 このまま宿に戻ってウトウトしてもいいくらい。

 ……って、まだ時刻は8時過ぎじゃないか。
 金沢観光は、いよいよ今から始まるのだ。