22・海鮮食道 十八番

 夕方に到着した前日とは違い、この日はたっぷり時間があるから、の〜んびり温泉に。

 歩きまくった足腰から、ジワワワワワ………と疲労が湯に溶け出していく。

 そして湯に浸かるといつものことながら、腹が……

 減った。

 今宵も萩の魚と酒に酔いしれよう。

 この日訪れるべくロックオンしていたお店も予約してあるから、路頭に迷う心配はない。

 19時からということでお願いしてあったのだけど、出遅れるとろくなことがないことがわかったので、予約時刻よりも30分早めにGO!

 昨夜と同じ道を歩く。

 すでに馴染みの道になったから、たとえ寺町が暗かろうが、熊谷美術館という、昔の豪商の商家跡を利用した美術館がなにやらお化け屋敷チックに不気味であろうが、恐れるものは何もない。

 初めて訪れる店ではあれど、何度も地図を見ているからもうこのあたりは庭同然、テケテケ歩いていくと、やがて到着。

 バス通りからちょっと入ったところにある、海鮮食道 十八番(じゅうはちばん)。

 事前にリサーチしていた際に見た店内写真が外観同様シブい雰囲気だったから、こりゃ一見のクセに気安くカウンターをリクエストするのはどうかな…と遠慮し、席はお店にお任せしていたところ……

 カウンター席♪

 目の前に冷蔵ケースがあるわけじゃなくとも、スタッフの方に細かいことを尋ねやすいから、右も左もわからないモノとしてはこういったカウンターのほうがありがたい。

 生ビールで乾杯して落ち着いたところで、カウンター右手奥を眺めてみると……

 ボトルがズラリと並んでいるところに……

 泡盛の各種ミニチュアボトルがズラリ(残波の一升瓶も)。

 これは店主の趣味だろうか??

 とかやっているうちに、お通し登場。

 ただひとくちに「煮物」と片付けてしまうには惜しいビジュアル。

 このあたりにお店のこだわりがうかがえそうだ。

 ともかくもいつものようにまずは刺し盛り。

 さあはたして、十八番の刺し盛りはどんな姿で登場してくれるのか……。

 な……なんとフグ刺しがクルリと輪を描いている!

 マフグなんだろうけど、刺し盛りを頼んでフグ刺しが出てくるだんなんて、恥ずかしながらワタクシ、生まれて初めての体験でござんす。

 板さんによると、この季節にはよくあることなのだそうだ。

 養殖もされている高級魚として名高いトラフグとは違い、マフグは養殖はされてはいないかわりに漁獲量は高く、すなわちマフグ=天然もの!

 さすがご当地!

 甘めの醤油にワサビのほか、フグ用に甘めのポン酢ともみじおろし、浅葱も用意されていて、浅葱が刻まれていないところが面白い。

 ネギラブ星人なオタマサなどは葱をフグ刺で巻けば食べやすいから、むしろ刻み葱よりもこういうほうが嬉しいらしい。

 まずはフグいってみよー。

 これがまた、これまで見てきたフグ刺しってなんだったの?ってくらい分厚くて、箸で一枚つまんだだけでも立派な「刺身」状態。

 てっさのような刺身ワザとは別に、フグをフツーの刺身としてさばくとこうなるのか。

 人生最大級の存在感を誇るフグ刺しを食べてみると……

 美味しッ!!

 今なら間違いなく力強く断言することができる。

 フグは美味いっ!

 伊藤博文さん、フグ食OKな世の中にしてくれてありがとう!!

 いやはや、下関の「ふくの河久」でも驚いたけれど、今ここにフグのシンジツをついに見た気がする。

 マフグ、トラフグよりも美味しいんじゃね??

 …と、ついついフグに気を取られて後回しになってしまったけれど、中央でしっかり主役の座についているのは、

 12時の位置から時計回りで、ヒラソ(ヒラマサ)、炙り太刀魚、そして皮付きの鯛。

 ヒラソがまた、昼の豊月同様に切れ味抜群の包丁ということがビシビシ伝わってくるシャープな切り口、そして鮮度抜群の引き締まった筋肉!!

 美味すぎ……。

 炙られた太刀魚や皮付きの鯛もまたいい仕事をしていて、これはもう生ビールを飲んでいる場合ではない。

 オタマサはまず、昼間そばを通った岩崎酒造の福娘。そしてワタシは長門峡をそれぞれ1合ずつ。

 何を頼もうとこのようなオシャレなガラスのお銚子で出てくるので、写真を撮っても何を飲んだのやらわからなくなるところ、その晩のうちにオタマサが記録にとどめておいてくれたおかげでこれが長門峡であることがわかる。

 その後「宝船」を、そして阿武の酒「阿武の鶴」と続くことになったのは、ひとえに肴が飲め飲めと後押ししてくるからにほかならない。

 刺し盛りで充分すぎるくらい目的を果たしてはいたけれど、滞在中一度は食べておきたかった金太郎、本日のオススメメニューのなかに金太郎のフライがあったのでお願いしてみた。

 沖縄ではカタカシと呼ばれるオジサンの仲間、すなわちヒメジの仲間たちは、刺身にしてもソテーにしても、若干のクセがある。

 ところがこのフライ、そういったある種本道をはずれてます的クセなど欠片も感じない。

 むしろ厚みのある太い体は淡泊でありながらしっかり魚らしさを伝えてくるから、文句なく美味しい美味しい白身魚のフライ。

 タルタルソースとの相性もバッチリ。

 タルタリストとしてはこの皿5枚分くらい欲しかったけど。

 ヒメジにはそもそもクセが無いのか、それとも調理方法なのか、こんだけ美味しいのだもの、そりゃブランド化しようという気持ちになるのもわかる。

 美味いぜ、金太郎。

 一方、その実力はかねてより噂に聞き及んでいるこちらの魚は、塩焼きで。

 甘鯛、まさかの1匹丸々ボーンッ!!

 けっこうデカい甘鯛が、1匹丸ごと出てくるとは…。

 あまりのオドロキに対人比を撮り忘れてしまったワタシは、衝撃を受けておそらくこんな顔をしていたはず。

 甘鯛ならずとも、口がア〜ングリなりまっせ、これは。

 焼き魚を食べさせれば浜ちゃんかオタマサかってくらいだから、この甘鯛もやがて……

 ホネフィルム。

 さてさて、このまま魚系で突撃しようかとも思ったのだけど、同じくらい美味しそうなご当地長州の地鶏がいる。

 というわけで……

 長州鶏のタタキ。

 その昔アヒルをわんさか飼っていた頃よく食べていた胸肉のタタキを彷彿させる、健康な鶏の筋肉美。

 写真では見えないけど、ツマとしてタマネギのスライスが山のように添えてあるのもうれしい。

 これで酒の進まぬはずがない。

 入店当初は、厨房に板さんが、そして配膳&酒類係でもう一人若いにぃにぃがいるだけだった。

 ときおり予約の電話が入ってくるらしく、にぃにぃが対応していたのを聞いていると、「明日はもう満席で……」と応えていることもあった。

 前日のうちに満席確定、さすが金曜日。 

 というか、そういう日に予約もなしにノコノコ来たりしないでよかった……。

 その後もう一人若いにぃにぃも登場。

 たたずまいから受ける印象からすると、意外に若いスタッフの店なんだ……

 …と思っていたら、甘鯛にむしゃぶりついている頃くらいから女将さんも現れて、カウンターに座っている地元客らしき2人連れとローカル話を語りつつ、我々にもチョコチョコ話しかけてくれていた。

 ますます居心地よくなってきたのでいつまでも食って飲んでしていたいところながら、そろそろシメでも…と思い、山口産の米を使ったおにぎりwith井上商店のしそわかめを1個ずつと、2人で1杯の「本日の汁物」を女将さんにお願いした。

 すると女将さん、裏の厨房にオーダーを伝える際に、

 「汁物2つとおにぎり1個!!」

 いやいや女将さん、逆です逆!!

 板さん苦笑いで「すみません」という図。

 そんなちょっとしたことがあったからではあるんだけど、そのあと例によって沖縄から来ていることなど話す展開になっていたってこともあったのだろう、1杯のはずだった汁物が……

 2杯で登場。

 「サービスです!」

 女将さんからの心尽くしをありがたくいただいた。

 このお汁はおにぎりについている「味噌汁」じゃなくて、メニューの中で「本日の汁物」と記されているもの。

 だから日によって違うのだろうけど、この日はカワハギか何か、平たいながらも身のしまった脂分少なめの魚が具になっていた。

 しみじみと美味しい……。

 一方、井上商店のしそわかめがたっぷりまぶされたおにぎりの美味しいことといったら!

 普段の暮らしで酒のシメのごはんとしてふりかけをこよなく愛するオタマサにとって、井上商店のしそわかめはサンエーで手に入るふりかけの中では、味も価格も最高級の部類に入るゼータクなふりかけ。

 サンエーで手に入るくらいだからてっきり全国区の大手メーカーなのかと思いきや、なんとここ萩に本社工場があるメーカーさんなのだった。

 いわばご当地ふりかけ。

 おまけに米どころ長州産のごはんとなれば旅情たっぷり。ただでさえ美味しいものが3倍増しの美味さとなっていた。

 お会計の際には女将さんに呼ばれてわざわざ大将も奥から登場してくださって、大将も実は店にいらっしゃったんだってことをようやく知ることとなったのだった(表はにぃにぃに任せているってことなのか)。

 計算が済む間しばしオキナワ話。

 花粉症がひどい大将は、花粉症が無い沖縄がうらやましくて仕方がないそうだ。

 こういう展開になる場合の常として、いつものようにオタマサともども写ってもらおうと思ったら、仕事中だったはずの板さんにぃにぃがわざわざ出てきてくれて……

 撮ってくれたおかげで、今回の旅行でワタクシが唯一写っている写真が。

 おかげで生きてた証が残りました。

 あー今宵も美味かったなぁ!!

 昼にゼータクなひとときを過ごしたから、夜は無くてもいいか…なんてことになりかねないところだったけど、来てよかった、十八番。

 というか、門司港を去る際に、

 「旅行の主目的はすべて果たしたかも…萩はオマケか?」

 なんて言っていたのはどいつだ?

 一瞬でもオマケ扱いしてすみませんでした、萩。

 帰り道は、まだ歩いたことのない城下町の一角を抜けていくことにした。

 まだ宵の口といえるくらいの時間帯だから、バス通りはにぎやかだ。しかし一本通りを越えると、途端に静かになる。

 というか、まだ午後9時前だというのに、町はすっかり寝静まっているかのようだ。

 家の中の灯りがついている家もあるにはあるから、みんながみんな寝ているわけじゃないにしろ、とにかく町は雪が降り始める前の聖夜のような静けさ。

 そんな静寂に包まれた町に、突如ドボルザークの「家路」のメロディが流れ始めた。

 大震災以来ブームになった行政の緊急放送設備のせいで、沖縄でもほぼ全域で昼12時と午後5時に地域ごとに異なる音楽が流れるようになってしまっているけれど、どうやらこのドボルザークもそのようなものらしい。

 行政用語では「ミュージックチャイム」というそうで、萩では朝6時、昼12時、夕方6時、夜9時にそれぞれの曲が流れるらしい。

 でも、ほぼ寝静まっているかのように見える静かな町に、夜9時に音楽を流す意味がわからん(ワタシが住民なら、朝6時もかんべんしてほしい)……。

 …というか、往時の町並みを残してなんぼ、いわば古き世界を誇る萩の町に、「新世界より」ってどうなのよ。

 ブラックジョークなんだろうか…。

 わざわざ夜中にそれを撮っている方の動画がYoutubeにアップされているので、我々が味わった雰囲気を知りたい方はどうぞこちらをご覧ください。

 寝静まる町を抜け、スーパーキヌヤで買い物を済ませた後、宿を通り過ぎてもう少し先まで足を延ばしてみた。

 朝訪れた指月山城跡では、夜10時まで城跡をライトアップしているというのだ。

 夜のライトアップといえば、五島列島福江島の蹴出門や土佐の高知城を滞在中毎夜のように眺めていた我々だから、指月山城跡もライトアップされていると聞けば、スルーしてはいられない。

 寝静まっているどころか完全沈黙状態の夜の通りを行くと、宿からあっという間に指月城跡。

 二の丸東門跡から裏口入学して入ってみると……

 たしかにライトアップされていた。

 けど……

 なんだか寂しいなぁ。

 なにしろライトアップしているのは天守閣の土台ですからね。

 これならよほど福江島の蹴出門のほうが雰囲気がある。

 門に負けてちゃダメじゃん、お城。

 それには絶対、何は無くともここには天守閣が欲しいところ。

 でもなまじこの指月山エリアが世界遺産になって保存が最優先されたがために、お城の復元はままならないのかも。

 ライトアップなんてそもそも往時にはあるはずのないモノだから、あってもなくてもどうでもいいとは思いはするけれど、実際蹴出門も高知城もステキだったことを思うと、あったらあったで楽しくはある。

 でもこの土台ライトアップは、寒空の下毎晩眺める気にはさすがになれなかったのだった。