9・関門海峡横断作戦
遊歩道「めかり街道」が尽きると車道を歩くことになる。 その車道を少し行くと、やたらいい香りが漂ってきた。 ホテルは素泊まりだから朝食抜きの我々にとって、かなり効力を発揮する誘引物質だ。 誘蛾灯に導かれる蛾のようにフラフラと匂いのもとにやってくると……って、進行方向だったのだけど、香りの正体はこれだった。
おでん。 昼からの開店準備中なのだろう、おでんの香りが小腹の空いた胃袋を刺激する。 それにしても、関門橋の真下近く、ただ一般道が通っているだけのところに、なぜに唐突におでん屋さんが? その答えは、ここから50メートルほど先にある。
関門トンネル人道入口!! 人工美を誇る関門橋は高速道路だけであるということを知ったのは、恥ずかしながらごくごく最近という我々。 橋とトンネルだったら橋のほうが先だよね…とウカツにも朧気に考えていたところ、関門橋の開通は1973年のこと。 それに対し山陽本線のトンネル開通は戦時中のことで、一般国道用トンネルは1958年と、橋よりも圧倒的に早い。 長大な橋は、横河ブリッジのハイテク技術なしには造れないのだ。 そういえば、かつて西鹿児島駅(当時)から大阪まで寝台特急「なは」に乗ったとき、関門海峡を越えるのは夜になるものだから、関門海峡を渡るところが観られないね…などと残念がっていたオタマサ。 しかし山陽本線もトンネルなのだから、たとえ通過が昼でも観られなかったのだ。 …というジジツを今回初めて知ったのと同時に、なんと人が歩いて通れるトンネルまであることも知った。 散歩が旅の主目的である我々が、このトンネルを見逃すはずはなかった。 チャリンコも原付も有料ながら、歩行者は無料。全長780メートルを踏破すれば、そこはもう下関だ。 ではでは、トンネルへGO! この入口施設から階段で下に降りるのかと思いきや、下まではエレベーターで行くようになっていた。
そりゃそうだ、地下50メートル超まで下りるんだもの、階段だと降りるだけでも大変なのに、そのあと登るとなったら死者が出るかもしれない。 我々2人だけで乗るには申し訳ないくらいに巨大容積のエレベーターが2基あるところをみると、混雑時は相当な人数になるのだろう。 エレベーターが到達すると、そこはロビー状態になっていて、記念スタンプを押せる場所がある。 オタマサにとって門司港滞在はこの関門トンネル踏破がメインイベント中のメインイベントだったらしく、発売当初のゲイラカイトよりも遥かに高く舞い上がっている彼女は、矢も楯もたまらずスタンプ押し場目掛けて駆け出していた。
で、舞い上がっているものだから、本来なら下関側から到着した方向けの「関門海峡踏破記念ボード」の前でポーズ。
踏破おめでとうってあんた、我々まだ一歩も踏み出してないんですけど。 さてさて、いよいよトンネルへ突入!
このトンネルをウォーキングコースにしている地元の方がわりといらっしゃるらしく、すれ違う人たちは明らかに旅行者ではない。 それもときおり程度で、トンネル内にゾロゾロと大勢いたらどうしよう…という心配はまったくの杞憂だった。 トンネル、がらんどう。
トンネルは水平になっているもの…と朧げにイメージしていたところ、実際は中央部に向けて緩やかに下り坂になっていた。 ふと冷静に今ここは海の下なんだよね…と考えると、中には本気で具合いが悪くなる人もいるのだろう、トンネル内の数カ所に、SOS用連絡装置が取り付けられてあった。
監視カメラも設置されている。
そして……
タコも。 トンネル内の壁にはこのマダコのほか、フグやタイ、カワハギなど、輪郭でくりぬかれたシール状のものが貼られていて、輪郭だけなのにどれもこれもすぐに種類がわかるほど妙にリアルなのが面白い。 これらの海の生き物は、この関門海峡で観られる生き物たちなのだろうか。 ということは、スナメリも観られるんだ、関門海峡周辺(思い込みだったらすみません)。 ところで、トンネルは空いているおかげでガランドウなのに、最初からずっと、まるで自動車が走っている高架橋の下を歩いている時に聞くような音がしている。 はて何の音だろう? ホントに車の音なのだった。 というのもこの人道トンネル、こういう構造になっているのだ。
人道の上に車道がある構造。 車道とは入口の場所がまったく違うモノだから、なんとなくウスラボンヤリと車と人のトンネルは別々とイメージしていたのだけれど、そりゃそうですよね、そんな無駄なことするわけがない。 車の音のほか、ほぼほぼ中央部にたどり着くと、こういう部分があって……
そこからチョロチョロチョロチョロ…と水が流れる音がしている。 これはひょっとして、岩盤から漏れ出してくる水が流れている音なんじゃ?? ホントにそうだった。
岩盤から浸み出てくる水を中央部に集め、そこから排水して最後はポンプで地上に…という流れのようだ。 なるほど、だからトンネルは中央部に向かってゆるやかに傾斜しているのか。 そんな人道トンネルのメインイベント的一角といえば、ほかでもない、ここ。
福岡県と山口県の県境。 本来であれば関門海峡で隔てられている九州と本州を、小さなオタマサがひと跨ぎ! せっかくだから、ここらで一発ライフワークを。
19世紀までなら考えられなかった、奇跡の九州本州橋渡し大の字! ……監視カメラに写っていないことを祈ろう。 なんだか10キロくらいある道のように紹介してしまっているけれど、先述のとおりたかだか780メートルほどのトンネルだから、フツーに歩けばものの15分とかからず踏破してしまう。 下りきった中央部付近からゆるやかな上り坂になったトンネルを歩き、ついに……
関門トンネル人道踏破おめでとう! (約1名)興奮冷めやらぬままエレベーターで地上に出ると、門司側と同じような造りの入り口だった。
しかしその目の前は……
壇ノ浦の古戦場跡!! この地で雌雄を決した義経も知盛も、まさかその800年後に海峡をヒトが歩いて渡れるようになろうとは、夢にも思わなかったことだろう。 あ。 船さえ並べれば、義経なら百艘飛びくらいで海峡を横断できるか……。
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