うどんめぐり 5

 仕切りなおしの金毘羅さん

 前夜、帰り道と本来の参道という、思いも寄らぬ失敗を知るにおよび、この日は朝から再び登らねばならなくなった。

 ……という決意も固く床についた……わけではなかった。
 気がついたら着替えもせずに布団の上で大の字になっていたのである。

 目覚めてもなお、ややアルコールの名残りが気になるところではあったが、未練を残さないためにも、ここは一つ早起きして御本宮に昨日のわびをしておかねばならない。
 気合を入れて起床した。
 朝6時半である。
 ここ数日のパターンであれば、このまま温泉に浸かってとりあえず
 「ウフィ〜〜ッ」
 とヨロコビの声を出すところなのに、今日はいきなり着替えて参道へ。いかに好天続きとはいえ、早朝は身を切られるような寒さであった。吐く息も凍りそうだ。

 さすがにこの時間から登っている観光客は少ない。地元の方がジャージを着てトレーニングで階段を登っている姿がチラホラ見える程度である。そういえば「こんぴらマラソン」という催しが毎年10月に開催されていて、大勢が参加するらしい。駅前からスタートして、この参道を登って行くのだそうである。
 例年、付近に駐屯している自衛隊の現役やOBが上位を独占するのだという。税金で体力をつけておきながら市民マラソンで上位を独占するとは………。ライフル持ったままとか背嚢を背負ったままとかいうハンディをつけろっつうの。

 朝の参道は、土産物屋がようやく店を開けようか、という時間だった。参道にある燈篭にはまだ火が残っていて、やはり昼とは装いが違う。
 大門では、甘酒おばあもまだ来ていなかった。五人百姓の姿もない。ただ、シンと冷えた空気だけが濃厚な存在感を持っていた。

 一度登った道のりというのは、精神的に非常に楽だ。
 ほぼなんの苦もなく旭社の前に到着。
 おのれ、ややこしい旭社め。様々な人たちの寄進によって建立されたらしいけれど、なんで御本宮よりでかいのだ。
 というより、わかりやすく順路を示してくれればいいものを……。

 今回は道を間違えてはいけない、と気をつけて本来のルートを……と思ったら、気をつけるも何も、 見渡せばすぐそこに鳥居があった。考えるまでもなく、普通に見ればこっちが参道ってわかるや、これは………。

 朝は工事の煙も音も出ていない。ただ木々が風にそよいでいるだけだった。
 しきり直してウートートー。

 帰り道、大門を過ぎると、甘酒おばあが開店準備をしていた。もうかれこれ、延べにして何日、合計何段階段を登っているのだろうか。いつもと変わらぬおばあの一日が今日も始まるのだ。

 8時過ぎに宿へ帰りついた。
 宿の温泉は朝は9時までである。とっとと湯に浸かってこよう。
 我々は本日この地を発たねばならないのだが、チェックアウト直前に温泉というのも変かな?

 変であろうとなんであろうと、我々にとってはおそらくこの後、少なくとも9ヶ月以上の間は温泉には入れないのである。今日までの1週間、当たり前のように毎日何度も入っていた温泉が今日で最後を迎えるのだ。
 とうとう、最後の最後まで浴場はほぼ貸切であった。
 名残惜しいので、大理石の浴槽をなでながらゆっくりとくつろいだ。 

 本来であれば宿の料理もたっぷり楽しめたことだろう。再び訪れるときがあれば、ゆっくりと自慢の料理を味わってもみたい。小染にも行きたいから一晩は素泊まりにさせてもらうとはおもうけれど…。
 女将さんに素泊まりを詫び、
 「次は食事つきで泊まります」
 と言っておいた。
 ただの素泊まり客にもかかわらず、玄関先に従業員が並んで見送ってくれた。車で送りましょうか、とも言ってくれたけど、温泉パワーですっかり復活している。荷物があろうと15分ほどならなんてことはないだろう。

 さらば、とら丸、また逢う日まで。

 坂出

 この日は大阪の実家まで向かう予定である。実家に帰ればそれは「帰省」なので、旅行という意味ではすでに終盤も終盤、終わったも同然なのである。ああ、夢の日々をありがとう、鉄輪、道後、琴平よ……というところである。

 大きな橋が架かったおかげで、遠方からの日帰り客が増えてしまい、琴平町内に泊まる客が減少している、という問題は嘆かわしいが、徒歩行の我々にとっては、電車で瀬戸内海を越えられるというのはありがたい。
 そのためには坂出方面へ向かうことになる。
 そのまま通過して行くには惜しい土地だ。
 うどん屋がある。
 旅行は最終盤にさしかかっているにもかかわらず、最後の最後までうどんを食うのであった。

 これまで同様、駅からの距離が大きなネックとなるので、いろいろ検討した結果、目指す店は彦江である。宮川に続き、ここも製麺所だから午前中にうかがいたい。

 琴平駅に止まる普通電車には、多度津止まりもあれば高松行きもある。坂出に行くには高松行きが便利なんだけどなぁ……と時刻表を見たら、なんとバッチシ高松行きだった。さっそく金毘羅さんのご利益か?

 二日間の思い出を乗せつつも、あっさりと電車は発車した。

 沿線は、海に近づくに連れてどんどん都会になっていく。
 坂出駅はまったくの都会であった。
 まったくの都会なのだが、電車の到着を告げるホームの音楽がなかなか素朴だ。

 〜♪瀬戸は 日暮れて 夕波小波
   あなたの島へ お嫁に行くの……

 もちろん歌声はなく電子音のみながら、瀬戸の花嫁のこの冒頭部分を、いったい何度耳にしたことか。

 駅を出て、町中へとくりだす。
 道々に「骨付き鳥」屋さんという看板があちこちにあって、とっても興味を惹かれた。なんだかうまそうではないか。
 骨付き鳥ってなんね?
 と、通りすがりの人に訊いてみたい衝動に駆られたが、今はうどんだ。じっと我慢我慢。

 彦江は町外れにあるようだが、地図を見る限り、これまでの道のりに比べれば屁のカッパ的近さである。
 それなのに、「うまひゃひゃさぬきうどん」によると、その所在地の「秘境度」がトップクラスなのである。「卑怯度」のトップクラスはちびまる子ちゃんのクラスメート藤木クンだが、彦江は「秘境度」である。
 どんな密林ジャングル、断崖絶壁を踏破せねばならないのか、と、かなりビビった。けれど、地図を見る限りなんてことない道のりだ。

 実際、「小さな神社の南の筋を進み、最初の角を西へ……」という簡潔明瞭なコースガイド通りに歩いてみたら、いともたやすく到着した。

 なにゆえこれが秘境度トップクラス??

 それは、著者が車で探訪しているからであった。
 僕らが店を出たとき、このうまひゃひゃ…を手にした男性が通りかかり、「ここ彦江ですか??」と自信無さげに訊いてきた。そうですよ、と答えると、
 「車はどこに停めたらいいんでしょう??」
 だって。
 付近をグルグル回ってようやくたどり着いたようなのだ。
 そんなの、徒歩で来ている我々に訊かれたってわかんないから、「店でお聞きください」と答えておいた。

 ま、たしかに、なんの変哲もない住宅地に、ポツンとプレハブ小屋があるだけである。これを見て製麺所である、と瞬時に確信を持てる人はそうそういないだろう。

 我々だって、たまたまガラス戸越しに製麺風景がチラッと見えたからすぐにわかったのであって、車でさまよっていたら絶対わかんないだろう。公民館です、と言われてもきっと納得するに違いない。

 例によって営業中という表札も店の看板もない玄関をガラガラと開けると、キビキビと働くおばさんたちの活気あふれる製麺所の世界があった。
 何が気持ちいいって、元気よくキビキビと動いている人たちの活気である。
 これを見ただけで、なんだかとっても美味そう、って思えるもの。
 すでに宮川製麺所で「製麺所」を体験していたので、昨日に比べると精神的に余裕がある。マゴマゴする心配はなかった。
 彦江ではぶっかけ系がオススメということだったので、ダシをかける。
 ここでは、作業現場のドカちゃんたちが利用するお茶入れのような容器にたっぷりとダシが入れられていて、蛇口からダシが出てくる仕組みになっていた。熱いダシだ。冷たい麺に熱いダシをかけるも良し、テボを使って麺をゆがいたあとにかけるも良し。

 僕は冷たい麺に熱いダシをかけ、一気に食える体制を整えた。さあ、さっそく一口………。

 うぅぅぅぅうぅ………うままままぁぁぁっっっぁあああああいいいいっ!!

 おいしいぞ、このやろー!!
 天麩羅ともども食えればさらにシアワセ倍増だろうになぁ。
 山のように積まれている天麩羅が美味いよぉ美味いよぉ、と手招きしているではないか。
 ああ、しかし、この後もう一軒行く予定だったから、天麩羅で腹を満たすわけにはいかない。ああ、でもこのままここで腹一杯になってもいいぞぉ!!

 天麩羅こそ我慢したものの、ついに耐えきれず二杯目を頼みに行った。二玉頼んでも220円だもの、経済的には50玉くらい食えるじゃないか。
 二杯目はしょうゆをかけて食ってみた。
 ああ、この触感……。
 さぬきうどんの本場に来て、恐るべきその実力をまざまざと見せつけられている僕らだが、ここであることを思い出した。同じ小麦粉という接点以外、似ても似つかぬものながら、都内で勤めていた頃、東京の友人宅で生まれて初めて食ったチクワブの感動である。

 子供の頃、「おれは鉄平」というちばてつやの漫画を読んでいて、「チクワブ」という食い物を主人公が美味そうに食うシーンが出てきた。
 チクワブって何??
 子供心に不思議に思い、母親に聞いたところ、
 「チクワのことやろ」
 うーむ……。絵を見る限りどう見ても竹輪には見えないのだがなぁ……。

 というナゾが、15年の歳月を経て、都内の友人宅にて明らかとなったのである。
 その友人は高校までずっと僕と同じところだったヤツで、彼も都内に出てきて初めて口にし、その美味さに感動したクチなのだ。生まれ育った関西には、チクワブなどというものは存在していなかったのである。

 以後、僕にとってのオデンにはチクワブが欠かせない黄金メニューとなった。だが、僕以外のほとんどの人にとっては、まったくかえりみることのない単なる小麦粉の塊なのであった。ちなみに本部町内のスーパーではまず手に入らない。

 あれ?なんの話だったっけ……。
 あ、そうそう、うどんうどん。
 麺を口に含んだ際の衝撃は、チクワブを初めて食った時のあの感動に似ているのだ。
 こんなの、今まで食ったことなかったよぉ!!
 という衝撃である。
 その衝撃的ヨロコビにここでもたっぷりと浸っていると、うちの奥さんが
 「ここのダシは抜群!!」
 と細い目を精一杯見開いて断言していた。

 いりこ風味のダシが、上品かつ力強く、それでいて黄金色という美しさ。清楚とパワーを併せ持つこのダシが、今回訪れた店の中では群を抜いて最上級だという。いりこだけなら誰でも真似ができるところだが、様々なものからありとあらゆるダシをとったこの絶品スープは、おそらく伝家の宝刀なのだろう。ちょっとやそっとで真似はできまい、と感動しきり。
 そうなのである。
 さぬきうどんといえば、誰も彼もが麺だ、コシだ、ツヤだと騒ぎたてるけれど、ダシにも見逃せない素晴らしさがたっぷりとあったのである。

 恐るべきさぬきうどん〜誰も書かなかったダシの素〜

 株式会社ホットカプセルよ、次はこのタイトルだ!

 相当この彦江のダシが気に入ったらしく、坂出の駅に戻り、さらに宇多津駅にまで行ってもなお、 「ああ、もう一度あのダシでうどんを食べたいなぁ……彦江にもう一回行きたいなァ……」
 と何度も繰り替えすうちの奥さんであった。
 岡山から乗った新幹線の中でも言っていた。

 おか泉

 この坂出駅から瀬戸大橋を渡る電車が発着しているのだが、次に目指す店は隣の宇多津駅にあるので、一度逆戻りせねばならない。順序良く来ればいいのに、と思われるかもしれないけれど、おか泉は一般店で、彦江は製麺所なのである。製麺所は午前中というのが鉄則だからしょうがない。

 おか泉は、彦江以上に駅からの距離が近かった。途中に宮脇書店を通りすぎた。
 この宮脇書店、我々が琉大に在学中だったころにチラホラ沖縄県内で見られるようになった書店で、
 「本ならなんでも揃う!!」
 というのを謳い文句にしている。
 出版物が奔流のように溢れつづける現代において、なんでも揃う!と豪語するのはものすごい、と思って、開店早々見に行ってみたのだが、いわゆるチェーン書店となんら変わらない。
 なにがなんでも揃うだ、と憤りかけると、
 「店内にない品はご注文いただければ取り揃えられます……」
 ということらしい。
 当ったり前やがな!。

 実は香川県が、その宮脇書店の本拠地なのである。
 讃岐の国は、さぬきうどんの本場であり、宮脇書店の故郷でもあったのだ。
 帰りにちょっと覗いて見た。
 あるわあるわ、さぬきうどんの本。
 郷土本コーナーに、「恐るべきさぬきうどん」全シリーズがところ狭しと陳列されていた。

 おか泉に着いたのはちょうど12時であった。
 門前の駐車場はすでに一杯で、家族を下ろした車が第二駐車場と書かれた方向へ向かって行った。
 暖簾の下には早くも行列の気配………。
 いくら美味しいといったって、行列作ってまでうどんを食うこともなかろう、という主義でもあるから、もし何分も待たねばならないのなら踵を返して帰ろう、と割り切りつつ中に入った。すると、案に相違してすぐに座れた。
 並んでいる人たちは家族やなんらかのグループで、席が五人分、六人分あかないと座れない人たちだったのだ。
 その点二人程度ならフレキシブル対応なので、あいたところにパッと座れるのであった。

 ここおか泉で評判なのは、冷や天おろしとしょうゆうどんなのだそうである。
 冷や天おろしとは、ざるに乗った冷たいうどんと、豪華天麩羅盛り合わせを、ダシにつけてウメーウメーといただくもの。聞くだけで美味そう!!ではないか。

 だが、850円もする。
 850円なんて、東京でならクソまずいうえにわずかな量のランチですらそれよりも高いくらいなのに、120円、130円といううどんを食っているせいで、もんのすごい高級料理に思えてしまうではないか。
 おそらく、本が述べるオススメだけだったら頼まなかったろう。
 ところが、昨夜の小染さんで、マスターが
 「あそこの天麩羅は美味い!!
高いけど……」
 と断言してくれていたのである。
 料理の専門家、それも酒の席に出す料理のプロフェッショナルが「美味い!」と断言するほどの天麩羅。食ってみたくなるでしょ?

 というわけで、僕はしょうゆうどん、うちの奥さんは冷や天おろしを頼んだ。
 もちろん天麩羅は半分こである。

 さっそく、大きな大きな海老天を筆頭に、天麩羅盛り合わせがやってきた。
 迷わず海老天を一口………。

 あ!!天麩羅だっ!!!

 当たり前だ!と言ってはいけない。
 普段、島で食いなれているテンプラとは違うのである。
 沖縄のテンプラは、どちらかというとフリッターのような感じで、ソースを付けて食っても良し、というしっとりした肉厚の衣なのだが、この天麩羅、ホントに天麩羅なのである。

 美味い!

 けっして沖縄風テンプラを否定するわけではないのだけれど(というより好きなんだけど)、このサクサクッとした揚げ加減、上品そうな油の具合……。そうだった、そうだった、上等な天麩羅ってこうだったっけなぁ……、と、遥かなるイスカンダルを夢見るような遠い目をしてうなったものだ。
 うどん自体もダシ自体も、ここまで並んでまで食うほどのものか?という具合。しかしこの天麩羅は絶品だ。850円の価値はあると思う。おか泉では天麩羅を!!

 アー食った食った。
 琴平着後、これで合計7軒で食したことになる。
 当初の目的は十二分に達成したと言っていいだろう。
 伝統の味、ワザといったさぬきうどんの奥深さを、たった二、三日で味わい尽くせるはずはないけれど、少なくとも讃岐の国は、

 うどんを食うためだけでも来る価値アリ!!

 である。これだけはハッキリとここに断言できるのであった。

 満腹のお腹を抱え、再び坂出駅のホームに戻ってきた。
 まだ日は高く、早春のような心地よい風が吹きぬける午後のひとときであったが、ホームで流れる音楽が黄昏ムードを演出していた。

 〜♪瀬戸は 日暮れて 夕波小波……

 いよいよ讃岐の国ともお別れだ。