〜湯けむり地獄うどん旅〜

地獄列伝2

カマド地獄の温泉ピータン

 鬼山地獄からほんの少し歩くとカマド地獄である。
 ここは他の地獄と違い、小さめの池がいくつもあり、それぞれに1丁目、2丁目、3丁目…と名がつけられていた。思わず東村山音頭を歌ったのは言うまでもない。
 このそれぞれの池が、ナベ・ウシ・カマド…とかいう名前だったら、沖縄のオバアの地獄になってしまうところだ。
 1丁目、2丁目…の地獄たちは、それぞれ赤かったり熱泥であったり青かったり白かったりするので、ひょっとするとここ1ヶ所ですべての地獄を回ったのと同じ物を見ることになるのかもしれない。別府地獄めぐりの縮図地獄なのである。
 それにしてもなんでカマド地獄というのだろうか。
 思いっきり熱海化した巨大カマドの模型があったけど、命名はそれ以前だろうからなぁ。
 という疑問は、帰ってから解決した。
 ここの噴気で御供飯を炊いて、神社に供えるという慣わしに由来しているのだそうだ。

 ここの地獄の2丁目が面白そうだった。
 面白そう、というのは、つまり体験できなかったのである。
 円谷カマド巨大模型の下の岩穴から、モワモワと湯気が出ている。その噴出口にタバコやマッチの火を近づけて息を吹きかけると、アッと驚くことが起こるという。
 見たい、見てみたい、と身もだえても、喫煙者ではない我々のどこを探しても、そんな火種は出てこない。おまけに、後続の方々もことごとく嫌煙家だったようで、一緒に見せてもらうこともできなかったではないか。今の世界で、喫煙者が大手を振って歩ける数少ない場所なのだから、もっと愛煙家が足を運ばなければならない。あ、あと墓参りの方でもいいや。

 タバコを持っているとどういうことが見られるのかというと、一瞬で噴気が数倍に大きく広がるのだそうである。確かな理屈はまだわかっていないらしい。温度と湿度差による気化現象と思われます、などという、僕の頭では理解不能の説明書きがあった。

 このカマド地獄の名物は、石垣まんじゅうである。
 沖縄に旅行する方からすれば石垣といえば石垣島だろうが、九州にも石垣という地名があるのだ。
 まんじゅうとはいえサツマイモ入り蒸しパンのようなものだったので、これを食ってしまうと腹が膨れそうだったから、隣においてあった温泉ピータンを食ってみることにした。
 温泉卵とはどう違うのだろうか、というのは殻をむけばすぐわかる。
 本来のピータンとは丸っきり違うのだが、でも温泉卵とはまったく異なり、白身部分が茶色くなっていた。そして、ほのかにピータンのような香りもする。
 燻製とも一味違うし、そもそも温泉を使ってどうやってこうなるのだろうか。
 缶ビールを飲みながら(またかい!!)、フムフムモグモグしつつ考えてみたがわからなかった。
 わからなかったので、その売店のおばちゃんに聞いてみた。

 なんと、10時間も噴気で蒸しているのだという。
 普通の温泉卵は、100度弱の温泉に5分ほどつけるだけで出来上がるのに、この温泉ピータンは
10時間!!
 それなのに、温泉卵とほとんど変わらぬ値段。
 たしかに、どちらも天然資源の利用で手間はほとんど変わらないだろうが……。
 この温泉ピータン、このカマド地獄のオリジナルらしく、ここのオーナーが4、5年かけて編み出した秘密の製法なのだそうだ。たしかに美味い。ちょっと感動。

山地獄は動物園

 山地獄は、他の地獄と違って熱湯の池が園内にない。
 そのかわり、広い園内はすっかり動物園になっていた。これも湯熱を利用しているらしい。
 入ってすぐにアフリカ象がいたり、カバがいたり、ラマがいたり、フラミンゴがいたり。
 でも、ちょっと行ったところにアフリカンサファリが出来て二十余年、はたしてここの動物園の存在価値やいかに……。
 でもやっぱり動物がいると楽しい。
 餌のジャガイモを象やカバに与えられるようになっているのもいい。
 ただいかんせん、冬のさなかのうららかな日、カバは尻を向けて寝そべっているだけだった。投げ込まれたジャガイモが数個転がっているのが虚しい。
 そうやっていろんな動物を見ていると、遠くから
 「コケコッコー」
 という声が聞こえた。

 うちの奥さんは、チャボを飼い始めて以来、異常とも思えるくらいにこの声に反応する。
 典型的B型の人で、たとえ半径2m以内にいてさえ、自分に向かって話しているわけでなければ、そこで交わされている会話をまったく聞いていない人である。
 それなのに、テレビをつけているとき、画面を見ていなかったのにテレビで鶏が鳴くと、瞬時にテレビにかじりつくのだから、これを異常と言わずしてなんと言おうか。
 で、このときも、眼前の動物たちは瞬時に彼女の脳から消え失せ、どこから声がするのか、レーダーを張り巡らせ始めた。
 残念ながら、コケッコッコーは園内のものではなく、どこか近所の鳥小屋からであるようだった。
 さいわい、すぐに鳴き止んでくれたからよかったものの、ずっと鳴きつづけていれば地獄はそっちのけで鳥小屋探索隊になってしまうところであった。

 この山地獄、なにが山地獄なのかというと、噴気が岩山の隙間という隙間からモウモウと立ちこめているところなのだ。

 今でこそやや熱海化した園内となっているけれど、これを天然素材で見ていた昔の人はさぞかし不気味だったことだろう。地獄と呼びたい気持ちがたしかにわかる。
 かなりの熱気が噴き出しているうえ、その岩自体もものすごく熱いのだが、鬼の看板が
 「入ると危険」
 と注意をしているロープ柵があるだけだった。でも、植えたばかりの芝生に入ってしまう輩でも、ここばかりは不用意に入ったりはしないのだろう。見るからにデンジャラスだもの。