10・1月30日

シアワセの肉料理

 行くアテもなく、ホテル内をあちこちうろついていた頃はまだまだ準備中ぽかったレストランも、日も暮れてそろそろ誰もがディナータイムになりそうな頃合になると、それなりに活況を見せ始めていた。
 幸いなことに日本人団体客がドドッと押し寄せるようなことはなく、同じアジア人でも他国の人ばかり。なかなか旅情溢れる状況だ。

 席に案内され、渡されたメニューを見てみる。
 何を食べようか。
 ビュッフェスタイルの食事を選ぶこともできそうだが、そうすると自分が食べているのがなんなのかわからなくなるし、ヘタすると際限なく食べてしまって初日から沈してしまう恐れもあったから、大人しく一品モノをそれぞれ選ぶことにした。 

 さて、メニュー。
 ビールについてはしっかり調べていたように、ケニアを代表する食事についても僕はけっこう把握していた。
 なかでも有名なのがニャマチョマという焼肉料理だ。
 料理といっても、本来は焼いた肉に塩をつけて食べるという、肉の味を賞味するだけのいたってシンプルなものなのだが、特に僕が注目したのは、ケニアの人たちは普通にヤギ肉を食べるということ。

 山羊肉を食べるという地域はそんなに多くはないような気がする。
 少なくとも日本では、唯一沖縄くらいのものである。
 その美味さを知らない人々は、山羊を食べるときくと「えー」という反応を示す。山羊を否定する人々の多くは、その臭いが耐えられないという。
 でも、もともと肉には臭いがあるものなのである。
 高級牛にはなるほど強い香りはついていないかもしれない。でもそれは、かえって不自然なのだ。だってもともと獣なんだもの。
 スローフードスローフードと騒ぎ立てておきながら、肉といえば臭いのないモノ、なんてのはまったく変な話じゃないか。子供ならいざ知らず、いい大人なんだからいい加減肉の味くらい味わえるようになれといいたい。

 山羊が苦手だという人は、かなりの確率でラム肉も苦手という。
 まったくもって味覚がオコチャマとしか思えない。
 なので僕は、肉といえば松阪牛や神戸牛が美味い、というような人のグルメ的感想など初手から信じてはいない。ナイロビの肉料理はちょっと……という人の大半は松阪牛が美味しいと思っている人たちなのだから。

 そんなわけで、僕は人々の意見などかえりみず、ケニアの肉料理を食べてみたいと思っていた。

 でも、あとで詳しく触れることになるけれど、これからマサイマラでお世話になる宿では、そういった現地メニューは望めない。食べるならナイロビでしかチャンスがないのだ。
 とはいえここはヒルトンホテル。そうやすやすと現地メニューがあるとは思えない。

 ところが!!
 メニューに燦然と輝くNyama Chomaの文字!!
 なんだ、あるんじゃん!!
 さすがにホテルのレストランだから、塩だけかけて食べるってわけにはいかないのだろう。それに、4種類の肉のなかには期待していた山羊肉は含まれてはいなかった。
 それでも、あきらめかけていただけに、ここで会ったが百年目、迷うことなく注文した。

 

 僕が肉料理にしたので、うちの奥さんは魚料理。キングフィッシュというからサワラだろうか。ケニアはインド洋と接しているのだ。
 さてこのニャマチョマ、鶏、豚、牛、羊の各肉とアフリカンソーセージで構成されていた。
 モノの本によると、東アフリカ地方では、牛、山羊、鶏の順で消費量が多いそうで、豚肉はせいぜい中華料理に使われる程度であるらしい。
 ウェルダンで焼かれた肉はソースの味が絶品で、しかも肉自体にちゃんと味があるからとっても美味しい。なかにはこういう焼肉を食べて、ゾウリのように固いから食べなれない日本人は半分も食べられない、などと感想を述べる人もいるようだけれど、いやいやどうしてどうして、メチャクチャ美味しかった。
 メニューではライスかウガリかを選べるようになっていた。
 ウガリとは東アフリカ地方の主食である。
 コーンや小麦、キャッサバなどの粉を混ぜ合わせて蒸したもので、食べてみるとハッシュポテトと蒸しパンを足して2で割ったような食感だった。
 脇にヒョコンとついている野菜炒めのようなものがまた美味しい。
 舶来ほうれん草とトマトらしいのだが、エキゾチックなのに食べやすいという不思議な味付け。

 むろん、これらは観光客用にアレンジされたものだから、すなわちこれが地元の料理というわけではないことは百も承知しているけれど、それでも、アフリカの食の一端をちょこっとだけ味わえたようなシアワセメニューだった。

 当然ながらここでもタスカービールを。
 夕方とは違ってちゃんと冷えているビールだったのがうれしい。
 いやあ、肉に合うんだ、これがまた。
 シアワセそうにビールを飲んでいるうちの奥さんが頼んだ魚料理は、どういうわけかタイ料理のような味付けだった。それはそれで美味しい。ひそかに海辺のリゾート地すらあるという、海洋国の一面を持つケニアの実力の一端を、いかんなく発揮してくれた。

 ああ、シアワセだ……。
 こういったホテルだと、ちょっとした食事をするのもバカにならないってのが相場のはずなのに、料金的にもかなりリーズナブルなお値段なのである。
 ビールが進む……。

 いい加減腹一杯になった。
 さてさて、部屋に戻るとするか……。

 おっと、ここで忘れてはならないことがひとつあった。
 僕たちは今日、マンゴーを買っていたのだ。
 それをなんとしても食べてみたい。
 リンゴのように丸かじりするって手もあるけれど、せっかくだから家で食べるときと同じように皮を剥いて食べてみたい。
 でもナイフが……。

 だからこのレストランで借りることにした。
 関空で買った英語虎の巻には、さすがに買ったマンゴーを食べたいのでナイフと皿を貸してくれ、などというシチュエーションはないだろうから、乏しい英語力を駆使してウェイターにお願いすると、ウェイターはこころよく皿とナイフを貸してくれた。明日の朝返してくれればいいという。
 いい人たちだなぁ、ケニアンチュ。

 で。 

 マンゴー剥き剥き!!
 かつてナイロビヒルトンの客の中で、こんなことを部屋でしている人がいったい何人いたろうか。
 さてこのマンゴー、厳選してもらったはずなのに、どれもこれもまだ熟れるには程遠い……のか、こっちのマンゴーはこういうものなのか、そもそも野生のマンゴーってのはこうなのか……

 固い!

 やいこら、さっきは肉は固くてナンボだなどとエラそうに言ってたくせに!!

 いや、そりゃ味はちゃんとマンゴーなんだけど、……本当に、モルディブのダイビングボートで配られるココナッツなみに固いんですぜ。
 マンゴー風味のココナッツって感じの不思議な果物だった。まぁ、野趣があるといえばあるか……。

 とても3つも食べられなかったので、2つは手荷物として我々とともにマサイマラへ旅立つことになった……。

 こうして、相も変わらず間抜けなことをしつつ、ナイロビの夜は更けていった。
 この窓の向こうでは、今日もどこかで強盗事件が発生しているのだろうか。そのわりには、いたって静かな夜の街だ。
 明日はいよいよマサイマラへ!!