26・2月3日

ロングサファリ・2〜スーパービッグサプライズ〜

 ブッシュをかき分けかき分け進んだ先に、2台の車が停まっているのが見えた。
 ちょっとした潅木の周りで停めている。
 ひょっとしてあの潅木にヒョウが?

 ヘンリーは慎重に、慎重に車を進めた。

 この潅木に本当にヒョウが潜んでいるのか?

 ヒョウはチーターとは違って神経質だそうで、そう安々と姿を現すことはないらしい。そのため我々は声をひそめ、ゆっくりと近づく。
 もう目の前すぐそこが潅木だ。ヒョウはどこに?

 エンジンを停め、息を潜めて待つ。
 その間、他の車たちもめいめいこの潅木に接近していた。

 その時!!

 フゴゴゴゴゴォォォォォオオオオオッ!!

 突如目の前の潅木から、ものすごい雄叫びをあげながら獣が飛び出してきた!!
 ヒョウだ!!
 目の前、真正面2mである。
 窓を全開にし、ずっと様子をうかがっていた僕たちは突然のことに腰を抜かした。なにしろうちの奥さんなんて、思わず僕の後ろに身を隠したほどだ。

 マジで「やられるッ」と思った。
 しかしヒョウは、我々の車の手前で急カーブし、サバンナを脱兎のごとく……この場合は脱豹だけど……駆けていった。

 カ、カッコイイ…………けど、コワい!!

 あまりの出来事に一瞬静まり返った車内だったが、すぐさま息を吹き返した。
 さすがのヘンリーも興奮気味だ。
 彼がすかさず我々に聞いた。

 「写真は撮ったかい?」

 へ?
 写真??
 そんなもの撮れるわけないじゃんッ!!

 「ノーフォト??アッハッハッハッハ……」

 笑われてしまった。
 だってヘンリー、ビッグサプライズだったってば。

 「おー、まさにビッグサプライズだったね。でももしヒョウが飛び込んできたら、こうしてこうやって羽交い絞めにして助けてあげたよ」

 ホントかよ……自分だってけっこうビックリしてたやん(笑)。
 いやあ、それにしてもすごかった。
 あの豹の咆哮は今でも耳に残っている。
 まるで大地そのものが吼えているかのような、腹の底に届く声。
 これまで見てきた肉食動物たちは、みなリラックスしている状態だったけれど、追い詰められた(ような状態になった)豹は一味違った。

 サバンナを駆けていった豹は、また近くのブッシュに身を隠したようだった。いつの間にか増えていた他の車たちともども、その近くまで行ってみる。
 すると、再び豹は駆けていく。
 美しい………。
 ライオンやチーターにはこうしてカタカナで書くことに何の抵抗も感じないけれど、豹はヒョウではなくやはり「豹」がふさわしい。
 豹柄模様の衣類を好む人たちは多い。しかし実際に豹を見てしまうと、「豹柄を着ていい資格」のハードルは、ものすごく高いところに設定したくなる。お前が着るな、と多くの人に言いたい。

 多くの車に囲まれてもビクともしないチーターやライオンたちよりも、こうして己のプライバシーを守ろうとする豹のほうが、かえって気高い野生を感じさせる。

 やがて豹は、2度と姿を見せなくなった。
 後ろ髪を引かれつつも、あきらめてその場を去るサファリカーたち。
 豹よ、いつまでも気高いままでいてくれ……。

 …というわけで豹の写真はない。
 追風参考記録といいたい人は言わば言え。写真はないけれど、我々が豹を見たというのはまぎれもない事実である。しかも豹との出会いは3ヶ月ぶりのことだったらしい。
 スーパーサプライズは、スーパーレアなことだったのだ。

 翌日、この日の我々の情報をもとに、同じ場所に勇躍やってきたグループは空振りに終ったという。
 つまり、ムパタサファリクラブに大勢宿泊していたゲストのうち、豹を見たのは我々だけ!!
 これをラッキーといわずになんという!!
 いやあ、最初からそうではないかと思ってはいたけれど、やっぱり僕たちってついているんだなぁ!!

 そして車は再びタンザニア国境を目指す。
 天井から身を乗り出し、平原の風を全身に浴びつつ周囲を見渡すと、サバンナはやはりどこまでも果てしなく広がっていた。
 こういう景色の中に暮らしていたら、とてもじゃないけど農耕定住生活をしようとは思わないだろうなぁ。
 あの地平線の先、そのまた先……。大地の果てまで旅してみようと思うに違いない。
 遊牧民族とは、たしかに牛の餌の問題もあるだろうけれど、地平線が生んだ民といってもいいかもしれない。

 ゾウさんたちが平原の向こうを歩いている。
 シマウマが、ヌーが、いたるところで群れていた。そう、こういうシーンをゆっくり見たかったのだ。

 この水辺付近でエンジンを停めたヘンリーは、いきなり車から降りた。
 何をするんだろうと思っていたら、我々にも降りなさいという。
 え?こんなところで降りていいんすか?

 すでに僕たちが全幅の信頼を置いているヘンリーがいうのだからいいのだろう。我々も降りてみた。
 シマウマが目の前で群れている大地に自分が立っているなんて!!
 これまでも間近で見てきた動物とはいえ、車から降りて見たことは一度としてなかった。
 ちょっと離れたところでは、何を争っているのか、ヌーが角を突き合わせていた。

 ゆっくり眺めていると、ヌーたちの個性も見えてくる。
 彼らだって、ただ単に子を産み育て、グルグルとサバンナを周遊してるだけの動物じゃないのだ。
 ヘンリーとうちの奥さんがズンガズンガと水辺のほうへと歩いていく。
 道路を挟んで反対側にも水辺があって、そこでシマウマが水を飲んでいたので、僕は彼らについて行かずにちょこっとだけ見続けていた。
 すると、突如シマウマたちが猛然とダッシュした。
 近づいた僕が怖かったのだろう。でも突然のダッシュは僕も怖かった。

 なんだか岩合さんの写真のようじゃないか!!
 とにかくこの場所で過ごした束の間の時間も、忘れがたい貴重な風景の一つとなった。

 

 ところで、なんでヘンリーはわざわざこの水辺を歩いて周遊したかというと、実は我々がまた変なリクエストをしていたからである。
 あらかたの動物を見てしまった今、見られそうでなおかつまだ見ていないものとしてリクエストをしようにも、なかなかムツカシイものがあった。

 バオバブの木を見たい→マサイマラにはノーバオバブ
 ツチブタを見たい→夜しか出歩かない

 などなど、無理な注文はいくらでもできるのだが、いそうなやつとなるとこちらの知識がそれほどないだけに難しい。すでに豹も見てしまったものなぁ。
 ん?ヒョウ?
 そうだ!
 ずっと持ち歩いていた図書コーナーの写真集に載っていたある生き物を思い出した。
 ヒョウモンリクガメである。

 ヘンリー、これを見たい!

 と、昨日のサファリが終った時点で写真集のカメの写真を指差してリクエストしてあったのだ。

 で、それを覚えていたヘンリーは、この水辺を探索したというわけである。
 僕たちのリクエストはあくまでもヒョウモンリクガメだったから、リクガメが水辺にいるのかなと思いはしたものの、彼には「カメ」ということが重要だったのだろう。
 たまにこういう水辺の縁にカメが潜んでいることがあるという。

 残念ながらカメには出会えなかったけれど、おかげで僕たちは普段ならありえない途中下車をさせてもらい、とっても楽しい思いをした。
 ありがとう、ヘンリー!!

 そして再び幹線道路を行く。
 またしてもハイエナがいた。
 せっかくだから、アップでその顔を撮ってあげることにした。

 うん、見慣れてくるとハイエナもそれなりにかわいいじゃないか。
 ハイエナよ、たくましく生きろ!

 やがてタンザニア国境というあたりの眺めのいい場所で再びヘンリーは車を停めた。
 眺めがいいからここで朝食にしよう、とヘンリーがいう。
 なるほど、なだらかな斜面がタンザニアへと続き、セレンゲティを一望に見渡せる素敵な場所だ。少し離れたところに、ヌーやシマウマが群れていた。

 草原を吹く風は、今日もまた一段と心地いい。
 空はどこまでも青く、見晴るかす地平線はどこまでもサバンナだ。
 大地ではヌーたちが群れ成してのんびり草を食み、大空ではポッカリ浮かんだ雲がゆるゆると流れていた……。