11・桂 浜
翌1月31日も朝から快晴。 この日は、初めて高知に来た観光客にとって、欠かすことのできない観光名所を訪れることにしていた。 桂浜! 歩いて行くにはいささか…いや、絶望的な距離がある桂浜、電車は無いしタクシーは高いし、さてどうしようと調べていたら、観光客向けに「MY遊バス」なるものがあることを知った。 1日乗り放題で定額のこのバスを使えば、高知市街から桂浜まで、1時間弱で行けるという。 なるべくなら朝から酒を飲んでも差し支えない身で居たい旅の空のこと、桂浜に行くならこのバスで! …と当初は考えていた。 ところがこのバス、閑散期だと、高知駅発の始発便が9時。
それで1時間弱かかるとなると、桂浜到着は10時。 どうせならゆっくりしたいのに、1時間30分限定ってのもなぁ…
というわけで、一見便利そうに見えて始発がちょっと遅いMY遊バスは諦め、この日からレンタカーを借りることにした。 いろいろ旅行前に調べたところ、昨年の五島のような地元超ローカルレンタカー屋さんは見当たらず、どこも名の知れた大手ばかり。
そんななか、ニコニコレンタカーというところがリーズナブルそうだった。
ニコニコレンタカー北本町店は、ホテルまでの配車サービスは望めないかわりに、7時オープンのガソリンスタンド。 高知市街でセブンデイズホテルプラスよりもさらに東を歩くのは初めてだ。
テケテケ歩いていると、すぐに小学校のグランド脇の道に出た。
はりまや橋小学校という。 古い地図には別の名が載っていたような気がするから、おそらく近年の統廃合後に校名が新たになったのだろう。 それにしても、日本三大ガッカリと呼ばれて久しい観光名所の中で、その名を冠した小学校があるのはここはりまや橋だけではなかろうか。 そこに通う子供たちの心情に鑑みれば、はりまや橋をオトナがガッカリガッカリと言い続けるのはいかがなものか……。 はりまや橋小学校児童たち、はりまや橋は全然ガッカリじゃないからね。胸張って行こう! ガソリンスタンドの事務所でチャチャと手続きを済ませ、今日明日明後日分のレンタル料16360円(各種保険料、税込)を払って、いよいよドライブの始まり。
1日500円でオプションのカーナビをつけられるんだけど、普段カーナビなど使ったことがないし、たとえ装備されていてもまったく使えないから、オプションの選択権を行使せず。 ただし助手席のオタマサは地図を見る能力絶無で、進行方向どおりに地図をひっくり返して見なきゃ、現在位置も右も左もわからなくなるヒトだから、まったく「助手」席としてアテにはならない。 それでも交通量がとりたてて多いわけじゃなし、わかりやすいルートでもあるので、桂浜へ行く程度ならそれでまったくなんの問題も無く、あっけないほどにすんなりと到着した。
3日間我々のお供をしてくれることになったのは、トヨタのヴィッツ。 エンジンの掛け方は借りる際にガソリンスタンドスタッフに教わったのだけど、しまった、エンジンの止め方を聞いてなかった!!
でもきっと………同じボタンを押せばいいんだよね? 恐る恐る押してみる。 エンジンは止まった……。 知らないことが多いと、こんなことですらスリルを味わえるのだ。
桂浜の駐車場は400円だと聞いていた。 それでも8時20分には到着してしまい、はてどうしよう…と思ったら、フツーに駐車場に入れた。 しかも! 8時30分までに停めていれば、先払いシステムの駐車場代400円は必要ないんだって。 なんじゃそりゃ! 400円程度のこととはいえ、「もっと早く来てればよかった」というビミョーな後悔をするところだったじゃないか。 広い駐車場から見る周囲の佇まいは、土産物屋その他、昔ながらの観光地的風情で、とても昭和な雰囲気。 その並びに、「とさいぬセンター」なる施設があって、そこでは土佐犬のチビチビが見られたりするらしい。 土佐犬なんて、土佐丸高校の鳴門の牙こと犬飼小次郎が連れているのしか観たことがないので(漫画です)、高知へ行くからには土佐犬も目にしてみたいなぁと思っていた。 桂浜にそんな場所があるだなんて、まさに願ったりかなったり。 ところが。 よくよく調べてみると、とさいぬセンターは、残念ながら昨年で力尽きてしまったのだった。 せめてあと1年耐えてくれていれば……。 この駐車場から左の方へ行くとすぐに、有名な坂本龍馬の銅像がある。 ところが前出の有川浩の高知案内本に出てくるタクシー運転手イトウさんいわく、銅像はあとでいいから、もっと右から松林を抜けたほうが最初に目にする景色がいいとのこと。
そのルートがどうなのか正確なところはわからないけど、とにかく銅像よりもまず右から攻めてみることにした。
おお、桂浜!
勝手に思い描いていたイメージより範囲は狭かったけれど、まだ朝早いこともあって、人の姿がほとんどない海岸には、寄せては返すさざ波の音だけ。 あとで波打ち際に行ってみよう。 …と思ったら、桂浜は地形的に突如大きな波が来たりするから、波打ち際には近寄らないようにしてください、という内容のアナウンスが、あたりいったいに大音量で流れた。 どうやら8時30分から30分おきに桂浜公園に流れる録音放送らしい。 そんなの余計なお世話だと言いたいところだけど、実際に波をかぶって大事になったり、施設の管理責任を問うたりする人も過去にいたのだろうなぁ。 いいオトナが波の来る気配もわからぬ幼稚な国、ニッポン。 ここから松林の道を歩いて少し西側に行くと、そこに立っているのが、御存知この方。
坂本龍馬像。 「桂浜言うたらワシじゃき」と本人が言ったかどうかは知らないけれど、ここ桂浜といえばこの銅像。 昨今のインスタグラム流行りの世の中のこと、自撮りで撮られた写真の多くは、像の手前に誰かしらの大きな顔があると思われる。 それじゃあこの銅像の台座を含めた実際の巨大さがわからないだろうから、ここはひとつ対人比モデルのプロ、オタマサに登場願おう。 この銅像、こんなにでっかいんです。
昭和の初めに高知の青年有志が資金を集めて造ったものだそうで、坂本龍馬といえば海、遥か太平洋の彼方を見つめているように建てられたという。 でも、今観るとなんだか周りの松が随分伸びていて……
…太平洋が半分見えないんじゃね?? 春と秋の年2回、龍馬さんの目線の高さの展望台が隣に設けられるそうだから、今もちゃんと水平線が全域見えているのかどうか、どなたか行って確認してちょ。
この坂本龍馬像の真ん前に、浜まで降りられる階段がある。 さっそく歩いてみよう! …と思ったら、すぐそばにこの子を発見。
ジョウビタキ! 冬を過ごすべく大陸から日本にやってくるこの渡り鳥、冬の水納島でも…というか我が家の庭でもお馴染みだけど、ここ高知ではこのあとも随分たくさん目にした。 昨年の五島でも、埼玉のオタマサの実家でも、以前は伊豆大瀬崎でも目にしたことがある。 沖縄と埼玉とじゃ、冬を過ごすにも随分と条件が違っているように思えるんだけど、彼らの越冬地の選び方って、いったいどうなっているんだろう? 夏の生息地の厳しい冬に比べれば、沖縄も埼玉もパラダイスってことなんだろうか。 海から突き出ている岩の上では、ウミウ(?)が羽を休めていた。
羽を閉じてジッとしていると、ペンギンに見えなくもない。 そんな、鳥はいるけど人はいない桂浜で、太平洋にタッチ!
管理者の責任逃れ用エクスキューズでしかないアナウンスは、この際無視。 桂浜は基本的に黒っぽい大粒の砂なんだけど、この波打ち際には、どちらかというと川石のような丸っこい石が堆積している。
それもそのはず、ここらへんに堆積している砂も石も、すぐ隣の仁淀川由来だそうで、仁淀川が海まで運んできた石が波にさざれて、ここに溜まっているという。 五色の石ということでも有名で(高級玉砂利になっているらしい)、どの色の5色なのかはわからないままとりあえず色が異なるものを集めてみると、その場ですぐさま5色以上揃った。
拾えるのは石だけではない。
さすが黒潮に洗われる海、サンゴ礁域の貝のはずのハナマルユキも住んでいるらしい。 …と思ったら、このハナマルユキはたしかに主生息域は熱帯地方の海ながら、日本海側は山形県まで、太平洋側は房総半島まで観られるタカラガイなのだとか。 はたしてこの桂浜でハナマルユキってのは、レアなのか普通なのか? 五色の石を海岸で拾う、ということをここでの最大のテーマにしていたオタマサは、任務終了と同時に小腹が空いたらしい。 おあつらえ向きに海岸の遊歩道沿いにあるコンクリートの構造物がベンチ代わりになるので、そこでしばし休憩しつつ、エネルギー補給をすることにした。
ひろめ市場でゲットした、高知県民のソウルお菓子ミレービスケットしんじょう君版。
ほどよく塩味が利いたオーソドックスなビスケットは、小腹の空いた朝のひとときにうってつけ。
デザートには、昨日の文旦の残りをいただいた。 行き交う漁船と波の音を聞きながら、朝の海辺でいただく文旦もオツなものだった。 空高く、鳶がピーヒョロロロ…………と気持ちよさげに飛んでいる。
この桂浜には海岸のすぐそばに「桂浜水族館」がある。 はたして需要があるんだろうか…… ……と思っていたら、開館早々に入館する団体様ご一行が。
ええ!? いやはや、あらゆるニーズに合わせるというのも大変だ。
ちなみに、水族館の真ん前あたりの波打ち際には大きな岩があって、潮が引くとその根元も干出する。
未確認ながら、おそらく水族館の排水口だろう。 取水口がもっと沖の海中で口を開けていて、館内の水槽を巡って出ていくだけだろうから、成分的にはなんの害もないんだろうけど、こういうモノを見せたくないから、波打ち際に行くなとアナウンスしているとか?? < 違うと思います。 その他、9時を境にスピーカーから桂浜公園全体に流れ始めた音楽を脳内シャットアウトしつつ過ごしていると(なぜだか初っ端はドボルザークの「新世界より」。それっておしまいの曲なんじゃ??)、静かな波の音といい、沖合を行き交う漁船の音といい、とっても素敵な桂浜。 月の名所として昔から知られているこの浜は、もとは勝浦の浜だったそうな。 それを、江戸時代の土佐藩主山内某が、よく月とセットになる桂という字をあてて「桂浜」に改めたのだとか。
坂本龍馬も愛した桂浜、という説明もよく目にする。 でも、馬に乗って来るのであろう藩主御一行とは違い、徒歩しか交通手段が無い彼ら郷士が高知城下からここに来るには、5、6時間かけて歩いて来なきゃならないはず。 マンガのとおりホントに「坂本龍馬も愛した」のであれば、そこにはたった30分車に乗るだけで到着することができる我々には想像もできない「愛」があったことだろう。 そんなことを考えながら文旦を食べていると、沖合……といっても随分近いところで、なにやらアヤシゲな動きをしている船があった。
ただ通過するだけかと思っていたら、シンクロナイズドスイミングのように、2隻が息の合ったターンをりしている。 どうやら操業しているっぽいけど、トローリングかな? ミレーのビスケットと文旦を食べながら沖の漁船を眺めつつのんびりしていると、海岸の端から犬を散歩していたおじぃがだんだん近づいていたきた。
すぐ近くを通りかかられたのでご挨拶すると、これがまた大のお話し好きなおじぃで、毎朝のように愛犬キヨちゃんの散歩をしていることから身の上話、ご家族、近所の学校の児童数の変遷に至るまで、とても初対面とは思えないほどの親密さで語ってくれた。 ここ浦戸あたりの学校も児童数減がかなり進んでいて、昔は1学年に2クラスあったものが、今では全校児童合わせて18名なのだとか。 越境入学などいろいろ手を尽くして学校を存続させる努力をしているようだけど、少子化の流れが変わることはないからなかなかムツカシイという話だった。 全校児童生徒合わせて2名の水納小中学校に比べれば、18名もいれば「多い」てなもんだけど、数字合わせで統廃合すればモンダイ解決、という短絡的な手法では、明るい未来が見えてくるはずがないことだけはたしかだ。 そうやっていろいろとお話してくれるおじぃが、さきほどの沖の漁船のヒミツを教えてくれた。
なんとあれは、どろめ漁なのだとか。 おじぃ、いろんなお話をありがとうございます。
エネルギー補給を終え、再び歩き始める。 先ほどの排水口がある岩の上には、カモメがいた。
目の周りのガラの悪さからして、おそらくオオセグロカモメだろう。 岩の上にはフンがたくさんあったから、時にはカモメだらけになっているのかもしれない。 カモメの向こうに見える桂浜の東端は、崖状の小高い岩場になっている。 龍王岬というところで、そこには龍王宮と言う名で親しまれている海津見神社や桂浜を見渡せる展望台があるというので、テケテケ歩いて行くことにした。 小高い崖の上まで、階段が設けられている。
登っていくと……
朱塗りの祠があった。 ちなみに崖はオマタヒュン。
でもここから眺める水平線の広いこと!
土佐のおきゃく文化ってのは、こうして海がドドーンと広がっている土地ならではなのかもしれないなぁ…。
ここからもう少し上ると、見晴らしのいい展望スペースがある。
……美しい。 実は反対側にも海岸が長く続いていて、残念ながら砕波ブロックの構造物がたくさん沖に向かって突き出てはいるのだけれど、手直なところだけ観てみると…
なんかいい感じ♪ ここから先ほどの祠を見下ろすと…
やっぱりオマタヒュン。 海も広々と見渡せるので、沖に浮かぶ漁船を見ていたところ、先ほどと同様、ツインになっている漁船を発見。
その船尾には……
ホントだ、網を引いている。 ここからの眺めがいいので、せっかくだからこの時間帯の桂浜にどれほどヒトがいなかったかを記憶にとどめるべく、オタマサに先に浜まで降りてもらって、ここから撮ってみることにした。 1月末の朝10時の桂浜には、こんなにもヒトがいません。
真ん中の点がオタマサ。
人物特定可能(トリミングはしてます)。 こんな遊びもしていたおかげで、たっぷり2時間、桂浜をゆっくりじっくり堪能させてもらった。 最後にもう一度浜を歩き、龍馬さんの背中に別れを告げた。
有名度でいえば日本有数の桂浜の坂本龍馬像だけど、背中を見る機会はなかなかないでしょ?
さて、時刻は10時30分。 いえ、いったんホテルに戻り、車を駐車場に停めちゃいます。 え?せっかく朝から車を借りたのに? だってそのあと飲むんだもん。 そう、今日も昼酒が待っているのだ! |