16・国立公園の本領

 高知市街から久礼の町までは、途中須崎に寄ったりもしたので、それぞれの間はさほどの距離ではなかった。
 ここから足摺岬を目指すとなると、これまでの移動距離などほとんどゼロに等しい。

 しかるに、7時30分に出発してからそろそろ5時間になろうというのに、まだこんなところにいる我々。

 それはまるで、365日以内に14万8千光年離れたイスカンダルまで行って帰って来なければならないというのに、半年以上かけてまだ冥王星にいるようなもの。

 とはいえ土佐久礼の最寄りのインターから高速道路に入っても、終点の四万十中央インターまでたかだか15、6キロだから、ワープの効用まったく無し。

 なので、引き続き中村街道こと国道56号線を行く。

 するとだんだん山間の道になってきて、標高もグーンとアップ。

 そしてあたりは……

 雪景色に!!

 いくら真冬といっても、高知県のこんな南側でまさか雪景色を見ようとは……。

 たしかに寒かったもんなぁ……。

 普段の沖縄の生活では、路面の凍結や積雪状態での運転など経験していないから、道々の「路面凍結注意」という看板がけっこうプレッシャーだった。

 でもまぁ、路面の凍結はせいぜい早朝だけのことだろう…

 …と高をくくっていたところにこの積雪。
 路面凍結してたらどうしよう?

 通りかかった峠のドライブインぽい飲食店施設の駐車場には、雪が随分積もったままになっていた。

 雪見たさに駐車場に立ち入ってみる。

 すると、見晴らし台のようなところで、誰かが雪だるまを作ってあった。

 昨オフは京都の宮川町を歩いている時に降っていたのを目にしただけだったから、積雪を見るのは久しぶりだ。
 妙にテンションが上がるオタマサ。

 しかしハンドルを持つ身としては、この先の路上の状態がかなりプレッシャーである。

 幸い積雪が見られたのはこのあたりくらいで、交通量もそれなりにあるから路面はただ濡れているだけで、凍結、積雪の心配は無かった。

 帰宅後に日本を包み込んだ大寒波のニュースでは、四国のこのあたりも降雪を示す真っ白表示に覆われていたけれど、このへんはどうなっていたんだろう?

 ……少なくとも高速道路は、積雪のため通行止めになっていたらしい。

 そういう時に当たらなくて良かった……。

 山間が続いていた道はやがて海沿いに出た。
 ニタリクジラをメインとするホエールウォッチングが盛んな、旧大方町(現黒潮町)あたりを通過する。

 沖縄のホエールウォッチングというと冬場〜早春が時期なのに対し、ニタリのウォッチングは水納島の海水浴シーズンが時期になるらしい。

 そうこうするうちに、ようやく四万十市に到達。
 当初の予定では、この日に少々四万十川を遡ってみようと思っていたのだけれど、こんな雨降りの日に川でもあるまいと予定を変更している。

 市街地はけっこう拓けているものの、街中だけに道がややこしく、まっすぐ足摺方面に突き抜けようにも、あっちで左、こっちで右にと曲折する必要があった。
 そのためオタマサは、地図をひっくり返しながら奮闘してくれていた(フツーは奮闘しなくても、ただ見ればわかるんですけどね)。

 その四万十市に入ったばかりくらいのところに……

 ありました、サニーマート!

 ラガブーリン先生が昨夜教えてくれたとおりの場所にあった。
 なるほど、巨大なスーパーマーケットだ。

 実は高知市街で歩ける範囲にこういったスーパーマーケットがなく、ご当地スーパーを愛するオタマサは目的を果たせぬままでいたところだったので、ここで休憩がてら買い物することにした。

 すると……

 鮮魚コーナーに地物のカツオの刺身が!!

 前後の見境なく、思わず買ってしまうところだった……。

 その他鮮魚コーナーには、昨年の五島で堪能したイトヨリダイの大小がかなり安価で並んでいたりと、いろいろご当地ならではの食材がやはり豊富だ。

 指をくわえながら鮮魚を見つつ、リープルや炭酸水、そして寝酒用に(?)300ミリリットル入りの地酒などを購入。

 つづきの大将が愛するサータアンダギーは、残念ながらここでは見ることができなかった。

 四万十市街をあとにし、清流四万十川沿いに国道321号を南下する。

 国道といってもほとんど土手道に毛が生えた程度で、途中には車線すら無くなる個所もあってビックリした。

 四万十川的にはほぼほぼ最後の最後、下流も下流の場所で、ここからほんの少し下ればもうそこは海だ。

 日本固有種の大魚アカメは、きっとこういうところにいるんだろうなぁ。

 四万十川下流を離れると道は再び山間となり、そこでついに土佐清水市に入った!!

 国道321号をひたすら南下しているうちに、また海沿いに出て来た。
 晴れていればさぞかし風光明媚であろう景色を眺めつつ走らせていると、ほどなく眼下にとんでもなく素晴らしい海岸が現れた。

 監視台用っぽいあずまや風の小さな建物以外、いかなる人工物もない完全無欠の広大な天然海岸だ。

 ここは、こういう場所だった。

 足摺宇和海国立公園の大岐海岸。

 足摺地方から宇和海っていったら相当長大な海岸線なのに、このグレードでどこもかしこも海岸が保全されているのだろうか。

 お金さえ出せば誰でも大きなホテルや建造物を造り放題の沖縄本島域の国定公園とは大違いだ。

 ちなみに国立公園とは、自然公園法に基づき、国の予算のもとに管理しているモノであるのに対し、国定公園とは同じく自然公園法に基づいて環境大臣が指定はしつつも、その保全・管理は予算も含めて各都道府県が受け持っているもの。

 ということはつまり、恩納村から名護に至る国定公園の美しい自然海岸にホテルや御○子御殿など民間建造物が林立しまくるのは、すべて沖縄県の判断なのである。
 いっそのこと国立公園にしてくれていれば、どんなに素晴らしい海岸景色が今もなお残されていたことだろう……。

 夏ともなれば大いににぎわうのであろう大岐海岸、さすがにこの真冬にはヒトッコヒトリーヌ……

 …かと思いきや。

 サーファーの姿が!!

 たしかに、サーフィンするにはほど良さそうなうねりが、幾重も押し寄せている日ではあるけれど………。

 トイレに行ったばかりでも、5分外にいるだけでたちまち尿意を覚えるほどの寒さだというのに。

 孤高の彼はきっと、幻の大岐ジェーンを待っているホンマモノのサーファーに違いない。

 大岐海岸まで来れば、足摺岬はもう目と鼻の先だ。

 とはいえこのお天気で灯台が立つ岬を眺めても、なんだか哀しみ本線日本海にしかならなそう。

 そこでこれまた予定をそっくり変え、足摺半島の付け根からさらに西を目指すことにした。

 このあたりの海沿いの道は、南国の太陽の恵み感たっぷりの「足摺サニーロード」と名付けられている。

 しかしこの日に限っては、それはブラックジョークのような名前でしかなく、我々が行く道はあくまでも足摺レイニーロード。

 土佐清水市の中心部を抜け、足摺サニーあらためレイニーロードをさらに西へ。

 しばらくするとたどりつくのが、竜串だ。

 夏場にはダイビングも行えるようで、日本に現在3つしかないという旧海中公園の海中展望台や、グラスボートで海の中を見るツアーもある場所だ。

 しかし我々のここでの目的は、それらアクティビティではもちろんない。

 広い駐車場には他に1台の車も無い、うら寒い午後3時過ぎ。
 ヒトッコヒトリーヌだけどなぜだかトイレ近辺に猫がウジャウジャいた。

 ここからテケテケ歩いて行くと、海辺に現れるのがこの風景だ。

 竜串海域公園と呼ばれるこのあたりは、約1700万年前の太古、人類の祖先がまだサルでしかなかった大昔に、波が形作った姿のまま砂底が岩になった砂岩、すなわち化石漣痕の路頭海岸で、さざ波が織りなしたのであろうフクザツな紋様が、まるでスタートレックに出てくるどこかの惑星のように海岸一帯に広がっているのだ。

 一応散策ルートが整備されており、難所にはコンクリートで橋渡しなどがされているほどには手を加えられてはいるけれど、海岸はほぼほぼ天然のまま保全されている。

 保全・管理には少なからず費用もかかるだろうに、駐車場が無料なのはもちろん、散策ルートももちろんタダ。

 でまたこの奇岩の異様さが素晴らしい。

 まさに自然の造形美。
 そんな奇岩の波打ち際に、なにやらアヤシゲに動く物体が見えた。 

 ひょっとして??

 あ、ブダイの仲間だ!!

 南国っぽいその姿、黒潮がぶち当たるこのあたりの海にいたとしてもおかしくはないのだろうけど、こんな波打ち際、しかも最初は尾ビレを水面から出しているほどに浅いところで、40センチほどのブダイがなにやら餌をついばんでいた。

 ソラスズメダイなどがたくさん観られるのかな、と思ったら1匹も観られなかったかわりに、こんな魚がいるなんて。

 竜串海岸遊歩道と名付けられているこの散策路は、フツーに歩けば30分弱で回れるコースになっている。

 でもこういう場所に来て、ただ歩くだけって人はまずいないだろうし、ブダイだなんだと海の中まで楽しむとなると、1時間くらいはみておいたほうがいい。

 この案内看板を見るとわかるとおり、奇岩を何かに見立ててそれぞれ「名所」のようにしてある。
 ただしそれは、沖縄本島北部の大石林山同様、想像力の押し売りでしかないから、あまり気にすることはない。

 でも、全域化石漣痕の地層だけに、そういう環境ならではの化石が見られるというのは興味深い。

 生痕化石と呼ばれるもので、この地層がまだ海底に溜まっている砂だった頃に、そこで暮らしていた生き物たちの生活痕が化石になっているのだ。

 詳しくなければ気づけないものが多い中で、ワタシでも簡単に見つけられた生痕化石がこれ。

 中高年のふくらはぎの静脈瘤のように岩肌に浮き出たこの紋様は「コブ付きパイプ」と呼ばれているもので、実はこれ、アナジャコ類の巣だったもの。
 砂底中に縦横に管状の生活ルートを作るアナジャコの住まいが、そっくりそのまま化石になっているのだ。

 巣穴痕だけ赤くなっているのは、管状の巣の表面が酸化しているためだそうで、酸化している分周囲の砂岩よりも固いので、このように風化に耐えて今もなお残っているのだという。

 アナジャコの巣の化石はこの海岸一帯ではかなり多く(日本ではそういう場所は稀)、苦も無く見つけることができる。
 このように俯瞰的に縦横に走っているものが見られるほか、管がそれぞれ断面になった状態のものもある。

 これは先ほどの想像力押し売り案内看板では「カエル千匹連」と名付けられている。両手をついたカエルが群れなしているように見える……らしい。

 そんな説明よりも、アナジャコの巣の化石というジジツを紹介するほうが、よっぽど知的好奇心を刺激すると思うんだけどなぁ……。

 想像力押し売り案内板には「サンゴのかけらの浜」という場所もあった。

 これまた何を、と胡散臭く思っていたら…… 

 ホントにサンゴのかけらが、小さな浜にたくさん堆積していた。

 なかには、けっこう立派に育ったキクメイシも。

 このあたりの海中ではフツーに造礁サンゴの群生が観られるようだから、浜辺にサンゴの欠片が堆積するのは沖縄と同様なのだ。

 そんな海中もきっと素晴らしい景色なんだろうけど、見渡す限りの天然海岸の素晴らしさときたら!

 海岸という海岸が人工物で埋め尽くされていく一方の日本では、なんともゼータクな風景といえる。

 しかしこの竜串の海岸から西を眺めると、そこにあるのは…

 海中展望台。

 海の中の様子をいろんな人々に知ってもらう、というその意図はわかるけど……

 その外観、もっと工夫の余地はないものか。

 ヒトが自然と親しめるようにと造られているものが、もっともこの自然環境に馴染んでない…っていうところがいかにも昭和って感じ。

 それはともかく、ほぼ天然のままの状態で保全されているので、 散策ルートではあっても、場所によってはこういう難所もある。

 過去にはうっかり八兵衛の1人や2人いたであろうことは想像に難くない。

 この奇岩海岸をグルリと周る形でやがて散策路は終わり、桜浜という夏場には海水浴場になる海岸から元の駐車場に戻る。

 小一時間たっぷり散策させてもらった。 

 ここからほんの少し足を延ばせば、ダイビングのメッカ柏島があるというのに、そこにはまったく見向きもせずにやってきた竜串。
 あいにくのお天気ではあったけれど、期待以上に素晴らしい場所だった。

 それもこれも、足摺宇和海国立公園に含まれているおかげだろう。

 ちなみにこの足摺宇和海国立公園は、こんな広大な範囲になっている。


竜串自然再生プロジェクトのウェブサイトより転載

 赤でくくられたそのすべてがこのグレードで保全されているのなら、そりゃ海もきれいなはずだわ、柏島。

 実際にはこのあたりの海は、前世期後半には陸から流れ出る土砂やオニヒトデの食害などで、一時はサンゴが壊滅してしまったという。

 これじゃぁいかんと、行政、地域、住民がタッグを組んで組織されたのが、竜串自然再生プロジェクト。

 その組織の説明にいわく、

 竜串のサンゴを復活させるためには、海だけでなく、森・川・里・海のつながりの再生が必要でした。
 そこで、地域住民や専門家、行政など、地域内外の多様な主体が集まり、平成18(2006)年9月に自然再生推進法(平成15年1月施行)に基づく「竜串自然再生協議会」を発足させ、さまざまな自然再生の取り組みを行っています。

 そして活動開始から10年経った頃には、各主体の精力的な活動によって、海底に溜まった泥土の量は10分の1までに減り、竜串湾のサンゴは無事に再生しつつあるという。

 そして竜串自然再生プロジェクトは言う。

 自然の回復力、それをサポートした人の力。
 その二つがあいまって、竜串の海は美しい姿を取り戻しつつあります。
 この再生した自然を未来へつないでいくことが、これからの私たちの使命。
 竜串自然再生の取り組みは続きます。

 美しい海を埋め立てて新しい米軍基地を造るため、なりふりかまわず必死になっている国と同じ国の話とはとても思えないんですけど……。 

 実際はもっといろいろ諸問題があるんだろうけれど、少なくとも、銭儲けのためなら海を埋め立てて基地を造ってもOKという名護市とは、まったく異なる思想空間であるに違いない。

 同じ税金を払うなら、こういう国に払いたい。

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