21・四万十川

 土佐清水の市街地から足摺半島の付け根を東側へワープし、四万十市目指して北上していた。

 昨日南下してきた同じ道なのに、鉛色の空に覆われていた前日とはまったく違う景色が広がっている。

 やがて、前日も通った四万十川の最下流域に。

 川の幸に恵まれた四万十川の冬の旬といえば、青さのり。
 アオサノリとかアオノリとかいろいろ呼び方があるようなのでややこしいけど、新荘川の川岸でたまたま見かけたアオサノリの切れ端は、沖縄の春の海辺で採れるアーサーことヒトエグサとは似て非なるもののように見えた。
 居酒屋あおきさんでいただいたアオサノリの天麩羅も、アーサーの天麩羅とは微妙に違う味覚に思えた。

 ところが、こちらの河口域で採れるアオサノリも、分類的にはアーサと同じ「ヒトエグサ」だという。

 ただし水納島も含め、沖縄ではアーサはほぼほぼ海岸で採れるのに対し、こちらのアオサノリは河口域の川で採捕するもののようだ。

 そんな話を旅行前に調べていたところ、なんとも気になる写真に出会った。
 四万十川で採ったアオサノリを、まるでイカを天日干しするようにしてズラリと吊るして干している風景が、この季節のこのあたりの風物詩として紹介されていたのだ。

 これは是非観てみたい。

 でもどこで観られるんだか、見当もつかない。
 そこで、遠出をする前日、魚の店つづきで出会ったラガブーリン先生にお訊ねしたところ、

 「市街地よりももっと下流のほうだなぁ…」

 と教えてくれた。

 我々は今、まさにその下流にいる。

 そして……

 おお、アオサノリを採集している!!。
 すでに採集されたものが、山のように小船に積まれてあった。

 この一面の緑がすべてアオサノリなのか。

 そして少し北上したところにある広い広い河川敷では……

 干している!!

 ただしこの時間はもうほぼ干し終わって回収作業になっていたらしく、干されているアオサノリはほんの少しだけだった。

 さらにここからもう少し北上し、大きな橋が架かっているちょい手前くらいのところに差し掛かると、待望のシーンを発見。

 川とは反対側の沿道の畑地に、アオサノリがまるで洗濯用洗剤のCMに出てくる白いTシャツのように、ズラリと並んで風にたなびいているではないか。

 これこれ、これが観たかったんだ!

 ラガブーリン先生、アオサノリの天日干し、おかげさまで観ることができました!!

 前日は雨雨雨のせいでこういう風景など微塵もなかったのだから、千載一遇のシーンに遭遇できたのはひとえにこのお天気のおかげ。

 いやあ、いいものを見せてもらった。
 でもこうして見てみても、沖縄のアーサとはやはり違うように見えるよなぁ……。

 まぁいいや、どっちも美味しいから。

 そのまま四万十川沿いに北上すると、やがて四万十市街になる。
 そのまま国道56号線に乗ってしまえば、高知市街まで約2時間。
 まっすぐ帰れば3時半にはホテルに戻り、シャワーを浴びてゆっくり休憩してから、最後の晩餐に臨むことができる。 

 しかし高知のここまで来ている以上、絶対にスルーするわけにはいかない場所がある。

 それは……

 沈下橋!

 高知未体験の県外人で、四万十川と聞いてアオサノリを連想する人はなかなかいないだろう。
 けれど沈下橋は、四万十川とセットといってもいいご当地の目玉。

 沈下橋とはご存知のとおり、川が増水しても橋が流されてしまわないよう、余計な構造を極力排し、シンプルイズベストにして水や流木をやり過ごす工夫が凝らされた橋で、そのために欄干ひとつない造りになっている。

 この「橋が沈むように造られている」という説明を字義通り受け取り、橋が上下に稼働すると勘違いしてるヒトがなかにはいるような気配も、ネット上の個人サイトにはあったのが笑えた。
 もちろんのこと橋は微動だにしない(しませんよね?)。

 支流を含め、四万十川流域にはこの沈下橋が50近くあり、中流以降は見た目立派な橋が多い。

 とりわけ岩間沈下橋は、ベストビューを誇るという。
 せっかくだからそこまで足を延ばしてみたかったのだけど、そうすると高知市街に帰り着くのが遅くなりすぎてしまいそうだったため、ともかく手前から行けるところまで的に北上していくことにした。

 まず訪れたここは、佐田の沈下橋というところ。

 佐田沈下橋にあった四万十川の地図の「現在地」のところ。

 佐田沈下橋は最も下流側にあることもあり、四万十川の沈下橋中最長だそうで、ドラマのロケ地にもなったこともあって訪れる観光客も多いらしい。

 でも橋は観光用でもなんでもなく、生活道路としてフツーに存在しており、けっこう車の行き来も頻繁だった。

 下から眺めている分にはのどかで素敵に美しいけれど、実際に橋の上に立ってみると、橋は川面から随分高いところにあることがわかる。
 そのため、近頃は脚立の天辺ですら眩暈がするワタシなど、欄干がないというのは相当プレッシャーだ。

 車が横を通り抜ける際に端に寄ろうものなら、相当オマタヒュン状態になる。

 でもそんな橋の上からの眺めが素晴らしい。

 日本の川って本来、どこもこうだったんだろうなぁ……。

 そんな四万十川に初タッチ。

 最後の清流と言われる四万十川。
 だから川はもちろん、周囲の山もなにもかも、すべて手つかずで残されているのだとばかり思っていた。

 ところが、この佐田沈下橋に来るためには通らずには済まない狭い狭い県道340号線沿いの山肌には、本部半島の採石場のような箇所がいくつもあり、狭い道路なのに巨大ダンプカーの往来も激しい。

 なので、この少し上流側にある三里沈下橋は、橋の雰囲気はいいんだけど周囲が工事現場状態のため、いまひとつ立ち寄る気にならず。

 そのさらに上流に行くと、道は国道441号線に合流し、周囲も落ち着いた雰囲気になってきた。

 そこにあるのが……

 高瀬沈下橋。

 佐田沈下橋のように駐車場が整えられているわけではなく、うっかり橋詰めまで降りてしまうと、そのまま橋を渡るしかなくなる。

 わりと幅広い佐田沈下橋ですら、車で渡るのは無理!と思ったくらいなのに、こんな狭い橋なんて……

 幸い、手前の空地に車を停めてから土手を下りてきたのでセーフ。

 この橋もやはり生活道路で、車がフツーに通行していた。

 ときおり車が通行するものだからなかなか難しかったのだけど、とりあえずここでもライフワークを……

 高瀬沈下橋で大の字。
 もっとも、俯瞰できる角度で撮れないから、橋の上で行き倒れたヒトのようになってしまった。

 この橋の上からの眺めももちろん絶景だ。

 こうなると、もうちょっと遡って次の沈下橋も観てみたくなる。

 この高瀬沈下橋から10分もかからず到着するのがこちら。

 勝間沈下橋。

 釣りバカ日誌14のロケ地になったらしい。
 こちらの沈下橋の橋脚は、3本脚になっている珍しい造りなんだとか。

 ここももちろん生活道路だ。

 でもこれまでよりさらに上流ということもあり、風景は一段とゼータクな趣きに。

 そんな橋の上からの眺めを楽しんでいた時、オタマサの目がとあるものを捉えた。

 対岸で岸に沿って飛んでいる鳥だ。
 するとその鳥は、川面を見下ろすように生えている木に止まった。

 ジョニーの出番だ、ズームイン!!

 おお、ヤマセミだ!!

 カワセミはこれまでに何度も観たことがあるし、アカショウビンも梅雨時の水納島で何度か観たことがある。

 けれどヤマセミは、2人とも人生初!!

 我々がいるところからは随分距離がある対岸を飛んでいたにもかかわらず気づいたオタマサによると、カワセミに比べると遥かに大きく、飛び方が独特だからすぐにこの系統の鳥であることがわかったらしい。

 たしかに、木に止まっていると、白っぽいから肉眼でもそこにいることがわかる。

 こうして川辺の木にとまり、魚をゲットするのだろう。

 いやあ、さすが自然のままの四万十川、ヤマセミに会えるとは。

 とっても得したような気分になって、あらためてライフワークを。

 四万十川、素敵な場所である。

 聞くところによると、今もなお夏には川で遊ぶ子供たちも多いという。

 この勝間沈下橋の橋詰めに、注意を喚起する看板が掲げられていた。

 なるほど、穏やかそうに見えても川は川、プールと同じようにはいかないのは当たり前。
 しかも上流にダムひとつない水量は、水深18メートルにも及ぶらしい。
 渦はあるわ妙な流れはあるわで、けっこうデンジャラスそうである。

 しかしそんな危険情報を列記しつつも……

 飛込み「注意」!!

 禁止ではなく注意であるところに、ワタシは、自然と共に生きるこの地域の人々の、底知れぬ懐の深さを見る思いがした。

 今回は時間制限があったから、気ままにゆっくり過ごすことができなかった四万十川。

 こんな素敵な世界なら、丸一日使ってもまだ足りなそうだ。
 真冬には難しいだろうけど、屋形船に乗ったり川辺で酒でも飲んだりしようものなら、さぞかしスペシャルなひとときを過ごせることだろう。

 次回のチャンスがあれば、酒付きで世話になります、四万十川!