F鳶は舞い降りた

 静かに静かに寄せては返す小さな波の音を聴きながら、暖かな掘り炬燵で飲んでいるうちにいつしか夢の世界へ……………

 …なんて、酒飲み的には夢のような…というか夢そのもののシチュエーションである。
 それをそのまま実現できるところだったものの、食事しているうちにいつの間にか襖の向こうに敷かれていた布団が、三船敏郎ならずとも

 「寝てみたい…」

 とつぶやいてしまいそうなほどに見るからに心地良さそうだった。
 その魅力に耐え切れず、素直に布団にて熟睡して迎えた翌朝。

 内地の朝は沖縄より早いとはいえ、冬至直後のこの季節、いつもどおり6時過ぎに目覚めたところ、外はまだまだ真っ暗だった。

 が。
 早くも海では人々の活動する気配が。

 船……いや、ここでは舟と書いたほうが趣があるか。その舟が、まだ白み始めてすらいない未明の海を、一隻、また一隻と出港していく。

 そして東の空がようやく白み始めた頃、我々が泊まっている部屋のすぐ隣に舫われていた舟のエンジンがかかり、航海灯に火が灯った。

 お隣さんも現役のウミンチュだったのだ。

 このお隣のウミンチュさん、寒波が去ったとはいえ気温ヒトケタのこの寒さにもかかわらず、暖機運転ってなんのこと?ってな勢いで、エンジンがかかったと思ったのも束の間、颯爽と出漁していった。

 カッコイイ……。

 もとよりこの伊根の舟屋は漁村である。
 そもそも舟屋の1階部分は、漁をするための舟の収納庫なのだから、昔は全村民がウミンチュだったのだ。

 そして今もなお現役の漁村で、こうして朝早くから出漁するわけである。
 漁村であるからには、漁港も漁協も当然ある。
 できることなら、水揚げされたばかりの漁港を見学したいなぁ……。
 とはいえこんな寒さと暗さの中、いくらなんでも朝の3時4時に漁港に出向くのは遠慮したいしなぁ…。

 ところが宿の女将さんや仲居さんに伺ってみたところ、だいたい朝8時過ぎくらいに延縄漁の舟が戻ってきて、それから水揚げが始まるということだった。
 え?そんなに遅い時間なんですか??

 未明の3時4時にセリが始まる那覇の泊漁港のような雰囲気をイメージしていたのでびっくりしてしまった。
 おまけにその延縄漁の舟が漁港に戻ってくるタイミングで、町内にアナウンスが流れるという。

 なんで町内にアナウンスが??

 これは是非漁港に赴いてみなければなるまい。

 というわけで、宿から歩いて15分ほどという朝の漁港探訪を楽しみにしつつ、いかにも海辺!的ステキな朝食をいただいた。

 当然のように朝から飲むヒト。
 これから散歩するというのに、朝から飲むんすか??

 「旅行といえば、朝から飲むんだよ」

 うーむ……どこかで聞いたことがあるそのセリフ。
 血は争えないとはこのことか。

 「だんなは飲まないの?」

 ……飲みますよ、そりゃ。

 カマスの干物、笑ったような笑わぬような……。

 ところでこの伊根湾は、漁村だけあってやはりカモメが多い。
 ローマで耳にしたような鳴き声はほとんど聞かなかったけど、我々が朝食を採っている間も、窓外をやたらと飛び回っていた。ときおり手近なブイの上で羽根を休めていることもある。

 カモメさん、カマスの干物食べるかな?

 身がほんの少しついている部分を水面に投げてみたところ、どこからともなく飛んできたカモメが瞬く間にゲット!!

 お…………面白い♪

 その瞬間をカメラに収めるべく、何度か繰り返していたら……

 トンビに横取りされてしまった。
 ここのトンビがさらうのは、油揚げではなくて干物であるらしい……。

 さあて、朝食も終えたことだし、ひとつ漁港を目指して散歩しますか!!

 宿を出て、昨夕歩いた向井酒造方面とは逆の方向へと進む。
 ほどなくして宿の対岸あたりにたどり着いた頃、ちょうどお隣のウミンチュさんが帰ってきた。

 夜明け前から約2時間の操業は、いったいどんなお仕事なのだろう。

 さらにテクテク道なりに進んでいると、突如近くのスピーカーからアナウンスが。

 「まもなく延縄の選りします〜」

 へ?何??どういうこと???

 はてなマークをたくさん頭の上に浮かばせつつも、なにはともあれこれが女将さんのおっしゃっていた漁協のアナウンスに違いない。

 その証拠に、なにやら慌しく自転車で漁港に向かうご婦人の姿も。

 いったい何が始まろうとしているのか。
 ともかく我々も遅れをとってはならじ。いざ急げや伊根漁港へ!!