ヴィラメンドゥ潜水日記

夢の楽園・モルディブへ

 モルディブである。
 行ったことがある人も、ない人も、その名を耳にしただけで心は南海の空に飛び、体はさわやかな海風を感じてしまう。

 同じように海がおもしろいところ、あたたかいところ、ゆっくり過ごせるところというのはたくさんあるに違いない。けれど「モルディブ」という言葉の魔法のような不思議な感覚はなかなか味わえないのではなかろうか。
 いったいモルディブの何がそうさせるのだろうか。

 それはひとえに「プチアイランド」が醸し出す演出のせいであろうと思うのだ。モルディブというのは言うまでもなくモルディブ共和国という一つの国家なのだが、スリランカや台湾のような一つの島ではなく、1000を超す島々から成り立つ島嶼国なのである。
 そしてその島々のほとんどが、一周20分前後という小ささ。海抜2m前後にしかならない平坦な島にヤシの木が生い茂り、ホワイトサンドのビーチときらめく青い海……。
 このような絵に描いたような典型的トロピカルシーンが当たり前のようにどこにでも転がっているのである。
 何にでも癒しを求める現代の都会人にとって、まさに天国と言ってもいい。

 このような楽園をヨーロッパ人が見逃すはずはなく、今や全島のうちの十分の一ほどの島々がリゾートとなっている。国を挙げて観光に力を入れているので、日本に紹介され始めたときからくらべれば圧倒的なスピードでリゾートが近代化されているという。
 そもそも、日本に紹介され始めたときは、なんと「マルディブ」と表記されていたこともあったのだ。そりゃぁローマ字読みするとそうなってしまうかもしれないけれど、なんとなくイメージが違う。きっと各リゾートも当時は「マルディブ」的雰囲気だったのだろう。

 それはともかく、同じような小さな島に住む我々としては、プチアイランドのリゾートはどうあるべきか、いかに考え、どのようにしていけばいいのか、同業者として深く心に刻むべく立ち上がったのであった……ということからもわかるとおり、これはれっきとした社員研修旅行なのである(笑)。

さて、どの島に行こうか……

 モルディブのリゾートのおもしろいところは、一つの島が完全に一つのリゾート業者の管轄になっていることだろう。万座ビーチホテルの敷地だけをそのまま島にしてしまったようなものだ。
 もちろんあのような御殿のようなビルはなく、島の景観にマッチしたコテージが水上やビーチ前に立ち並んでいる。
 リゾートができる前は単なる無人島だったのだから当然ながら各島に地元民の生活はなく、フィリピンなどのように物売りにたかられるということもなければ、治安の心配も全くない。

 大まかに言ってしまえば各リゾートともこんな感じだから、とにかくどの島に行こうときっと楽しいに違いない。
 でも細かく見てみると、さすがに100近くものリゾートアイランドがあるだけあっていろいろ個性がある。モルディブに関するHPをいくつか見ても、ここはどうだあそこはこうだ、という具合にいろいろな情報が飛び交っている。
 それらを大きくわけると、自然の中でもゴージャスに、という贅沢島、とにかく素朴にプチアイランド、という素朴島、素朴だけれどもゴージャスに、という中道島、となるようだ。   
 さらに細かく見ると、コテージの具合はどうだ、料理はどうだ、アクセスの便利さはどうだ、リゾートスタッフの態度はどうだ、虫はどうだ、などなど、もうそんなのどうだっていいじゃないのといいたくなるくらいのことまでいろいろチェック項目があるらしい。初めてモルディブに行こうという人が、いったいどの島に行ったらいいのかわけが分からなくなるのも無理はない。

 でも、ダイビングをする人にとって最も重要なのは、やっぱり海である。
 ポッカリ浮かぶ小さな島なのだからどこも一緒じゃないか、というとそうではないのだ。
 特に重要なのは「ハウスリーフ」と呼ばれる島の周りの海で、海岸から10mも泳がないうちに外海になるところもあれば、延々とラグーンが続くようなところもある。
 セルフダイビング(現地スタッフのガイドに頼らずバディ単位で楽しむダイビング)をやりたがるダイバーにとってはハウスリーフダイビングの是非が重要項目になってくるので、いかにコテージがきれいでうまい料理が食い放題、というところであってもハウスリーフダイビングができなければネガティブ、ということになってしまう。
 こういう様々な要素のせいで、ひとたび「モルディブに行こう!」と決心すると、ではどの島に行こうか、という最大のテーマにぶち当たってしまうのであった。

 でもうちの奥さんにしてみれば、旅行先はモルディブであれどこであれ、とにかく自分で飯を作らなくていいところであればどこでもいい。で、強いていうならモルディブがいいなぁという程度だから、島はどこであれ彼女はまったく意に介さない。
 だいたいうちの奥さんは、4,5年前にフィリピンのアロナビーチに7人で行ったとき、現地についてしばらくしてから「ここってバリ島の近くなんでしょ?」とのたまったくらいに行き先なんてどうでもいい人なのである。

 ヴィラメンドゥではが見られる!!

 知ってのとおり、我々が今回選んだのはヴィラメンドゥという島である。94年頃から話題にのぼりだしたアリ環礁にある島で、リゾート自体も94年にオープンした比較的新しいところである。

 先に述べたようなモルディブの状況を知っている人に行き先を言うと、たいていどうしてその島を選んだのか、と尋ねられる。その時、相手になるほどと思わせるに足る理由があれば僕もおおっぴらに語ったろうが、まぁ、あまりにもばかばかしいのでこれまでは内緒にしていた。
 もっともヴィラメンドゥといえば、ハウスリーフでマンタやジンベイザメが見られることもある、ということで有名になった島だから、知っている人ならその方面が理由であろう、と推測するだろう。もちろんそういった要素も無くはない。けれど最大の理由は、いろんな人のホームページを見ていて下記の一文を目にしたからであった。

 ……島には黒いニワトリが放し飼いにしてあり、時々いろんなサイズの黒いヒヨコがメンドリの後をついてピヨピヨ鳴きながら歩いていて、かわいいです。……

 しかも、別のHPを見ると、それはチャボであるというではないか!!モルディブにもチャボがいるのか!!これは是非とも見なければならない。会わなくてはなるまい。
 というわけで、僕たちの行き先はヴィラメンドゥと決まったのであった。出会いたい生き物はマンタでもジンベイザメでもギンガメアジの群れでもなく、モルディブの黒いチャボなのだ。

エアランカでエエヤンカ 

 モルディブに行く場合、4通りの行き方がある。

●シンガポール航空を使ってシンガポール経由でモルディブへ
●マレーシア航空を使ってクアラルンプール経由でモルディブへ
●スリランカ航空を使ってコロンボ経由でモルディブへ
●飛行機もしくはクルーザーをチャーターして個人でモルディブへ

 このうち4番目はビル・ゲイツなみに金を持っていないと不可能だから論外として、どの航空会社を使うのか、というのは飛行機に乗っている時間が長いぶんかなり重要になってくる。
 が、旅行社が宣伝するパックツアーのうち一番低価格のヤツはほぼ間違いなくスリランカ航空である。
 スリランカ航空はちょっと前までエアランカ航空と呼ばれていた航空会社で、僕などは名前を聞くだけで落っこちそうだと思うのだけれど、下記の点で旅行者には評判がいいようである。

●コロンボでの乗り継ぎ時間が短い
●機内預け荷物の重量制限が30キロまでだからダイバーには便利
●シンガポール航空よりは劣るものの、マレーシア航空にくらべれば機体が新しい

 これだけを単純に考えたらスリランカ航空もまんざら捨てたものではない。しかし僕の周囲には妙に航空会社の実態に詳しいヤツが多く、聞きたくもないのに、乗る予定の航空会社の裏の姿をリアルに報告するから困るのだ。だいたい、エアランカ航空といえば、やばそうな航空会社ワースト5に必ず入っているような会社なのだ。スチュワーデスが容姿端麗であろうが容姿ジャイ子であろうが、機体の整備実態、機長の資質が高ければもうそれだけでいい。しかるに、エアランカ航空の評価はなかなかそんな気分にはさせてくれない。

 もっとも、7年前にうれしはずかし新婚旅行でモルディブへ行ったときは、何も知らずにのんきな顔してエアランカ航空を使ったのだった。知らなければ平和に過ごせるものを知ってしまったがために重荷を背負ってしまう、ということはよくある。 

迫り来る拷問

 沖縄に住む我々にとってもう一つ重要なことは、旅行社が宣伝している旅行代金というのは成田・関空・福岡あたり発着で、那覇発というのはまずない。多少高くついても便があればいいのだけれど、那覇発着便がそもそも存在しないのだから内地へいったん行かねばならない。

 そしてさらにこまったことに、ヴィラメンドゥが位置するアリ環礁というのは一番メジャーな南北マーレ環礁の隣にあって、北マーレ環礁にあるフルレ国際空港から船で行けるような距離にない。したがってフルレ空港から水上飛行機に乗って行かねばならないのだ。
 要するに、水納島を出て以降、那覇→羽田、成田→コロンボ→マーレ→ヴィラメンドゥということになる。矢印の数だけ飛行機に乗らなければならないのだ。都合往復で8回も離陸着陸を味わわなければならないのである。
 これはもう、飛行機大嫌いの僕にとっては拷問以外の何ものでもなく、本来であれば出発の日が近づいてくればだんだん盛り上がってくるはずの旅行前の日々、徐々に襲ってくるプレッシャーが日増しに増大してきて、気がついたら虫歯が大暴れしてしまっていたのであった。

 旅行すら危ぶまれるほどにぱんぱんに腫れ上がった僕の顔は、最後の手段として歯を引っこ抜いてもらったら徐々に治まり、後にはプレッシャーだけが残った。
 まぁ、羽田までの全日空は大丈夫だろう。問題はスリランカンである。コロンボまでの9時間近くをどう乗り切ったらいいのか。
 これはもう全行程眠っているしかない、という結論に達した。前日しこたま飲んで、機内では鈍器で後頭部を殴られたように寝て過ごせばいいのだ。

「前日飲んで機内では寝ていよう」作戦!?

 おりよく、前日の12月1日は後輩の結婚を祝う飲み会が都内であり、僕はもう飲めるだけ飲んでしまえ、とばかりに頑張った……というときわめて偶然のようなのだけれど、実は1日なら都内にいるから飲み会は1日にして、と企画者にワガママを言っていたのだ。 
 作戦はのっけから順調であった。
 当日子連れで来るから早めに帰るのでその前に近くで落ち合おう、という後輩夫婦がいて、僕らはてっきりお茶でもしながらユンタクするのかと思っていたところ、そんな作戦を知ってか知らずか彼らはやる気満々だったのだ。結局居酒屋に入り、8時からの飲み会の前に6時から飲み始めてしまった。

 このところ都内で学生時代の友人たちと飲んでも、みんな忙しいから終電前にひける、ということが多かったので、当日の動きは読みづらかった。そこであらかじめ市川に住む後輩に宴が早くひけたら泊めてね、とお願いしてあった。
 けれど2日ばかり内地にいただけですっかり寒さにやられてしまい、とてもじゃないけど夜中に渋谷から市川までは動けない体になってしまった。
 で、翌日のことを考えて成田エクスプレスが出る新宿のホテルに宿をとり、後顧の憂いを無くして渋谷での飲み会に臨んでいた。

 ホテル泊なんて贅沢である。これはうれしい誤算があったからこそ成し得たのだ。
 前日うちの奥さんの実家に泊まって荷物の整理をしていたところ、3年に一度しか開けないようなディバッグの内ポケットの中から万札を発見したのだ。しかもその数5枚!!
 いったいいつ入れたのやらさっぱりわからないくらいに記憶のかけらも残っていなかったから、これはもう道で拾ったにも等しいくらいの臨時収入なのである。
 この神様からの贈り物のおかげで気分は大きくなり、暖衣飽食の夜と化す準備は整い、作戦はますます軌道に乗っていた。

 ホテル泊と決まったので、個人的には飲み会が早く終わってしまおうとどうしようと困らなくなった。どちらかというと早くあたたかいベッドの近くで好きなだけ飲み、そのまま眠り、早めに起きてビュッフェで朝食…というのも悪くないなぁ、と思ったりした。
 ところがどういうわけか今回はみんな気合いが入っていて、マンションの一室を改装したようなパーティールームの一次会(静かで、広くて、二時間で追い出されないようなところがいいなぁ、という僕の冗談に近いワガママリクエストに120%の対応をしてくれた幹事は凄い)、そしてもうどこに入ったか覚えていないけれど居酒屋での二次会と宴は続いた。
 一次会の時、東日本営業部長がプレゼントをくれた。何だろうと思ったらなんとラ・フランス!!僕がログのコーナーで絶賛していたのを見て、田舎者にくれてやるか、とわざわざ買ってくれたという。ミスター杉森もあまりにうまそうに書いてあるから食ってみたらとってもうまかった、と絶賛していたので、あれはきっと美味しいのだ(と思っていたのに、大阪の両親はそれほどでもないと言っていた)。
 が、この場でラ・フランスをもらっても持って行くわけにもいかないから、この場で食ってしまうことにしよう、ということになった。

 宴は続く。〜♪おまえだけにこの愛を誓う〜ほどの長い夜である。
 このごろみんなパワーが無くて早く帰るからなぁ、と幹事
Uに愚痴をこぼしていたこともあったかもしれないが、なんといってもわざわざ大阪から飲み会のために来たある夫婦のパワー(もっぱら奥さんの)がそうさせたと思う。いったい何本ワインが空いたのだろう……。4時前くらいまで飲んでいたろうか。6時過ぎから飲み始めていたから、かれこれ10時間ちかく飲食しているではないか。作戦は順調……なのかなぁ……?

Usual Late……

 ホテルに戻ったのは午前四時半ごろだった。
 倒れるようにベッドに入った……と思ったらうちの奥さんにたたき起こされた。
 「もう九時だよ!!」
 え?成田エクスプレスって九時半だったっけ……。や、やばい!!
 まだ成田エクスプレスはチケットすら買っていない。
 昨年の旅行では、クーポン券を無駄にするなパート5くらいまでいったにもかかわらず、慌てて準備をして、朝食ビュッフェに未練タラタラホテルを後にした。
 こんな時期成田エクスプレスなんて空いているだろうと思っていたら大きな間違いで、乗らなければならない九時半発のはグリーン車以外空いてなかった。仕方なく、というよりも助かったぁ、というほうが強かったがとにかくグリーン車の切符を買い、ソソクサとホームに向かったのであった。グリーン車であろうがレッド車であろうが僕らには臨時収入があるのだ……ってもう底をつきかけていたが…。
 二日酔いで後頭部クラクラ、睡眠不足で前頭葉ボヤボヤというときは、もうこのまま永遠に電車は走り続けてずっと眠らせて置いてくれと思う。しかし、そういうときに限って無情にもあっと言う間に到着してしまうのであった。

 成田に着き、ズンダラズンダラとチケット受け取りカウンターまで行くと、
 「スリランカ航空なんですが今日ちょっと送れてまして……」
 と係のおネーチャンが教えてくれた。
 お、来たぞ来たぞ、スリランカ航空得意の遅発。かねてよりそのウワサは聞いていたので余裕で続きを待つと
 「13時20分発が17時20分になりました……」
 な、な〜に〜!?ヨ、ヨジカン……?

 やってくれるぜスリランカ航空さんよ。こんなことならゆったりのんびり朝食ビュッフェ食えたじゃないかよぉ。
 まぁ、このスリランカ航空の遅発というのは有名で、この航空会社の略記号は
ULなのだけれど、これはUsual Lateの略だ、という説もある。それにしても4時間遅れとはなぁ。これはもう遅延というよりはそもそも最初からそのつもりだったとしか思えないぞ。
 よくあることだからだろう、遅くなった分空港内レストランで飯を食えるよう食事券をくれた。一人1500円分だから納得。でもこれってどこが負担しているのだろうか。旅行社?空港?スリランカ航空?
 だけど僕が欲しかったのは食事券ではなく、ベッドで横たわる券だった。

 レストランにはいかにもダイバーという雰囲気のカップルがチラホラ見えた。きっとみんな同じ境遇の人々なのだろう。
 我々はといえば強烈な二日酔いで節々が痛く、くつろげるイスのあるレストランに入りたかったのだけれど第2ターミナルにはそのようなレストランは見あたらなかった。
 この時間に飛行機に乗ってさえいれば、何不自由なく爆睡体勢に入れたのになぁ。これではもうろうとした頭のまま寝られないだけに苦しいじゃないか。