J仙台朝市朝の鮨

 この日石巻を訪れる予定にしていた我々には、この地における最大の目標があった。

 お寿司を食べたいッ!!

 なにしろ世界有数の巨大漁港である。
 そんな土地でいただくお寿司のまずかろうはずがない。

 調べてみたところ、お寿司屋さんも震災後随分営業を再開しているところが増えていて、これなら観光客として訪れてもちゃんと受け入れてもらえそうだ。

 なかでもひときわ輝いて見えたのが、「宝来寿司」というお店。
 けっしてお安くはなさそうながら、営業再開後に訪れたお客さんのクチコミを見ても、ここをはずして石巻の寿司を味わうことなかれ的なメジャースポットのようだ。

 とはいえ今日は祝日。
 プロショップまるかに斉太郎食堂といった、商店街や漁港で目星をつけかけた魅惑の食堂がことごとくお休みという日である。

 はたして宝来寿司さんは……?

 おそるおそるうちの奥さんが旅行前に電話で確認してみたところ、昼はやってないけど夜は開いている、というお話だった。

 よかった!!

 というわけで、当初からこの日の夕食は、その宝来寿司さんでいただきましょう!!ということになっていた。

 のだが。

 暮れなずむ日和山にいた僕たちの体は、芯の芯まで冷え切ってしまっていた。
 強く冷たい風にずーーーーーっとさらされ続け、まるで海上を漂う遭難者のごとく、ヒートロス一歩手前状態になっていたのだ。

 雪ひとつない場所で凍死しちゃうかも……。

 ホント、それ以前もこの後も、それなりに寒いところへ足を運んだけれど、この日和山公園で味わったこの寒さは群を抜いてストロング級だった。

 生命の危機すら感じていた我々が、このあとお寿司を食べてビールを!!というテンションに戻るためにはかなりの時間を要しそうだ。

 だからといって暖をとって胃腸を活発化させ、空腹を感じてから寿司屋へGO!!なんてことになると、仙台に戻るのがえらく遅い時間になってしまう。

 それやこれやであえなくお寿司は断念し、すごすごと仙台へ戻ることに。

 でもまぁ、あんな状態でお寿司をいただいても、お寿司自体に申し訳ない。
 いつの日か訪れるであろう次の機会まで、じっと我慢の子でいよう。

 この日も一日中我々を案内してくださったTさんご夫妻や、最強ガイド北のマスターには、メインイベントを飛ばしてしまったためになんだか微妙に中途半端感を残して申し訳なかったけれど、おかげさまで夫婦2人だけではけっして味わえない楽しさをたくさん味わわせていただいた。

 ホントにこの3日間、お世話になりました!

 という別れ際、Tさんご夫妻からお土産が。
 世話になりっぱなしだというのに、このうえお土産まで用意してくださっていただなんて。
 重ねて御礼申し上げます。
 そのお土産については、のちほどご紹介させていただく機会があるだろう。

 そんなこんなで、初日と同じビジネスホテルに到着した。
 最後は3日間の締めくくりにふさわしく、再会を期しつつ美しいお別れ……

 ……のはずだったのに、しばらく後にTTさんからお電話が。

 なんと車の中に、石巻で買ったお土産アイテム入り袋を忘れてしまっていたのだ!!

 いったんご自宅に戻られたであろうに、再びホテルのロビーまで届けに来てくださったのである。
 ずっと運転なさっていてお疲れのところ、最後の最後にダメ押し的余計な仕打ちをしてしまった…。

 申し訳なくて恥ずかしくて会わす顔もなかったんだけど、ロビーにて忘れ物を受け取りつつ、もう一度別れのご挨拶。
 ちなみにうちの奥さんは、電話には出られたものの外に出られる格好ではなかったのだった。

 さて。
 自分たちのマヌケさにいささかおののきつつも、このあとどうしようかというモンダイが残っていた。

 仙台の夜である。
 この先旅はまだ続くとはいえ、この地で過ごす夜は今日が最後だ。

 でもなぁ、連日の宴のせいか夕刻の寒さのせいか、今ひとつ「酒」というモードにならないんだよなぁ……。

 でもせっかくだから、仙台名物をいただくことにした。
 牛タンだ。

 我々が仙台に滞在しているこの一週間後に、なちゅらる院長が仕事関連で日帰り(!!)で仙台に来るという。
 そこで、なんとか時間を見つけて1時間でも2時間でも楽しみたいので、仙台チームの情報を得られないだろうかとお願いされた。

 そこでTさんご夫妻にお尋ねしてみたところ、制限時間つきの院長の要望に応えられそうな貴重な情報を寄せてくださった。

 その情報を、院長より一足早く有効活用しよう!

 というわけでこの夜訪れたのは、仙台駅地下にある牛タン屋さんの青葉亭。女性向けのオシャレな店舗という情報どおり、店内には男性客の姿は僕以外に見当たらなかった。
 もちろん、牛タンを食らう女性を見たいなんて願望はないものの、今宵はとにかく酒の席じゃなくていいムードだったのだ。

 といいつつ……

 もちろんビールはいただく。
 だってあなた、牛タンですぜ??

 そのほか牛タン入りのつくねや甘エビのから揚げなどをオーダーしつつ、舌鼓をポポポポーンと打ちまくる。
 この青葉亭、オシャレなのはいいんだけれど、ただひとつだけ弱点が。
 飲み屋じゃないから、注文を受けた料理をすべて給仕したあとはほとんど気に留めてくれないため、なかなか次の一杯を頼むきっかけがない。ビールが空いたかどうかのチェックをしてくれないのだ。
 ウェイトレスさんと目が合ったら呼ぼうと思っても、まったくアイコンタクトが取れないうえに、待機している場所がけっこう遠く、なかなか「次の一杯」を頼むのに苦労してしまった。

 <ってあんた、結局何杯飲んでんだよ。

 それでもやはり、仙台の牛タンは美味しいッ!!
 グリーングリーンのビュッフェにも牛タンは用意されていたからたくさんいただいたけれど、やはり仙台の牛タンといえばこの分厚さでしょう!!

 食べて飲んでしているうちに、だんだん食欲モードに火がついてきた。
 おお、今なら宝来寿司にも完全武装で臨めるぞ!!

 <もう遅いって。

 こうして、ここ3日間のなかでは最も健康的な(?)フツーの食事をして仙台の夜は終わった。

 体は正直なもので、やはり五臓六腑を中心に疲れていたのだろう、ベッドでは超爆睡、そして快適な目覚め。
 いささか残っている疲労は筋肉系のようで、内臓はかなり元に戻った感がある。

 さあ、仙台の朝だ!!
 お天気もいいぞ!!

 我々が泊まっているグリーンマークホテルのチェックアウトは11時。
 それまでにちょっと散歩をしてみよう。
 目指すは……

 ご存知、仙台朝市!!

 ご存知といいつつ、初日の飲み屋街探訪歩きの際にその存在を初めて知った我々である。
 それほど長大な長さではないものの、是非訪れてみたい場所のひとつになっていた。

 朝市といっても日中ずっと営業しているそうで、逆に早朝にはまだ準備もなされていない。
 我々が訪れた8時半頃も、まだこんな状態だった。

 まだ各店が品物を陳列している最中で、荷を降ろす車がズラリと並んでいた。
 どうやら9時過ぎくらいから準備完了状態になるらしい。

 こんなとき歩いたらお邪魔かな…と躊躇しかけたところ、しかし通勤客がフツーに駅を目指して通り抜けている。
 じゃあ客が歩いても問題あるまい。

 というわけで、仙台朝市探訪!!

 写真を撮ったのは、そこで買い物をしたところだけにとどめております……。

 てっきり通りに面した店舗だけなのかと思いきや、道路沿いの各建物は内部がミニ牧志公設市場みたいになっているところばかりで、魚屋がひしめく一画に潜入してみるとこういうお店があった。

 「卸部」とある。
 この朝市自体、飲食業者御用達の界隈だそうで、那覇の農連市場のような雰囲気もある。
 そしてここは、業者相手の卸売り専門ということなのだろうか。

 そこには、こういうお魚さんもいた。

 穴子ッ!!

 ああ、貴方は本当に美味しかったよ……。

 前日のことを懐かしむワタシ。
 しかしこのお店で我々の目を釘付けにしたのはこれだ。

 ネオナータ!!

 こ………これは、めちゃくちゃ美味そうではないか。

 名護あたりのスーパーにも白魚は売られていることもあるけれど、それはたいてい中国産。その名のとおり「白い」色をしているのがフツーだ。
 ところがこの白魚ときたら、透き通るような透明感。
 アオリイカのお刺身の、鮮度の差による色の違いのようなものなのだろうか。

 店のニイニイに聞くと、これまた宮城産という。

 これを……これを、醤油につけてグッと飲み込んでみたいッ!!

 ……ガマンできずに買ってしまいました1パック2200円。

 1000円チョイくらいかなぁ…というオボロゲな予想を大きく上回るその価格、「卸部」でその値段だったら小売価格はどうなってしまうのだ。

 途中のコンビニで酒を買い(朝ですけど?)、醤油は買ったのにワサビを忘れた!!などと叫びながら部屋でさっそく実食。

 いやあもう、気絶しそうなくらいに美味い。
 なんだこれは、なんなのだ!!

 かつて訪れたパレルモのヴァッラロ市場でも同じようなことをして食べてみたネオナータ。醤油とオリーブオイルという違いはあれど、シラウオの素材対決ということにおいて、圧倒的大差でこちらの勝ち!!

 ま、どちらの市場でもサンプル数は1回こっきりですけどね。

 多すぎるので、この後乗る電車の中でまた食べよう…などと言っていたうちの奥さんも、美味しい美味しいと食べ続けた結果、あっという間にパックの中は空になってしまった(酒も)。

 この1パックだけでも、この朝仙台にいた意味があるというものだ。

 いやはや、仙台朝市は美味しかった……じゃなかった、楽しかった。

 このあとホテルをチェックアウトし、駅を目指す途中に再び立ち寄ってみたところ、

 準備をすっかり終えて開店状態になった市場には、買い物客が大勢訪れていたのだった。
 人々に愛され続ける朝市。
 再開発の名のもとに消え去ってしまう………なんてことだけは勘弁していただきたい。

 ネオナータにすっかり気を良くした我々は、この先海の幸とはしばらくお別れになりそうなこともあって、このあと当然のようにお寿司モードになった。
 今日は仙台駅から電車に乗って一路山形を目指す。それなりに時間はタイトながら、幸いなことになちゅらる院長向けTさんご夫妻情報のなかに、駅でいただける美味しいお寿司屋さんがあった。

 その名を北辰鮨という。
 駅の3階と1階に店舗を持つお店で、そのうちの3階はカウンターだけの立ち食いスタイルのお店。
 一坪ほどのこじんまりとした店舗ながら、「他ではなかなか見かけない珍しいネタがあります」という、見逃すわけにはいかない話もある。

 さっそく店へ!
 ……って、いきなり満員だったけど、そもそも駅で時間のない方向けのお店だから、ほどなく場所が空くだろう。

 珍しく並んで待っていると、ホントにほどなく案内してもらえた。

 さあて、何からいただこうかなぁ!!

 まぁそれにしても、ウワサに違わぬ珍しい(少なくとも沖縄では味わうことのできない)ネタのオンパレード。
 鰯や鯵といった青物系のほか、どれもこれも美味しいけれど、なかでもすじ炙りだとか皮炙りといったマグロの魅惑的部位やその他様々なお魚の「炙り」の美味さときたら!!(きんきの炙りもメチャウマ!)

 貝類を中心に攻めるうちの奥さん、炙り系をひた走る私。
 一貫ずつ注文できるうえに、シャリが小ぶりだからうちの奥さんが一貫だけでお腹一杯になってしまうなんてことはない。

 いやこれ、まかり間違って座席などあったら、電車に乗り遅れること必至。立ち食いスタイルは乗り遅れ防止のために違いない。

 寿司といえば、もちろんこれも頼んでみた。

 穴子ッ♪

 もう僕にとっては石巻の象徴に昇華したアナゴさん。
 タレと塩を選べるので迷わず塩でいただいた。

 調理の方法上、石巻でいただいたプリップリの食感とは違ったものの、それはそれでしみじみと広がる深い味わい…。

 その他何を頼んでもあまりに美味しいので、美味い美味いとバカのように絶賛し続けていると、僕たちの寿司を握り続けてくれているニイニイが、

 「メニューには無いんですけど、鰊の白子、召し上がってみますか?」

 もちろんお願いして出してもらったのがこれ。

 ニシンの白子っていったらあなた、本来カズノコと出会うはずだった子たちでしょ??
 これがまた…………あ、ヨダレが。

 米どころだけあって、シャリも美味しいこと美味しいこと。

 あまりに美味しいので、二人してずっと感動しっぱなしでいると、またカウンターの向こうからニイニイが、

 「これは商品じゃないんで、サービスです!」

 といって出してくれたのがこれ。

 なんだかわかりますか?
 これ、蛸の皮の「づけ」。
 ここらあたりのタコといえばいわずと知れたミズダコで、多くの場合、皮をひん剥いたあとの白無垢をちょうだいするのだとか。
 吸盤などもそれだけで食すことはあるけれど、剥いた皮というのはたいていの場合破棄される部位なのだそうだ。

 それじゃあ忍びないってことで、賄い用なのかどうなのか、たまにこうして「づけ」にしているという。

 はたしてお味は??

 おぉ……北のタコもなかなかやる。
 ミズダコといえばその名のとおり水っぽい大味なものなのかと思っていたけれど、どうしてどうして、こうして食すと、島のタコでは得られないまた別の味わいになる。

 こんな貴重なものをありがとうございます!!

 いやあもう、できることならこのまま酒も頼んでもっとずっと食っていたい……。

 しかしここは駅である。我々はこのあと電車に乗らねばならない。

 このカウンターには僕がいる左端にしか壁がないため、立ち飲み立ち食いでいる分には壁にもたれられるここが一番楽なんですよ、とニイニイが教えてくれた。
 そのため常連さんたちは、空いていれば必ずこの左端に来るし、席が空くにつれ少しずつ移動しながら、最終的に壁際を目指す方もいらっしゃるという。

 なるほど、ここはなにげに一等席だったのか。
 でも我々にとっては、もたれることができるということよりも、このニイニイの前の席につけたってことのほうが、なによりもシアワセなことだったような気がする。

 最後にツーショットをお願いすると、快くポーズをとってくれた(ひょっとしてイタリアーノ??)。

 仙台駅をご利用の際は、お時間のない方もある方も、是非北辰鮨3階店へ!!

 さあて、腹もシアワセ色に満ちたことだし、いよいよ仙台をあとにし、次なる目的地を目指すことにしよう!!