Oかんじきトレッキング・感動編

 これぞまさしくホワイトアウト。

 ロープウェー山頂駅の建物から出た途端、吹きすさぶ風、横殴りの雪。
 それでもこういうことはフツーなのか、スタート時の儀式らしき鐘を鳴らして、いざかんじきトレッキングスタート。

 コンクリートの上では歩きにくいことこのうえなかったかんじき、雪の上に出た途端、おぉ、いきなり機能全開。

 思いのほか歩きやすい。

 でもホントに、この状況の中を歩いて行くんすか??

 事前に伺った段取り説明によれば、最初少しだけ坂を登って、そのあとはずっと下り坂だという話だった。
 その最初の上り坂もなにも、前になにがあるのかすらわからない。

 顔面に当たる風が痛くチベタイ……。

 それでも進もうとするので、マジっすか?と思いつつもついていったところ

 「引き返しましょう!!」

 我らがガイド会田さんが、誰もが待っていたセリフを言ってくれた。
 ホントの山頂へと続く登り坂は目と鼻の先らしかったものの、この状況で上まで行ってもつらいだけで何も見えないから、潔くルート変更ということらしい。

 仕切り直して、再び出発。

 風を遮るナニモノもない場所に居ると吹き荒れるブリザードって具合だったけど、森の中に入った途端、風は木々に遮られ、それほど寒くなくなった。

 森。

 そう、我々はついに樹氷の森に入ってきたのだ!!

 この冬はあれほど寒波寒波だ大雪だと騒がれていたにもかかわらず、その一方で暖かくなる日が異常に多いのだとか。
 マイナス15度〜マイナス10度というラインをキープする気温があって初めて形作られる樹氷は、その暖かい日の太陽や雨のせいで、せっかく形作られていてもすぐ解けてしまうのだそうだ。

 そのため今冬の樹氷は例年に比べて小さいうえに完全形じゃないそうで、それも頂上付近に限られてしまっている……とガイド会田さんは嘆いていた。

 寒いほうにも暖かいほうにもメリハリがありすぎる気象。
 これも温暖化ということなのだろう。

 我々が蔵王に滞在している間には、件の爆弾低気圧のせいで、東京にも雪が降ったようだ。
 全国ネットのニュースでは、渋谷だか八王子だかの映像で、

 「歩道橋の階段にも、こんなに雪が降り積もっています!!」

 ふっと息を吹きかければ消え去ってしまいそうなうっすら積もった雪を指差し、記者が大仰に伝えていた。
 雪国で見る東京のそういうニュースは、実に笑える。
 しかし全国ニュースは、そのような東京に降ったささやかな雪ではなく、例年に比べて蔵王では形成された樹氷が維持されないという異常な気象をこそ、もっと重大に伝えるべきではなかろうか。

 現地のプロにとっては物足りない今冬の樹氷も、我々にとっては生まれて初めてナマで、それも間近で観る樹氷である。
 しかも、かんじきを履いて!

 どちらかというとオタマサの場合、樹氷もさることながらこのかんじきを履いて雪の上を歩く!ということに無常のヨロコビを感じているらしく、いつにもまして実に楽しげなのである。

 そのため、随所で撮って撮って!という。
 しかし、だ。
 耐寒対策で当然手袋をはめている。
 カメラは常時外に出しておくわけにはいかないから、上着のポッケに入れている。
 写真を撮る場合、手袋をとってから…なんて作業はありえないので(手袋を取ったら、瞬時に千切れそうなほどに冷たくなる)、手袋をはめたまま操作しようとすると、これがまた雪の地面にカメラを投げつけたくなるほどにもどかしい。

 そんな苦難を乗り越えて、道中いったいどんだけ撮ったことだろう。
 カメラは危うく凍結して機能停止になるところだった……。

 でもその甲斐あって、けっこう楽しげなムービーも♪
 みなさん、これがかんじきトレッキングです。

 

 かんじきを履いて歩くには少しだけコツがあって、ややガニ股気味に歩いたほうがいいという。
 まっすぐ、もしくは内股だと、左右のかんじき同士がひっかかってコケてしまうからだ。

 そのためおしとやかかつ上品な日本女性はやや苦労することだろう。
 その点普段から肩で風切って歩いているオタマサは、まったくいつもどおりの歩き方で大丈夫なのだった。

 それもこれもガイド会田さんが先頭を歩いてラッセルしながら道筋を作って下さるからこそで、これを先頭で歩き続けたらさぞかし激しい肉体労働だろうなぁ……。

 途中一度だけ、全員がGメン75のように横一列になって、前人未踏の雪の上を歩かせてもらった。
 けっこう楽しい♪(短時間なら)

 また、下山家ガイド会田さんが行くコースにはかなり急な斜面があり、

 「雪の滑り台を降りましょう!」

 と会田さんがおっしゃる。
 はて、どういうことなのかと思っていたら、そのかなり急な斜面をまず会田さんがラッセルをかねてズリズリとお尻で這い進むように道筋を作ったあと、そこに俄か滑り台が出現した。

 滑り台といったって、こんな急な斜面ですぜ。

 思わず一瞬躊躇してしまうかなりの急斜面。
 同行していたご夫人も、冗談っぽく

 「滑り台なんて聞いてないよぉ?」

 とおっしゃっていた。
 そこを嬉々として滑り降りるオタマサ♪

 長短合わせて3ヶ所こんな「滑り台」をすべった。

 そうやって道なき道を進むうちに、ようやくゲレンデコースに出てきた。
 なんだか、闇に沈んだ峠道で、ようやく人家の灯りを目にしたような……。

 そこで、参加者全員で記念写真。


撮影:会田さん

 このあと、再び森に入って雪の滑り台を滑りつつ山を降りると、隣り合うゲレンデ同士を繋ぐ連絡コースに辿り着いた。
 樹氷の森の中とは違い、そもそもが道でなおかつ平坦で、いつの間にやら周辺はすっかりブナ林になっていた。

 樹氷の森でもブナ林でも、ガイド会田さんはいろいろと説明してくださる。

 主に植物に関するネイチャーガイド的説明なので、我々にとっても興味深い話だ。
 が。
 ひとつだけモンダイが。

 話の半分くらいしか聞き取れないのである。
 これまでの東北旅行でも、島にいらっしゃる東北からのゲストとお話するときでも、なんとも柔らかいイントネーションの東北方面の話し方に随分と接してきたつもりだった。
 ひとつやふたつ意味のわからない単語に出会うことはあっても、話が半分くらいしかわからない、なんてことは一度としてなかった。

 ところが御歳72歳の生粋の山形県人会田さんの語り口は、まるで水納島に引っ越してきた頃の民宿大城のおじいやおばあの話を聞いている時なみにしか理解できない。

 いや、「方言」というわけではない。
 島のおじいもおばあも、我々に話すときは当時から文字にすれば単語のひとつひとつはほぼ標準語なのである。
 でもわからないのだ。

 久しくこういう経験がなかったので、ひょっとしてこれは寒い中歩きすぎて脳のどこかの血管がつまり、言語障害を起してしまっているのか…と自らの脳味噌が不安になったほどである。

 ところが後刻うちの奥さんに聞いてみると、彼女もまたわかったような顔をして聞きながらわかっていなかったらしい。

 ブナやその他の花の芽がどうしてどのようにつき始めるかといった話も、理解度は50パーセントなので我々が得た知識はまったくアテにならないに違いない。

 やがて我々一行はレストハウスに到着した。
 そのそばに、こういうものがあった。

 トニー・ザイラー顕彰碑。
 トニー・ザイラーといわれても、スキーにほぼ縁のない我々はまったく知らない。
 実は業界ではかなり有名なヒトらしい。冬季オリンピックのアルペン競技で三冠王を果たし、その後俳優となって撮影のために蔵王温泉を訪れたことを記念して、有志がこの地に碑を建てたそうだ。

 碑の裏側にはその有志のみなさんである各団体や個人の名が刻まれているんだけど、なんとその中に………

 我らがガイド、会田さん(ホントは旧字)の名が!
 しかも個人のお名前では最初に登場。

 さすが蔵王山岳インストラクター協会理事長!!

 ……と思ったら、

 「50音順だからなんだけどね♪」

 あ、なるほど……。

 その後ようやく昼食タイム。
 お天気さえ良ければ、道中のどこかで休憩し、樹氷を眺めながらのランチタイム、という予定だったけれど、この日それをやったら5分で凍死しそうだ。
 ならばってことで、インストラクター協会御用達の、暖房水道トイレ完備の休憩場があるので、そこでお昼を!!

 …と思ったら、その休憩場は水道管凍結のためだったかなんだったか、使用休止状態に。

 結局レストハウスで昼食をとることに。
 レストハウスのレストランではさすがに持ち込みで飲食するわけにはいかないから、あれやこれやとあらかじめ用意した昼食用のパンやら飲み物やらは不要になってしまった。

 その代わり、当分食べることはできないだろうと覚悟していたカレーライスと、もうあとはそんなに歩かないですよね?と確認してから、サッポロ生ビール!!

 まさかこの「中級コース」で生ビールを飲めるとは!!

 妙なヨロコビに浸りつつ、昼食休憩後再び歩き始めた。
 ただしレストハウスに入る時点でもうかんじきは脱いでいるので、あとはフツーの徒歩だ。

 これがまた、スキー場であるにもかかわらず、降り積もる雪のせいで

 シン……

 と静寂に包まれた空間。

 そして、かつてはこれが「樹氷」だと思っていた霧氷もまた美しい。
 この頃にはときおり雲間から太陽が光を大地に降り注いでくれることも。
 太陽の下では、それまでのコントラストの低かった景色が、一気に陰影の濃いシャープな世界になる。

 それはホントに一瞬のことだったので写真には納められなかったけど、オタマサもガラス細工のような霧氷の下で満足げであった。

 最後に、鳥兜山の頂上にある大黒様に挨拶して、我々の人生初かんじきトレッキングは終了した。
 当初ややたじろいだ「中級コース」も、終わってみれば心地よい運動。このところ食べ過ぎて元の木阿弥状態になりかけていた身体にはちょうど良かった。

 かんじきで雪の上を歩くのは思いのほか楽しく、お天気でツアー自体が中止になるかも…なんて心配していたことを思えば、大満足の1日だった。

 ただ。
 ただ一つ心残りが。

 青空バックの樹氷を見てみたかった!!

 絵的にそれ以上美しいシーンもなかろう。しかしこの日それは望むべくもなかった。

 なにはともあれ、南国から来た我々が寒さに参ってしまわないかといろいろ配慮してくださったガイド会田さん、ありがとうございました!!

 帰りは中央ロープウェーから降りて、麓で解散。
 結局利用することが無かった西表産採れたて黒糖を、小袋に移し変えてしまっている状態なのでお礼代わりというにもおこがましい品を、記念にと会田さんに差し上げた。

 その後、宿を目指して道をテクテク歩いていると、通りかかった車から我々を呼び止める声が。
 見ると会田さんである。
 はて、また何か忘れ物しちゃったかな??と駆けつければ、

 「これ、ひとつしかないんだけど、記念にどうぞ」

 そういって手渡してくださったのがこれ。

 ニコチャンマークのような、蔵王温泉のこんにちはキャンペーンバッジ。
 そういえば、ロープウェーのスタッフたちが胸につけていたっけ。きっとこのあたりの観光業関係者用なのだろう。

 旅行者としては、なんだかウレシイ。
 もちろんその後、うちの奥さんが日常使っているディバッグにしっかり付けられた。
 おかげですでに沖縄の地にある今もなお、蔵王温泉から、あの樹氷たちから、こんにちは!と声をかけ続けてもらっている気がするのだった。