P酢川温泉神社

 翌朝。

 いろんな方に、「スキーはしないんですか??」と、なかば呆れられつつ驚かれていた我々は、この日もスキーには目もくれず、ただ「テクテク歩き」の日に充てていた。

 各地1泊ずつだった昨年末の丹後旅行では味わえなかった、特に予定のない1日を旅行先で過ごす、というのもそれはそれでゼータクなものだ。

 ただ、どうしても未練があった我々は、この日の朝は再び山頂付近を目指そう計画を前夜のうちに発動していた。

 未練とはもちろん、

 青空をバックに樹氷を見たい!!

 ロープウェーの麓付近と同じ標高にある宿からは、青空が見えるいいお天気だった。

 が、やはり山頂方面は雲に覆われている。
 そうはいっても山のお天気、いつなんどき晴れ間が見えるやもしれない。

 それによくよく考えると、暖かい冬のせいで樹氷は山頂付近でしか観られないというのに、昨日の山頂付近からのスタート時はかんじきで歩くのに夢中のあまり、ちゃんと樹氷を見ていなかった。

 そこで、山頂付近の樹氷をちゃんと観る、というのを目標にし、あわよくば青空が拝めれば……ということで、本日も蔵王ロープウェー山麓駅に来た我々なのだった。

 とはいえ、もちろんレンタル器材はない。
 だから上着や手袋は前日と同じでも、下はジーンズのまま、しかも靴はフツーのウォーキングシューズ。

 ま、山頂駅のレストハウスから出入りするだけだから大丈夫だよね……

 ところがここに、オロカモノがいた。

 「昨日みたいな感じなんだったら、この格好でも歩けるんじゃない??」

 論理的に思考し、頭の中でデータに基づいたイメージを思い浮かべることが先天的にできないうちの奥さんは、ときとして誰がどう聞いても圧倒的に無謀なことをのたまうのである。

 たしかに昨日のツアー中は、基本的に暖かかった。
 例年よりは暖かいという気温はマイナス6、7度。
 いくら例年比が暖かろうと、マイナス6、7度はマイナス6、7度である。風を受けると鼻はもげそうになり、耳は千切れそうになる(どちらも帽子やネックウォーマーで防御)。

 ただし身体は、これが実にポカポカだったのだ。
 完全防寒装備でしかも歩き続けていると、寒いどころか汗をかくほどに。
 かいた汗がひいたら………という心配は、かつて極北の地でも活躍した、極寒地仕様のインナーがすべてカバーしてくれる。

 そのためこと「寒さ」に関するかぎり、覚悟していたほどではなかったことはたしかである。
 でもそれは、レンタルウェアーをズボンの上から履き、雪山用トレッキングシューズを履いていたからこそでしょう??

 何度言ってもわからないらしい。
 まぁ、麓にいるとわからずとも、現場に行けば………。

 前日の要領でロープウェーを乗り継ぎ、再び我々は山頂駅に降り立った。

 するとそこは…… 

 寒ッ!!

 たしかにさすが山頂付近の樹氷は下方のどこよりも立派だったけど、昨日のスタート時のホワイトアウトどころではないブリザード状態。
 山のお天気は変わりやすいという以前に、麓と上とではそもそもまったく違うのだ。


来てみてやっと、自分の愚かさを知ったオタマサ。

 さすがのオタマサも、瞬時に己の愚かさを悟ったようだ。

 「この格好で雪の中歩こうだなんて、正気の沙汰じゃないね!」

 ……だから、それは来る前からわかってたんだってば。

 ちょこっと外に出ていただけでたちまち限界になり、ひとまずレストハウスでコーヒーなど飲みながら暖をとる。

 夜のライトアップツアーというのは、このレストハウスから眺めるようになっているそうで、レストハウスのワイドビューの窓の外には、樹氷がズラリと勢揃いしていた。

 でも雲に覆われ地吹雪も舞う強風の中では、手前に並んでいる樹氷しか見えない。
 いったいこの向こうがどうなっているのか、さっぱりわからない。

 ところが。
 山の天気は変わりやすいとは本当のことだった。

 風がおさまったと思ったら、雲がやや薄れ、空にはうっすらと太陽すら出てきたのだ。

 するとそれまで手前しか見えていなかった樹氷たちの向こう側が………

 おお…!!
 なんと真向かいは山の斜面で、山頂までずっと樹氷が立ち並んでいたのである。

 そしてその斜面には人影が。
 そうか、昨日我々は、本来あの斜面をまず登って頂上に行ってから、降り始めるという予定だったのだ。

 どうやら風や雲は周期的にやってきては去りを繰り返しているようだったので、時間が経つにつれ込み合ってきたレストハウスをあとにし、ひとまず外の空気を吸うことにした。

 昨日のスタート時はホワイトアウトで何も見えなかったけど、ホントはこうだったんだなぁ…。

 たしかに、登ってくださいといわんばかりの道がある。

 我々が先ほど目にしていた人々もかんじきを履いての行軍だった。
 ただしそのかんじきは、今風のプラスチック製スノーシュー。

 ふふん、僕らは輪かんじきだったもんねぇ!!

 などと、自分たちの手柄でもなんでもないことで勝ち誇る我々。
 それにしてもこの山頂、雲が途切れてやや太陽がうっすらと光を投げかけると、実に眺めのいい場所だ。
 あまりに気持ちがいい空間なので……

 って、おおい、そんなとこで寝るなーッ!!

 …などと遊んでいるうちに寒くなってきた。
 再びレストハウスに入り、

 やっぱ雪山といえばこれでしょう!!<そうか??

 特になにがどうというわけではないものの、妙に美味しい山盛りのポテトフライを肴に、生ビールで乾杯。

 あのホワイトアウトの世界の向こうに、山の頂上が、そして林立する樹氷の世界があることを知っただけでも、再度やってきた甲斐があったというものだ。

 しかし。

 やはり青空バックで眺めることはできなかった。
 こればっかりはしょうがない。

 そんな我々を慮ってくださったガイド会田さんが、後日ご自身が撮影された樹氷の写真をメールで送ってくださった。
 ツアーで残念だったゲストたちに写真を送るのが恒例になっているらしい。


撮影:会田さん

 これ、これですこれ!!
 やっぱ樹氷といえば、青空+コントラストだよなぁ……。

 でもまぁ、たった1度のチャンスですべてを得ようだなんて、束の間の水納島滞在でカメもサメもマダラトビエイもウシバナトビエイの群れもイトウさんも観たいッ!!って言っているようなもの。
 ここはやはり「吾唯足知」でいきましょう。

 生ビールですっかり心地よくなり、樹氷ちゃんたちが手を振ってバイバイしてくれる(ように見える)なか、最後に雪景色を見納めて山頂駅をあとにした。

 麓に戻ってくると、そこには日差しが、そして青空が。
 ほんの500mほどの標高差で、こうもお天気は違うのである。

 観光協会で手に入る地図には、この近くに湖があった。
 その名を盃湖という。
 いつでもどこでもお酒がウレシイ我々にふさわしい名前ではないか。
 ひょっとして白鳥がいるかも??

 などと夢想しつつ、青空の下テクテク歩いて行ってみると……

 凍結!!

 その上に雪がこんもり積もっていた。
 こんな大きな水面が全面的に凍結するんだものなぁ……

 …って感嘆していたら、ソッコー大の字になるヤツ約1名。

 いくら凍結しているといっても、その強度がいかほどかわからないとなれば、さすがのオタマサでもジャカジャカ歩き始めはしなかったろう。
 けれど幸いなことに、ワカサギ釣りなのかなんなのか、ソリらしき跡が伸びる先にテントが張られていた。
 テントを張るヒトがいるくらいだから、歩いても大丈夫………だったんだよね??

 風がなく日が出ていると、帽子や手袋はおろか上着を脱いでさえ寒くないなか、散歩は続く。

 我々が世話になっているえびや旅館さんのすぐそばにある階段は、温泉神社でもある酢川神社の参道だ、ということはすでに述べた。
 温泉地に行くと、なぜか現地の温泉神社に行かずにはいられないうちの奥さんは、散歩の際には必ず酢川神社に行こうと決めていた。

 ところがその階段は……

 山門(?)まではそこから左右へ続く道があるからか掃き清められているものの、その先は階段がすっかり雪に埋もれていた。

 それが2〜3メートルならなんとかなるかもしれないけど、階段はまだ何十段も続く。

 さすがにこれじゃあ、神社まで登れないなぁ。

 女将さんに伺ったところによると、お正月に神社にお参りするときだけは雪掻きされるものの、さすがに冬季は恒常的に階段をキープしていられないという。
 そりゃそうだ。

 というわけで、温泉神社は残念ながら…………

 ……と思っていたら!!

 盃湖から続く道をテケテケ歩き続けていると、なんとこの階段を登りきったところに出てきたのだった。


真下の建物がえびや旅館さん。

 しかもその目の前に、温泉神社、すなわち酢川神社with薬師神社が。

 これもひとつの冥加というべきか。
 ただしその神社へと続く最後の階段は雪に覆われ……

 手水は……

 雪に消えていた………。

 そこまでしてついに酢川温泉神社に到着!!
 さっそくお参りを。

 あれ?賽銭箱がない。
 さすが雪国、賽銭箱など置いておいたら、瞬く間に雪に埋もれてしまうのだろうから、賽銭箱がないのもしょうがない。

 ……と思ったら、まるで郵便受けのように開いたスリットの蓋部分に、

 「賽銭箱」

 と小さく書かれていたのだった。

 後刻宿に戻り、恒例のアペリティーボタイムを過ごしていた際に、ふと思いついてしまった。

 温泉神社の神様に、お神酒を捧げよう!!

 翌朝は蔵王を経つまでにしばらく時間があったので、チェックアウトの前に再びこの温泉神社までやってきて、

 お神酒を。
 このお酒、実は仙台ラストナイトでTさんご夫妻が、別れ際に「旅のお供にどうぞ…」と手渡してくださった秘蔵のお酒。

 そのなにがどう「秘蔵」なのかはここでは明かさないけれど、蔵王の温泉とおなじく魅惑的に白濁している微炭酸のお酒は、宿でのアペリティーボでも、このあと乗る新幹線の車中でも、そして埼玉の実家でも、文字通り「旅のお供」として活躍してくれたお酒だ。
 (宿の部屋には障子で仕切れる窓辺のスペースがあり、そこが冷蔵庫がわりになったので、お酒からビールから、要冷蔵のものを置いておくのにまったく困らなかった)。

 それをコップに注ぎ、神様たちにもおすそ分け。

 温泉の神様、素敵な景色とお風呂をありがとう!!