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北海道へ!! 

 夜の港南台駅はひっそりと静まりかえっていた。
 付近は閑静な住宅街なのである。
 ケンタローのご両親はどちらもご健在でいらっしゃるので、いかにずうずうしい我々とはいえ、さすがに夜遅くにお邪魔するのはかなり申し訳なく思う。だから罪滅ぼしというわけではないが、あらかじめサザエを数十個送っておいた。あ、そういう問題じゃないですよね……ハイ。
 すっかり寝静まったおうちで風呂まで入れてもらい、和室に敷かれた分厚い分厚い上等布団で爆睡した。ついに、ついに明日出発である………。

 心地よい目覚めを迎えることができた。
 ただでさえご迷惑をおかけしてるというにのに、朝食まで用意していただいた。至れり尽くせりという言葉がチンケに思えるほどである。まさに旅館・ケンタロー。彼がブクブクと太っていくのもうなづける。

 一宿一飯のお礼をゆっくりする間もなく、我々は羽田に向かった。
 旅館・ケンタローは、今度はハイヤー・ケンタローに変身。いや、ホント、すまん……。

 驚いたことに、横浜から羽田まで、高速道路でひとっ飛びだった。
 あっという間に羽田に到着。
 空港で運ちゃんケンタローに飯でもご馳走したいところだったが、さっき食べたばかりだし、そもそも彼は今日仕事なのである。脂を搾るほどこき使いはしても、こんなところで油を売らせてはいられない。
 というわけで、用済みのケンタローはとっとと追い返されていった。

 空港ロビー内のテレビで週間天気予報が流れていた。北海道はでっかすぎて、いったいどこの地方を見ればいいのやらよくわからなかったものの、とりあえず札幌周辺に注目してみると…………我々の滞在予定期間は明日以降ずっと曇りと雪のマーク………。ウムムム……。
 でも、出発便の到着地気象状況表示によれば、今日は晴れマークになっている。
 いわゆる真冬日が続くことが多い1月下旬である。晴れの日がたとえ1日であってもありがたい。
 さて、気温は何度なのかな?

 マ、マイナス17度…………。

 うちの冷凍庫より冷たいじゃないか………。
 それは午前8時現在の表示で、9時になり、表示の温度が多少上がった。
 ショックのあまりすでに頭がヒートしていたのか、
 「2度上がったよ、暖かくなったねぇ……」
 などと血迷う我々だった。上がってもマイナス15度だっつうの。

 機内への案内が始まった。
 晴れ渡る空の下、海の近くの空港というのは非常に心広々として気持ちいい。前夜はなんだかメインイベントが終了してしまったかのような一抹の寂しさがあったけれど、こういう光景を前にすれば、いやでも気分は盛り上がる。
 サッサと席につき、ベルトをし、耳栓をし、離陸にあたり全精神の統一を計ろうとしているとき、機内のスクリーンではニュースが流れていた。

 1月20日月曜日。
 この日朝、日本全国に流れたトップニュースがなんであったかご記憶だろうか。
 そう、3丁目の佐藤さんが凍った路面で滑ってしまい、全治3週間のケガを負ったというあの……
 違うってば。
 横綱貴乃花の引退である。
 ついに、ついに、この日を迎えてしまった。
 巷では大相撲人気の凋落が声高に叫ばれているが、やはり貴乃花は別格である。機内通路を歩く人々の目は、みなニュースに釘付けになっていた。みんな気にしていたに違いない。
 そういえば、大横綱千代の富士が引退を決めたとき、僕は仕事で北海道にいた。羅臼の小さな宿の小さなテレビで、その瞬間を目にしたのだ。
 そうか………。僕が北海道に行くと大横綱が引退してしまうのか……。
 ついに2002年は赤字に突入した大相撲協会である。また次回僕が北海道に行こうとしたら、大相撲協会北の湖理事長に必殺の上手投げで暗殺されるかもしれない……。

 水納島を出てから北海道まで、実に4日もかかったわけだが、羽田からはあっけないほどに近かった。
 高度を変えずに飛んでいる時間なんてものの30分ほどだもの。
 天候は抜群、気流は安定、申し分のない飛行条件である。貴乃花引退報道のせいで精神統一には失敗したものの、普段に比べ僕の脂汗の量は格段に少なくすんだ。

 眼下に海が見えてきた。
 すると間もなく、北海道の大地が。
 雪!!
 雪である。
 大地が雪に覆われている!!
 サンゴ礁の海から何日もかけてようやくたどり着いた雪景色。思わず僕は「はるばる来たぜ」とサブちゃん化した。
 雪の世界は、どこまでも果てしなく続いているかに見えた。やはり北海道はでっかいどう。
 抜群の安定感を見せ、飛行機は新千歳空港に舞い降りた。