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ニセコアンヌプリ

 羊蹄山を左手に見ながらキャッキャキャッキャしていると、今度は右側にまた別の高峰が見えてきた。
 ニセコアンヌプリだ!!

 この山、もちろんアンヌ隊員とはまったく関係ない。アンヌとは関係ないが、アイヌの言葉であろうことは想像に難くない。
 羊蹄山は独立した峰だが、それと向かい合うようにしてニセコ連山と呼ばれる山々が東西25キロに渡って連なっている。
 その東側部分はニセコ東山系と呼ばれ、シャクナゲ岳、チセヌプリ、ニトヌプリ、イワオヌプリ、と続き、そして東端がニセコアンヌプリである。思わず、
 ヌプリって何!?
 と訊きたくなる。ちなみに、羊蹄山はマッカリヌプリとも呼ばれる。
 北海道の地名はそのほとんどがアイヌの言葉に由来しているそうだが、響きがとっても脳に心地いい。ニセコアンヌプリって名前を聞くだけで、のどかな神様のお姿が目に浮かんできそうだ。
 遥かな古代、おそらくこのあたりの神様たちはこの山でおおらかに暮らしていたに違いない。
 この山こそが、今回我々が遊ぶ場所である。
 神々の座で我々ごときが遊び呆けていいのだろうか?
 ま、すべての罰はそんなところにスキー場を設けた人たちに降りかかっているだろうから安心しておこう。

 それにしても、左に羊蹄山、右にニセコアンヌプリだなんて、なんてゼイタクな風景を提供する列車なのだろう、ニセコスキーEXは。路線図を見ればそういう期待をしていてもよさそうなものだが、そもそもまったく路線図なんて見ていなかったから、僕にとっては羊蹄山に引き続き思ってもみないプレゼントであった。

 沿線はひときわ深い雪景色になっていた。
 冬枯れの木々に容赦なく雪が積もっている。枝の間にどんどん積もるため、山の斜面に巨大マシュマロがいくつも並んでいるように見える。
 そんな造形物に混じって、ときおり雪に覆われたモミの木らしき木々が並んでいるところもあった。なんだか巨大クリスマスツリー展示即売会のようにも見えたけど、日を浴びてきらめくモミの木を見ていると、口笛はなぜ遠くまで聞こえるの?あの雲はどこに隠れているの?といろんな質問をしたくなった(どうやらこれはエゾマツであったらしい……)。

 まったく文句のつけようのない、素晴らしい天気だ。
 山々を堪能した。雪景色も堪能した。このうえ何を望めというのだ。
 あ、スキーをしに来たんだった……。

 ニセコ到着

 ついに列車はニセコ駅に到着した。
 ポカポカ車内から雪の世界に降りたらさぞかし震えあがることだろう、と覚悟していたんだけど、これが不思議なことに思ったほど寒くない。絶対、強い北風が吹く冬の水納島の桟橋のほうが寒いぞ。
 ま、覚悟と用意の問題かな。北海道バージョンフル装備だからなぁ。
 さて、無事下車できた。
 つい最近までニセコが北海道のどこにあるのかということすら知らなかった僕である。ここから先、右も左もわかるわけがない。
 そんなあなたも心配御無用、駅まで宿の方がお迎えしてくれるのだ。
 あらかじめ、黒い上着の男とベージュの女がうろたえてオロオロしているので見つけてください、と伝えてあったので、待合室まで行くとすぐに落ち合えた。
 お迎えは宿の奥さんであった。

 駅からの送迎をはじめ、毎日のスキー場の送迎もしてもらえるので、その間いろいろ説明してもらって、雪深い北海道の交通事情のごく一部をうかがい知ることができた。
 なにしろ僕たちは、ここまで雪に埋もれている町を間近で見るのはまったく初めてである。見るものすべて雪に覆われている。もちろん、道なんて完璧に真っ白。東京だったらすでに交通機能麻痺状態、いや、仮死状態になっているに違いない。仮にここで僕が車を渡され、さあ運転しなさいと言われても、とてもじゃないけど無事に走らせる自信はない。

 ところがさすがに地元の人は違う。
 白い道路など何のその、乗っているかぎりにおいてはまったく普通に思えるほど、ビュンビュン走らせるではないか。いくらタイヤが特殊であるといったって、滑るときは滑るんですぜ。
 ということもあってか、大通り(といっても一車線)のT字路や十字路では、そこだけ雪も氷もなくなっていた。重点的に除雪しているのだろうか。
 そうではなかった。その部分だけ道路が床暖房されているのだ。
 雪を含め、暖房からなにから、北海道の冬の「経費」というのは、沖縄とはくらべものにならない。

 すれ違う車、前を行く車はどれもこれも雪が積もり、後ろのナンバーなんて雪に埋もれて見えない。走っている車にツララが長く何本も垂れ下がっている。

 走っている車ですらこうである。そのあたりで駐車している車なんて、車なのか物置なのか、正体不明の単なる雪の山になっていた。
 周囲に雪がうず高く積もっているせいで、雪が天然のガードレールになっている。あとで聞いた話だが、もうダメ、もう前の車にぶつかる、という時には、迷わず雪に突っ込むのだそうである。
 沖縄と比べるとまったくの別世界だ。
 そして、ウワサの矢印マークをついに見た。
 雪に覆われたら除雪しようにもどこまでが道路なのか見当もつかなくなるから、道幅を示す矢印が道路標識として存在している、という話をいろんな方に聞いていた。それは是非見てみたい、と思っていたものである。あっさり実現した。
 矢印のほかに、工事の測量に使うような紅白の棒が何本も突き立てられていた。

 たとえ除雪がすんだ道であっても、吹雪いたりすると運転中道幅がさっぱり見えなくなるのだという。そういうときに道の範囲を示すための棒なのだそうだ。真っ白に吹雪く中、紅白の棒だけを頼りに運転するなんて………。

 沖縄でもそうだけど、広い広い北海道、車がなかったら生活できないであろう。その、いわばライフラインともいえる車の運転ですらこうなのだ。冬の北海道での暮らしは厳しい。
 でも遊ぶだけなら大丈夫かな?

 駅から離れるに連れてどんどん雪は深くなっていく。ものの15分と経たぬ間にたどり着いた宿は、一面の銀世界の中にたたずんでいた。
 ペンション風みどりさんである。

 ぺ、ペンション!?

 我々のキャラを知っている人たちは開いた口が塞がらないかもしれない。
 お、お前たちがペンション!?…………。
 でも、「ペンション」という語感から抱くイメージは、この際すべて放り投げたほうがよい。
 というくらいに、我々にとっては素晴らしい宿だったのである。