旅はまだ始まらない 

 那覇を出発した飛行機は、3時間余のフライトを終え、一面雪に覆われた新千歳空港に到着しようとしていた………。

 ……という具合に一っ飛びに北海道まで行ければいうことはなかった。しかし残念ながら那覇〜札幌の直行便を取れなかったのだ。うちの奥さんのバースデー割引を利用しているので、直行便だったら一人一万円で那覇から北海道まで行けたのに。
 考えることはどいつもこいつも同じらしく、せっかくだから遠いところへ一万円で、という我々の甘い目論見はバースデー割引に割り当てられた分が満席のためもろくも崩れ去った。
 となると、乗り継ぎで行かねばならない。
 バースデー割引で経由するとなれば、那覇便札幌便両方ある空港だったらどこだっていいわけである。
 で、最大公約数的理由で羽田に決定した。

 空港のある本島まで船で行かねばならないわけだから、強い北風が吹くこともあるこの季節は、予定の飛行機に乗るために随分前から天気予報を気にしていなければならない。飛行機は楽勝で飛んでいく天候であっても、海況によっては連絡船が欠航し、我々自身が当日島から出られなくなる可能性があるからである。
 ところが、今回はそういう余計なハラハラドキドキの必要はまったくなかった。海神様は我々の門出を祝福してくれているようだ。
 さあ、あとは忘れ物がないように。島を離れたら忘れ物を取りに帰るのも大変だ。
 よし、準備万端、出発進行!!
 青空の下、水納丸はゆったりと桟橋をあとにした。

 渡久地で車に荷物を載せ、滞りなく名護まで達した頃だった。
 突然うちの奥さんが、
 「あれ?あの箱積んだ?」
 というではないか。
 あの箱ってなに…………?

 アッ!!!

 しまった!船に乗せた記憶もある。船から下ろした記憶もあった。しかし、車に積んだ記憶がない!!てことは、渡久地港に置きっぱなしだ。
 その箱には、エサから鍵からおもちゃから、かんぱち君に関するすべてのものが入っているのだ。
 なんでかんぱち君??
 オウムコーナーをご覧になっている方はご存知であろう、バードルームMOTOさんでは、インコ・オウムのホテルも受け付けてくれる。大型インコ・オウムであれば、餌と水をたくさん入れておけば10日間くらい留守にしても保つとは思うけれど、だからといって飼い主としては彼らの生存能力に甘えるわけにはいかない。
 1泊2000円というのが高いか安いかということよりも、安心して任せておける、ということが有り難い。というわけで、かんぱち君は我々の留守中、MOTOさんのもとで暮らすことになっていた。
 その、預けている間に必要なグッズ、そしてケージを開けるための鍵までその箱に入っているのだ。
 そのまま箱を港に置いておくわけにはいかない。
 ああ、なんとムナシイ名護1往復。
 時間にして約1時間の無駄足になってしまった。
 せっかく海神様は祝福してくれていたというのに、なんだかしょっぱなからケチがついちまった………。

 ところでそのかんぱち君。
 無事にMOTOさんに到着し、いよいよしばしのお別れに。
 これまで最長で1泊しか離れ離れになったことがなかったので、この先10日間も会えないと思うと一抹の寂しさがある。さんざんそのことを言っていたのでそれが伝わったのか、前日のかんぱち君はいつになく甘えていた。
 ペットロスって言葉が流行っているが、こういう気分が果てしなく続くことなのだろうなぁ、きっと。さしずめ我々はプチ・ペットロスってことか。
 そのかわり、普通、旅行終盤になると楽しみが終わるという寂しさが募るものだが、我々には旅行が終わってもかんぱち君に再会できるという、新たな楽しみが待っている。

 この日は那覇泊。
 ちょっと頑張ればその日のうちに飛行機に乗れないこともないのだが、何度も乗り降りしなれた港で忘れ物をしてしまう我々である。それはあまりにも無謀というものであろう。
 我々の定宿船員会館は一人1泊3000円。
 オウム1羽2000円。ウーム…………。

 ひとっ風呂浴び、ここ最近何度か行っている居酒屋を目指した。
 年間を通じて那覇に泊まるのは5、6回しかないので、そうそう「行きつけの飲み屋」を作れるはずはなく、いつもどこで飲むか、という問題に突き当たる(この場合、決して「どこで食べるか」にはならない)。今回は珍しく、躊躇なくその店に決定していた。

 ようやく覚えた道を久茂地に向かってテクテク歩いていると、目指す看板が見えてきた。
 ガラガラガラ……
 と勢いよく扉を開け、店内を見渡すとテーブルが一つ開いていた。
 2名である旨告げると、カウンターに座ってくれ、という。
 予約席ってわけではなさそうなところをみると、4名用に2名で座られるのがイヤなのかな?いつもテーブルに座らせてくれるのに。
 どうする?とうちの奥さんに訊こうと振りかえったら、
 あれ?
 いない。
 いきなりトイレに入ったのか??
 ひょっとして、と思って外に出てみると、そこに立っていた。
 何やってンの、そんなところで!
 と問い詰めようとすると、うちの奥さんは非常に戸惑った顔で何か物言いたげであった。
 「ちがうよ、そこ……」

 え?

 思わず振り向くと…………
 なんとなんと、僕は勢いよく隣の店に入っていたのだった。
 唖然呆然。

 「入ってわかんなかったの?すぐ出てくると思って待ってたのに………」

 いかに密接に隣り合っているとはいえ、いかに店の造りが似ているとはいえ………。
 まさか別の店に入っていって、全然そうとは気づかずにいるとは……。

 勝ち誇るように爆笑するうちの奥さんであった。
 港での忘れ物といい、今回といい、どうしてしまったんだ、俺!!
 百万日住んでいる沖縄にあってこれである。こんなヤツが雪の北海道に行って、はたして無事に帰って来れるのだろうか…………。